123.廃墟の神官
台風が来てますね。嫌だなあ。みなさんもお気をつけて。
神官服の男は俺の顔を見て、それからつぶらな瞳で自分を見上げる銀雪と血塗れ熊に視線を移して、慈しむように微笑んだ。
年齢は三十くらいか。俺より少し目線が高い。肌の色は薄め、腰まであるまっすぐな黒髪をひとつにまとめている。瞳の色は真紅。……うん? 神官なのにカラーリングが禍々しくないか? ちょっとフィクション設定のセオリーから外れてるような。
「その魔獣の処遇に困っているのだろう?」
俺が浮かべた困惑の表情を、彼はクマに対するものだと解釈したようだった。
「はい。その……あなたは」
ああ、と彼は初めて気づいたかのように言った。
「私はそこの神殿の者だ。なにやら変わった気配がしたから様子を見に来たのだよ」
「あなたも召喚ができるんですか?」
「昔、勉強したことがあるだけだ」
理知的で優しそうな人なんだけど。神殿の人が魔獣召喚ってするもんなのか? 言う通りにして本当に大丈夫なのか、なにか違うものが神官に化けてる可能性はないんだろうか。銀雪は特に反応してないのも判断に迷う。うーん。
彼は少し目を細めた。
「もしかして私のこと、疑ってる?」
「いや……すみません。少し前に善良そうな人に騙されて痛い目に遭ったので。あなたが悪いわけじゃないんですが」
あの航海石事件のモヤシとマックスのことを口実にして反応を見てみる。
「それは災難だったな」
男は顎に手を当てて少し考えた。
「そうだな、絶対に私が君に不利益をもたらさないよう誓いを立てようか。そうすれば安心できるだろう?」
「それなら、まあ……」
その誓いとやらにどの程度拘束力があるのかわからないけど。俺が頷くと、彼はすっと右手を差し出した。ん? 握手?
首を傾げながら俺も手を出すと、男はそれを素早くぎゅっと握った。
「え」
電子音が鳴った。ウィンドウに文字が表示される。
『守護精霊との契約が完了しました』
「は……? 守護精霊?」
握手したまま呆然と目の前の男を見ると、彼はハハハと笑った。
「私、実は亡霊なんだ」
「亡霊!?」
オバケちゃんなのに実体あるの?
「いや待って。亡霊が守護精霊なんてアリなのか?」
「あまり無いが、私は生前高位の聖職者だったから可能みたいだ」
「ええ……」
設定ガバガバじゃないですか。
「守護精霊は契約者に不利益なことができない。これで君の安全は担保される。自分で言うのもなんだが私はそこらの原霊よりもずっと強いし、君の助けになると思うよ」
男は朗らかに言うが、なんかいきなり嵌められた気分だ。
ノインに話を聞いてからいずれ南国で守護精霊を得るつもりではあったけど、どういう精霊が良いとか考える前に契約完了って、このパターンなんか前にもあったよな。そう、そこのクマと戯れてる銀色の小さなモフモフの時だ。
銀雪の時は助けた恩があったからなんだろうけど、この亡霊はどうして俺なんだろ。
「あなた、俺がどんな人間かも知らずに契約して良かったんですか?」
男はうん、と頷いた。
「君、少し前にも小さな女の子と一緒にこのあたりに来ていただろう? 楽しそうで、見ていたら私もなんだか人恋しくなってしまったんだ。今まで何百年もひとりで平気だったのにね」
少し寂しそうに神殿のある方角に目をやっている。
まさか街が廃墟になってからずっとってこと? その年月はゲームで設定されたものなんだろうけど、本人にとってはリアルな年月なんだよな……それはちょっとしんどいだろうな。
「だから、もしまた君たちに会えたら契約して着いて行こうって思ってたんだ」
うわあ、俺たちめっちゃ狙われてたよ!!
「そんなわけで、これからよろしく。マスター」
おっさんに懐かれても嬉しくないから! けどもう契約してしまったんだよなあ……。
仕方ない、姉ちゃんに憑かれるよりはましだと思うことにしよう。主に俺の精神衛生上の問題で。
「あなたのことはなんと呼べば?」
「シド、と」
「わかった。これからよろしく、シド」
そう言うと、彼はそれはもう嬉しそうに笑った。まったく……こんな顔されたら怒れないじゃないか。
「それで話を戻すが。その魔獣のことだ」
そうだった、このクマをどうするかってことだった。
俺たちが視線をやると、自分のことを話しているのだと気づいたのか、クマが二足歩行でトコトコと歩いてきた。
「召喚した魔獣はしもべにするなら契約をする、しないのならそのまま帰還させる。放置だけは絶対駄目だよ、異界の生物だからね」
「はい」
「契約した魔獣は帰還しても再び呼べるようになる。召喚の合言葉を決めておくんだ」
なるほど。従魔と違って必要な時だけ呼び出す感じなのか。さて、どうしようか。このクマ、可愛いんだけど果たして俺には必要なのか……?
腕を組んでじっと見下ろすと、クマはモフモフした短い腕で俺の足にぎゅっと抱きついた。
「あー……」
うん。契約しちゃおっと。癒しはいくつあってもいいよね。我ながらチョロいけど。
「契約ってどうやってやるのかな」
「召喚の書に印を貰うんだ」
シドの言葉に従って『漆黒の魔導書』の余白ページを開く。
「まずはそのクマに名付けを。それから召喚の合言葉を書いて」
え、どうしよう。そんないきなり言われても思いつかないぞ。
クマだからくまのすけ……は、耕助さんと似てるからダメだな。クマ五郎、なんか江戸っ子みたい。クマ太、クマリン、クマフィーヌ。あ、ダメだ。クマがゲシュタルト崩壊してきた。俺、名付けのセンスないもんな。
「……ベアにしておこう」
名前、ベア。召喚の言葉は「召喚」。そのまんまだ。
書き込んだページを開いたままクマに差し出すと、クマはその上に肉球でポンと印を押した。くっ、可愛いじゃねえか。魔導書の上に花火のようにぱっと魔法陣が広がり、すぐに消えた。
「これで契約完了だ。いちどテストしてみようか」
シドに言われて、俺はマニュアルを手早く捲って帰還のページを開いた。
「『汝が役目の終了を宣言する。去ね、血塗れ熊!』」
すると、ベアの足元に青く光る魔法陣が出現して、ベアの身体全体をふっとかき消した。銀雪をマイルームに送る時によく似ていたな。
「そこの血塗れ熊の部分、もう名付けたから『ベア』だけでも大丈夫だよ」
シドがアドバイスしてくれる。
「わかりました。じゃ、次は……『ベア、召喚』」
さっきと同じような魔法陣が出て、ベアが戻ってきた。
「おお、できた」
銀雪がベアに寄っていって尻尾を振っている。小動物同士で仲良くなったのね。
「本当は巨大化する魔物を出したかったんだけど……まあ銀雪が嬉しそうだし」
俺が呟くと、ベアがこちらを向いた。うん? 胸の辺りをぽふんと叩いてるけどなに?
ベアが銀雪を置いて一匹だけで急に少し離れたところへ歩いていく。と思ったらその茶色い身体がモコっと膨らんだ。それからムクムクと大きくなっていく。
「えっ、えっ……」
驚いている俺の横でシドは「ああ、血塗れ熊は幻獣だから身体の大きさを変えることができるんだよ」と落ち着いている。それ早く言って!
ベアの膨張は奈良の大仏と同じくらいの大きさになって止まった。うん、大きいね。ぬいぐるみだけど。イメージしていた巨大怪獣とはちょっと程遠いけど。
でもこちらを見下ろしたベアの得意げな顔を見たら、うん、まあいっか……という気持ちになってきた。
「ありがとう、ベア。元に戻っていいよ」
しゅるしゅると小さくなるクマのぬいぐるみ。こちらへ戻ってきたところを手を伸ばし、頭を撫でてやると嬉しそうにしている。ついでに銀雪も撫でて、
「私は撫でてくれないのかい」
いや、自分よりでかいおっさんなんか撫でてどうするんだよ。
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