144.南国樹海レース・裏(2)
いつもありがとうございます。
ぐるぐると螺旋状の坂道をくだる。
他のスタッフたちとわかれて、俺とシドは担当するプレイヤーのもとへと向かっていた。
この鍾乳洞を模したダンジョンには、いつものクエストみたいな松明の案内はない。闇の中どこへ続くとも知れない狭道をランタンの灯りだけで進む。ベアは小さくて迷子になりそうなので、今は俺の肩の上に座って落ちないよう片手で俺の後ろ髪を握っている。
これって飛ばされたプレイヤーさんたち、精神的にきついだろうなあ。宝箱とか素材も全然ないし。ただ暗いだけの迷路だもん。
『そこでいったんストップ。振り返ると左方向に下りの階段があります』
運営のナビがアラートを鳴らして指示を送ってきた。言われた通りに立ち止まり、足元をそっと照らすとカーブの外周に合流するように階段がある。
『下までおりてください』
「こっちだって」
シドに声をかけて、手すりも何もない階段へと向かった。
ほんと、このカーブがくせものなんだよな。脇道が見えない。一本道を歩いているつもりでも、振り返るといつのまにか道が合流していたりする。あと、死角からいきなり魔物が出てくるし。
上下移動も激しいから、ここに入ってあっという間に位置感覚を失ってしまった。ナビがなかったら俺も詰んでる。
「ん?」
階段をおりきったところでベアがぴくりと顔をあげ、俺の髪をつん、と引っ張った。
「魔物の気配がするって」
この子グマは誰よりも察知が早くて、こうして教えてくれる。大剣に手をかけて歩く速度を落としたシドが軽く眉をひそめた。
「……人の声が聞こえる」
『この先で目標プレイヤーがモンスターと交戦中です』
俺たちの様子をリアルタイムでモニターしているナビが、会話を聞いて教えてくれた。
『約十メートル先、右へ行く分岐に入ってください』
「戦闘中だ。急ごう」
とりあえず俺たちがこれまで遭遇した敵は剣の一振りで溶ける魔物ばかりだったけど、プレイヤーの装備や練度によっては厳しいかもしれない。
そして案の定発見したプレイヤーたちは、五匹の狼型の魔物に囲まれて苦戦していた。決して弱いわけではないのだが、地面に置いたランタンひとつの視界でこれだけの数の敏捷な獣の相手をするのは難しい。バフをかけたり負傷の回復をする隙もなかったようだ。
「任せろ」
低い声で言ったシドがその場で大剣を斜めに振り下ろす。それは衝撃派となって魔物たちを吹っ飛ばし、キラキラエフェクトに変えた。
「聖なる癒し、大丈夫ですか」
回復魔法をかけながら近寄ると、ふたりは消えていく傷に少し驚き、それから剣をおさめてこちらを見た。二十台前半くらいの、金髪と黒髪の男性二人組である。
「ありがとうございます、助かりました」
彼らの言葉に俺は鷹揚に頷いてみせた。
「どういたしまして。しかし、このような場所でいったい何をしているのですか? あなたがたは渡り人のようですが」
彼らは眉を下げた。
「それが……レースをしていたらなぜか迷い込んでしまって……」
「レースですか?」
ちょっとだけ驚いたふり。
「ここはそんな一日二日で出られるような単純なダンジョンではありませんよ。それなら早く戻ったほうがいいです」
「でも出口がわからなくて」
俺は小さくため息をついてみせた。
「抜け道を知っています。ついて来てください」
「ありがとうございます!」
途端に表情を明るくして金髪が言った。うん、素直そうな人たちで良かった。
簡単に自己紹介をする。彼らの名前は金髪のほうがジャンジャックさん、黒髪が野草さんというそうだ。ふたりが水分を摂るのを待ってから再出発する。
「これってもしかしてお助けキャラじゃないの」
「だよね」
ふたりがヒソヒソと話しているけど、周囲が静かだから聞こえてますよ。はいはいその通りですよっと。
「あ!」
不意に、野草さんが声をあげて立ち止まった。
「どうしました?」
声をかけると、彼は自分のインベントリに手を突っ込みながらこちらを振り向いた。
「秘書さん! これ受け取ってください!」
出てきたのはウィークエンドシトロンだった。水色の雪印の。
「え、なに。いきなりどしたのお前」
俺がリアクションするより先に、ジャンジャックさんがハテナマークをいっぱい飛ばして訊ねた。
「いやあ、秘書さんにお菓子を献上するといいことあるって掲示板で話題だったんで」
邪気のない笑顔に全身の力が抜けそうになる。あれか、カフェのお菓子交換会を書き込んだ奴がいたんか。
あ、ベアがめっちゃ興味を示している。これ食べたいのね。食いしん坊さんだな、もう。
「……そんなに期待していただくようなものではありませんよ」
飴を取り出して彼らにひとつずつ渡すと「やったー! ありがとうございます!」などとジャン(以下略)さんも一緒になって喜んでくれてる。でもさ、よく考えてみると自分が作って売ったものを貢がせるってちょっとアコギじゃない?
俺の微妙な気持ちの揺れが伝わったのか、ベアがポフポフと慰めるように頭を叩いた。
「そのクマちゃん、めっちゃ可愛いっすね。秘書さんの従魔ですか?」
再び歩き出しながら、ジャンさんが訪ねてきた。
「いえ、契約者のようなものです。ブラッディベアといって本来は非常に凶暴な魔獣なので、野生のものを見かけた時は気をつけてください」
「そうなんですか。その契約者って俺たちでもゲットできます?」
「さあ? あいにく渡り人の方にも可能かどうかは把握しておりません」
あの凶悪な毒泥ゴーレムと同じ方法で召喚した魔獣だもんなあ。たぶん実装はされないだろうけどぼかしておく。
「いいなあ、俺も小動物連れて歩きたい」
うん、まあ気持ちはわかる。小さい動物っていいよね! 俺も銀雪には癒されっぱなしだもんな。
「『ミニマム』という機能がついたテイマーズアミュレットを探すと良いです。従魔を小さくして連れ歩けますよ」
「あっ、それっぽいの連れてる人見たことある!」
「なるほど、その手があったか!」
キャッキャとはしゃぐさまを微笑ましく眺めていると、ウィンドウにナビからの指示が入った。
『そこでストップして、左側にある段差を登ってください。抜け穴があります』
「みなさん、ちょっと待ってください」
足を止めてランタンで左側を照らすとニメートルくらいの段差がある。え、これってほとんど壁じゃん。
「どうしたんです?」
怪訝な表情で寄ってきたふたりを少し下がらせて、俺は土魔法で階段状に踏み台を設置した。
階段をのぼって段差の上を覗くと、たしかに下からは見えない位置に大人がしゃがんで通れるくらいの穴があった。
「この上にある抜け穴を通ります」
下から様子を伺っている他のメンバーに指差しで告げて、俺は先に進む。狭い抜け穴は五十センチ程度の幅で、潜るとすぐにまた今まで同じような通路に出た。邪魔にならないように少し離れて後続が来るのを待つ。
思わずため息が出た。こんなとこにある抜け穴なんて絶対気づくわけがない。このダンジョンってほんと悪意しか感じない構造だな。
合流してしばらく歩いた。どれくらいの時間が経っただろうか。時計を見ると数十分なのに、もうずいぶんと長い間ここにいたような気がしてくる。暗闇ってやっぱ精神に良くない。
不意にベアが髪を引っ張った。
『その左カーブの先に敵がいます。水属性です』
「敵だ。水属性」
俺の言葉に頷いたシドが大剣に手をかけて進む。カーブを曲がったところで抜くと同時に水鉄砲のようなものが刀身に当たった。
「うおっ」
ジャンさんと野草さんが長剣を構える。
「照らせ、聖なる祝福!」
俺は一歩下がって明かりを灯し、みんなにバフを配った。実は運営から、NPCの体をとっている者はなるべくサポートに回るようにって言われてるんだよな。これには俺も同意だ。これはプレイヤーのためのクエストだから。ふたりには頑張ってほしい。
敵は空中に浮いてるバスケットボール大のクラゲ四匹だった。シドが攻撃を受け止めて気を引いているあいだにふたりの長剣が斬りかかる。
このダンジョン、敵も捻ったものじゃないけど数が多いのがいやらしい。それでも今回は苦労せずにキラキラエフェクトで退場させることができた。ちなみにドロップはショボい。余計イラッとするわあ。
あ、ナビからに指示が来たぞ。
『そこでストップして通路から下を覗き込んでください。交差して別の道が見えるのでそちらに飛び移ってください』
はい?
「ちょっと止まってください」
みんなに声をかけて通路の端からランタンで下を照らすと、暗闇の中二メートルほど下に別の道が見えた。えっ、これ飛ぶのは無理でしょ。
「ん……」
少し考えた結果、氷魔法で板状のものをつくって滑り台のように下に渡した。
「みなさん、これからこの下の道に移動します」
「まじか」
ジャンさんが呟いてるけど、俺も同じ気持ちです。これって魔法使いがいないパーティはどうするんだよ。いや、本当に自力脱出なんて無理。
今度は一番背が高くて重量がありそうなシドから滑ってもらう。次にふたりのプレイヤー、最後に俺……と思ったら、肩からひらりと飛び降りるベア。なに、滑り台やりたいの? もー仕方ないなあ。
ぬいぐるみがご機嫌な様子で軽やかに滑り降りたのを確認してから、俺も下の道に移動した。
『あと少しです。頑張ってください』
ナビに励まされ、数度の魔物との小競り合いを経て、ようやく俺たちの脱出もゴールへと近付いていた。
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138話で「音声通話をする場合は、」という台詞がありましたが、カットの修正を行いました。たしかオビクロは音声通話機能が実装されていなかったはず(どこかで書いてましたらご指摘ください)。




