143.南国樹海レース・裏(1)
ちょっとどうしようか迷っているうちに遅くなってしまいました。
一周年も過ぎていました。本当にいつもありがとうございます。
午後になり、レースも後半戦に入った。
魔法の鏡に映るプレイヤーたちにもそろそろ疲れが見えてきた。このカフェに立ち寄るお客さんも滞在時間が長くなってきている。
発掘に熱中するプレイヤーに横からインタビューなどしている実況を眺めながら、ブロッコリーのサラダをつつく。朝から甘いものとお茶と軽食ばかりなので、そろそろガツンとしたものが食べたくなってきた。
「夕食は奥のレストラン行きましょうか。熟成したミノタウロスと黒トリュフのステーキが食べたいです」
「悪くないな」
なんて会話してるけど、俺たち本当は行かないし。だってあのレストラン、殺人事件が起きて足止めされることになってるんだよな。全員容疑者にされて、推理ゲームさせられる。もし俺たちがいたら犯人にされちゃうでしょ、どこから見ても胡散臭いもん。
終わったら商会総本部の部屋でゆっくり食事しよう。なに食べようかな、なんて考えていたら、突然視界にアラートのウィンドウが出た。
「えっ」
差出人は藤田さんだ。
「どうした?」
「…………問題が発生したらしい。Fさんが、すぐに古代図書館まで来て欲しいって」
怪訝な表情のシドに、声をひそめてメッセージの内容を伝える。
なんだろう、短い文面からただならぬ空気が伝わってくるような。
「ではそろそろ移動しようか」
周囲に聞こえるように言ってシドが立ち上がる。俺は手を伸ばしてベアを抱き上げた。
お客さんの何人かが着いて来たそうな素振りを見せるが、支払いで少しだけ時間がかかるだろう。その間に俺たちは足早にカフェを出ると銀雪を召喚して、裏道から古代図書館へと走り出した。
ひんやりと湿った空気が岩場に静かに沈澱している。ぴしゃん、と水滴の跳ねる音が聞こえた。
古代図書館に到着した俺たちを待っていたのは十名ほどのスタッフと緊急事態の知らせだった。
そして転移ドア一枚で連れてこられたのがこの鍾乳洞のような場所だ。薄い光が辛うじて差し込んでいるが足元は岩の影になってまったく見えない。魔石ランタンであたりを照らしながら隊列を組んでぞろぞろと進む。
「今は一本道ですがもうすぐ迷路が始まります」
先頭を千葉さんが歩き、続く藤田さんが半分振り向きながら後続に説明する。
「ここからは運営がナビをしてくれます。各自、指示に従ってプレイヤーの回収をお願いします」
一緒に歩くスタッフたちの顔は緊張に強張っている。
いま、この南国樹海レースの裏側ではとんでもない事故が起きていた。
なんと、今回のイベントには用意されていないはずのダンジョンが出現して、プレイヤーが遭難しているというのだ。
『午後に入ってイベントの進捗状況をチェックしたところ、なぜかプレイヤーの数が合わなくなっていたんです。それで詳しく調べたところ、妨害用Bサーバに正体不明のインスタンスがひとつ、増えていることが発覚しました』
先ほど、駆けつけた俺たちスタッフに真っ青な顔で藤田さんは告げた。
『これは巧みに隠蔽されていて、痕跡から例の廃棄AIと同じ日に工作されたことを確認。おそらく彼が仕掛けた置き土産のようなものだと思われます』
廃棄AIを盗んで放流した産業スパイが他にも仕事をしていたわけだ。しかも半年先の、スタッフも油断した頃にイベントが事故るような仕込みで。AIだけかと思っていたら突然こんな罠が発覚して、そりゃあ運営も大慌てだろう。
『このインスタンスはダンジョンになっていて、Bサーバに存在する古代図書館────B1からB4エリアまでに入ってる四つですね、こちらを訪れたプレイヤーをランダムに選んで転移させていたようです。今はBサーバの新規接続は停止していますのでこれ以上の被害拡大はありませんが、このダンジョン、内部が非常に入り組んだ構造になっていて現在十六名のプレイヤーが閉じ込められています』
これはとても数時間でクリアできるものではないとのこと。なので俺たちが直接入って、偶然を装ってプレイヤーに声をかけ、出口まで誘導することになったのだ。近道を運営のほうでナビしてくれる。
「このダンジョンにはモンスターも存在しているようです。どんな仕掛けがあるかわからないのでくれぐれも気をつけてください」
また変な改変されてると困るよな。いつだかのマックスみたいなのが出て来ないことを祈ろう。
通路の分岐点が見えてきた。俺たちスタッフはふたりずつで六チームに分かれる。俺はもちろんシドと組んだ。オマケでベアもいるけど。足が短くてみんなが歩くペースについてこられないので、今は俺が小脇に抱えている。うーん、絵面が愉快だ。
「あの、万が一プレイヤーが死亡したらどうなるんでしょう?」
スタッフのひとりが質問を投げかける。
今回のイベントはレースが主だからプレイヤーの死に戻りは想定していない。戦闘が発生した場合でも、敵は相対したプレイヤーより低いランクに自動調整される仕様だ。ただし、それは運営が用意したインスタンスに限られる。この想定外のダンジョンがどのような設定になっているかはわからない。
「今のところ死亡状態まで行ったプレイヤーはいませんが、このBサーバ全体が死に戻りに対応していないので、HP1の瀕死状態でその場に横たわることになります。回復薬やポーションがあれば復帰も可能です」
ただし、と振り返った藤田さんは厳しい表情で付け加える。
「NPCのほうは、通常通り死亡・消滅してしまいます。ですから私たちもプレイヤーIDで入っていれば大丈夫なんですが、NPCの人は注意が必要で────ああ、ここにNPCのIDって何人います?」
スタッフたちの服装はさまざまだ。俺たちと同じ夜鳩商会の制服もいれば、プレイヤーっぽい服装やモブ村人に扮している人もいる。俺はプレイヤーIDで服を着替えただけの偽NPCだから違うけど。
彼女の問いかけに手を挙げたのはシドを含めて九名。つまり、本当に最悪の場合は三名で対処することになるわけ……って、これ変なフラグ立ってないよな? 大丈夫だよね!?
嫌な予感ってだいたい当たるものだ。どうしよう、急に不安になってきたぞ……。
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