138.南国樹海レース(1)
そういえば、去年の今頃は設定練りながら第一話を書いていたんですよね。いつも読んでくださってありがとうございます。
リアルで忙しくしていたら、あっという間にレース当日になった。
ポンポン、と軽やかな音を立てて花火があがっている。自分の集合時間前に少しだけ立ち寄ってみると、スタート地点となる南1の浜辺にはぎっしりと人が詰まっていた。
「うわあ……」
オビクロでこんなに人が集まっているところ、初めて見たぞ。
レースじたいはイベントインスタンスに入るので、混雑防止のためにスタート地点は複数に分散して用意されているそうなんだけど、今回はいったいどれくらいの人が参加するのやら。まあ俺みたいにイベントの空気を吸いに来ただけの人もいるんだろうけど。
姉ちゃんたちの見送りはしない。いちおうモブっぽい服装で顔も黒マスクで半分隠しているものの、人前で声をかけてうっかり姉ちゃんのリアル知り合いに見られたら面倒だし。激励はクランハウスで済ませてある。
スタート地点の周辺は道なりに地元のNPCたちによる屋台がずらりと並んでいてお祭りムードだ。そこいらから食欲をそそるいい匂いが漂ってくる。あれこれ試してみたいけどそれほど時間に余裕がないので、いくつか適当に購入してインベントリに放り込んでおいた。
賭博の屋台もいくつか出ていて、一口千コルトで贔屓のチームに投票できるようになっている。参加チームって数百か下手すると四桁いるんじゃないかと思うけど、そういうのもちゃんと計算してオッズを出してるところを見ると公式が用意したものなんだろう。ただ、これだけ数が多いとよほど有名なチームか知り合いにしか賭けられないよな。
人混みの中をぐるっと一周して満足したので物陰からそっと商会の北国総本部へワープ。そこで秘書Kの制服に着替えて、シドを実体化した。
「賑やかな催しだったな」
「シドもレースに参加したかった?」
「いや。我々の仕事も面白そうだ」
夜鳩商会のお揃いの制服を身につけた彼のポップアップには『護衛S』と記されている。なんかすごく気品と貫禄があって、シドが俺の主だと名乗っても不思議じゃない雰囲気なんですが。俺の護衛らしいです、ソウデスカ……。
俺たちはとりあえず同じフロアにある会議室に行くように言われていた。
「おはようございます」
入室すると、そこには商会の制服を着た一組の男女が俺たちを待っていた。
「秘書さん。おはようございます」
一歩前に踏み出したのは『プランナーF』というポップアップの、長い髪をひとつにまとめた眼鏡の女性だった。いかにも仕事ができそうなクール系おねえさんだ。男性のほうはスポーツでもやっていそうなしっかりとした身体つきで、『エンジニアC』と表示されている。
「本日の商会チームのリーダー、GK社藤田と申します」
「同じく、千葉です」
「よろしくお願いします」
「それじゃ早速、現場に向かいましょうか」
お互い頭を下げ終わると、彼女は手にしたタブレットを操作していま俺たちが入ってきたばかりの扉を開ける。
「わっ」
促されるままそこを通ると、総本部の廊下ではなくいきなり野外に出た。
真っ青に晴れ渡った空。南国特有のむっとした暖かい空気が俺たちを出迎える。目の前には大きなヤシっぽい林に取り囲まれるように建てられた広いテラスつきの木造の平屋があって、そこを藤田さんは指し示した。
「こちらが今回秘書さんたちに待機していただくカフェです」
彼女について店に入る。NPCらしきスタッフさんたちにひとこと「今日はよろしくお願いします」と声をかけ、店内を通り過ぎてテラス席に出た。
「スタッフは今回のイベント専用のNPCです。おふたりは『ずっとこちらの席にいるもの』だと認識されてますから気にしなくて大丈夫ですよ」
そこで、俺は一番手すりに近い席に座るよう指示をされた。
「この空間はランダムでコースに接続されます。するとあちらから、」
と藤田さんはテラスから右の方向に手を伸ばし、左へとスライドさせる。
「参加者さんたちがこう、馬で駆けてきてここの前を通り、そちらへ抜けて行きます。この席はちょうど秘書さんの顔がよく見える角度になりますね」
「なるほど」
「ここで足を止めた参加者さんは後ろのテーブルに案内されます。当人の希望があれば屋内など他の席でも良いんですけど」
テラスには丸テーブルが七卓置いてあった。そのうち四卓が俺たちがいるテーブルを取り囲むように配置されている。
「もし相席を求められたらどうしましょうか?」
「えっ、相席ですか」
想定外の質問だったのか、彼女は眉をひそめた。
「相席は……うーん、困りますね。参加者同士のトラブルにもなりかねませんし。お断りしてください」
「わかりました」
と、頷いたあとで思いついた。そうか、他人が入る隙間をなくしてしまえばいいのでは。
「あの、クマの魔獣も一緒に座らせて良いですか? それなら相席できなくなりますし、珍しいので人目を引くと思うんですよね」
「それってもしかしてベアちゃんですか!? ぜひぜひ!」
なんかすごく喰いついたぞ。ベアの存在って社員にも周知されてるのか。大歓迎ムードですがな。
「ベア、召喚」
俺が漆黒の魔導書を開いて呼ぶと、足元に小さな魔法陣が光ってクマのぬいぐるみがちょこんと出現した。
「かっ、かわいい〜!」
さっきまでのクールさはどこへ行ったのか、表情を蕩けさせて藤田さんが叫ぶ。後ろで苦笑している千葉さん。
「じ、じゃあベアちゃんは秘書さんのお向かいにしましょうね。触っても良いかしら?」
俺が返事するより先にベアが頷いたので、藤田さんは両手をベアの脇下に入れて抱き上げ、俺の席から丸テーブルを挟んだ椅子に座らせた。
「ウフフ、もふもふですね〜」
ベアもなんとなく得意げにしている。平和でよろしい。
そして俺たちから三角の位置、ちょうど他の客からは背中もしくは斜め後方になる場所にはシドが着席した。
「ふむ、渡り人の興味を引きたいならこれはどうだろうか」
彼は虚空から黒い大剣を取り出してテーブルに立てかけた。ポップアップにはしっかりと『断罪の大剣』と表示されている。
「わあ、すごく良いアイデアです! ありがとうございます!」
旧皇国の神器を持つ謎の新キャラ。しかもモデル風のイケメン。これは効きそうだ。
「お茶とお菓子は飲食し放題ですので気軽にスタッフにお申し付けください。この世界ではお手洗いの必要はありませんが身だしなみを整えるためのレストルームはありますので、必要があれば店の奥へどうぞ。防音完備です」
俺たち全員を座らせると、立ったままタブレットを確認しながら藤田さんは説明を始めた。
「それでこの場所、B3ブロックというんですが、このブロックにはカフェの他に三つの妨害イベントがセットされています。基本、イベントはそれぞれが単独でコース上に接続されるんですが、同じブロックにあるイベントのみお互い誘導が可能になっています」
「誘導?」
はい、と彼女は頷いた。
「例えばB3の場合、今いるカフェの他に本格レストランと剣塚と古代図書館があります。秘書さんたちの会話の中でそれらへ行く方法を示唆して、参加者さんを次の罠に送り出すことができるんですよ。実際、運営が用意したシナリオ集にもそちらへの興味を煽る内容のものが含まれていますので、あとで確認しておいてください」
「はい」
古代図書館かあ。俺も気になるわ。もし参加してたらノコノコ入って行っちゃいそう。
「逆に、そちらから誘導されてこのカフェに来る参加者さんもいると思います。今回参加者さんの数が多いのでこれらの妨害インスタンスは同じものが複数用意されているんですが、有人NPCが行うものはそれぞれひとつだけですので、レアイベントなんですよね」
たしかに参加者すごい人だったもんな。全員が足を止めるわけじゃないだろうけど、ここでさばけるのはいちどに四テーブル八名って考えると本当に少ないから、レアイベント扱いも納得できる。
「報酬は魔物討伐の場合はドロップですが、こちらのような滞在型はそのインスタンスを出るさい滞在時間に応じて報酬が自動で付与されます。タイム短縮チケットなどの一部報酬は抽選になります」
「俺たちは何もしなくて良いんですね」
「はい。ですがもしあなた方の気に入った参加者さんがいた場合、飴をオマケしても良いことになってるんですよ」
藤田さんはインベントリから両手で抱えるような大瓶を取り出した。中には一個ずつ包装紙に包まれたキャンディーがいっぱいに詰まっている。
「こちらはひとり一個、直接手渡しでお願いしますね」
「わかりました」
でかい。置き場がないのでとりあえず自分のインベントリに入れておいた。
「あっと、それから。大事なものを忘れてました。こちらもどうぞ」
そう言って彼女が取り出したのはA4サイズの四角い鏡だった。後ろにスタンドがついていて立てられるようになっている。
「夜鳩商会謹製『魔法の鏡』です。これがあれば公式のレース中継を見ることができますので、よかったら皆さんを応援してあげてください」
テレビかよ。
俺とシドの中間に置いてふたりで観られるようにすると鏡面がおもむろに明るくなった。中継はすでに始まっているようで、スタート前の各インスタンスの様子が順番に映し出されていた。緊張した面持ちの参加者が馬を引いて並んでいる。
「ほう、これは素晴らしい」
シドが感嘆の呟きを漏らした。これがあれば全体がどういう状況になっているのかわかるもんな、正直助かる。画面の端に表示されたカウントダウンはもうまもなくレースが開始することを告げていた。
「このB3ブロックはスタートの二十分後から接続を開始します。私たちは奥にある古代図書館に詰めてますので、もしなにか疑問点や問題があれば気軽に連絡をください」
そう言われて、俺は前に運営に貰ったリストをウィンドウで引っ張り出した。さっき聞いた藤田、千葉の名前で探す。
「ええと……経理部の藤田亜優さんと千葉涼介さんで良かったです?」
「はい、そうです」
合ってたようなので、すぐにメッセージを送れるように印をつけておいた。
「それじゃ今日一日、よろしくお願いします」
俺たちも合わせて頭を下げた。
ふたりはこのまま直接持ち場へ向かう様子なので、俺たちは見送りのために一緒にカフェを出た。ぞろぞろと建物の裏手に回ると熱帯雨林の奥へと続く道がある。
「この道は少し行くと三つに分かれてまして、右へ行くと剣塚、まっすぐ行くとレストラン、左に行くと図書館があります。徒歩ですと十五分くらい、馬なら五分弱でしょうか」
そう言ってカフェの後方に伸びる道の説明をした藤田さんは、千葉さんが召喚した大狼の後ろに乗る。
「お気をつけて」
「ありがとう。お二方も頑張ってくださいね」
そう言って手を軽くあげると、千葉さんが大狼に指示を出した。ふたりを乗せた従魔は力強く林の中へ駆けて行った。
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(2023.12.7修正)「音声通話を行う場合は、」という台詞をカットしました。音声通話はまだ実装されていないはず……。




