112.運営その4
いつもありがとうございます。もう七月だなんて早すぎる……!
時は数時間前に遡る。
「大変だっ!」
開発部オビクロ班のテストルームで、騎士団特務機関のナナこと運営の七瀬紫がログアウトと同時に叫び声をあげて飛び起きた。パイプベッドがガタンと大きな音を立てる。
「やばすぎる! 追加悪魔がダブルで来るとか!」
「……うるさ……」
隣のベッドで同じくオビクロからログアウトしてきた夜鳩商会のセンリ、秘書室長の円堂千里が身体を起こした。
「七瀬さん、件の女子パーティが盗賊のアジトに向かってるみたいです。カイ君とバッティングしますよ」
パーティションの向こうからゲーム内をモニターしている七瀬の後輩が声をかけてきた。
「騎士団のオルドは?」
「女子に同行してます。商会NPCのウィレムも一緒に」
「うへえ」
七瀬は足早に後輩のもとへ向かう。一方の円堂は軽く髪を整えると、緩めていたネクタイをしめなおしてベッドの頭部分にハンガーでかけておいたスーツの上着を羽織った。
「至急あの女の子たちと商会NPCに闇紋章拒否のパッチ当てて」
「了解です!」
七瀬と円堂がオビクロの世界から急いで戻って来た理由は、マックスについて調べていたその後輩からの連絡だった。
マックスの固有IDが、ひと月以上前にプレイヤーによって討伐された山賊のものだと判明したのだ。これはNPCそれぞれに割り振られるもので、同じものはふたつとない。
すでにオビクロ世界から削除されたはずのNPCのIDをもつ身元不明のキャラクター、その正体は他NPCのIDのコピーを繰り返して運営の追跡を逃れている不正AI『例の8体』以外に考えられなかった。
「マックスのほう判明しました。通称『エース』、南国軍のエリート部隊のエースとして育成しましたが、失敗してチンピラになってしまったのでお蔵入りになった個体です」
「うわ、戦闘力高い馬鹿か」
七瀬は顔を歪める。
そして問題はマックスだけではなかった。さらに後輩は、オルドの固有IDも現在進行形でなぜかゲーム内にふたつ存在していることに気づいてしまったのだ。それはつまり、その二人のNPCのうちのどちらかもまた『例の8体』の可能性が高いということ。
「まさか2体同時に出現するなんて。想定外もいいところですね」
大型モニターに映し出された女子パーティと同行するふたりのNPCを睨みつけて、円堂は呟いた。
「このオルドはおそらく『商人』の変装です」
「えっ」
七瀬と後輩が同時に振り返った。
「まさか」
「背格好で、他に該当する者はいません。顔のつくりも似てる」
「『商人』ってあの猟奇系性癖の異常な個体ですよね、カイ君ほんとに危険なのでは……あ、洞窟に入りました」
モニターの中では、女子パーティを追って洞窟に入る秘書Kの姿が映し出されている。
「オルドから目を離さないで。チャンスがあれば即隔離実行して」
「はい」
七瀬の指示に、後輩が力強く頷いた。
女子たちが洞窟を進み、マックスが登場した。彼はその正体を現して女子パーティと交渉を始める。
「……あれ本気であの子たちを仲間にしたいと思ってる?」
七瀬の声に疑念がこもる。円堂が首を横に振った。
「いや、他の魂胆があるのでしょう。『商人』と組んでるなら渡り人を使った人体実験とか、そういう感じの」
「ですよねえ」
「あっ! やりました!!」
被せるように後輩が叫んだ。
「オルド、いま縋りつく振りをしてピンクに闇紋章を埋め込もうとしました!!」
「パッチは?」
「効いてます。紋章付与は失敗!」
「よしっ」
不正AIが闇の紋章を勝手にばら撒くことを防ぐために、次回のアップデートでプレイヤーがそれらを受け付けないよう仕様変更することになっていたが、こんなこともあろうかと用意しておいた応急用のパッチが役に立ったようだ。
「こいつ、ダメですぅって言ってるの、絶対マックスに状況を知らせるためだよね」
「この演技、心底気持ち悪い」
かつて『商人』にエンカウントしたことがある円堂は嫌悪を隠さず答える。
「あああ……カイも戦いに参加しちゃうのか。NPCはデータだから捨てても構わないのに」
「あの子、ゲーム慣れしてないからモブでも見捨てられないんでしょうね」
円堂がため息をついた。
「性格がまともすぎるのが仇になったな」
七瀬が画面に向かって「うああ」と喚いた。
「マックスは女子が全員いなくならないと処理できないわ」
「あの子たちいっそ助けないほうが良かったんじゃ」
キーボードに指を置いたままのスタッフたちがじっと大型モニターの向こうで繰り広げられる戦闘を注視する。
「ああっ、マックスのスキルが全身に拡張されてる!」
スタッフのひとりが声をあげた。
「本当は違うんですか?」
「オリジナルが持ってた『分解』スキルは両手のみで、ガントレット装着時だけのはず。たぶん、あの男がデータを改竄した時に手を加えたかと。『腐食』に変わってるし」
円堂の問いに七瀬が答える。
「剣も魔法も効かないのか……これは厳しいな」
「わああっ!」
今度は突然、オルドを監視していた後輩が叫んだ。
「やられたあ!!!」
「どうした!」
近くにいたスタッフが、両手で頭を抱えた彼を振り返る。
「みんながマックスと秘書Kの戦いに気を取られてる間にオルド隔離を試みたんですが、タッチの差で空間転移して逃げられました……!」
「まじか」
「偽装IDもロスト。新しいものに乗り換えたようです……」
「どういう勘してるんだ、くそ!」
汚い言葉を吐き捨てた後、七瀬は少し息を整えて周囲のスタッフの顔をぐるりと見回した。
「とりあえず切り替えよう、マックスだけでも必ず確保するよ!」
「「はい!」」
モニターの中では、秘書Kがマックスに水をかけ始めていた。
「え、あれなにやってるの」
「あんなあからさまな挑発に乗る奴いねえ……と思うけど、相手チンピラだから全然いけてるね」
「でも怒らせてその後どうするの」
ギリギリで腐食の拳を避け続ける秘書Kをスタッフ総出でハラハラと見守る。
「あっ、後ろ! やばい!」
「ああああカイ君~!!」
壁際に追い詰められた秘書Kの姿に、あちこちから悲鳴が漏れた。
勝ち誇った顔のマックスの右腕から必殺の大技が炸裂する。同時にコールされる秘書Kの返し技。
「よおっしゃあああああああ!!!」
「うおおおおお!!」
マックスの腹に風穴が空いてキラキラエフェクトが出始める。スタッフたちは拳を振り上げて一斉に歓声をあげた。
「さすがカイ君!」
「敏腕秘書だあっ!!」
「マックス退場! データ隔離しました!!」
「よし!」
喜色満面で返事をする七瀬の隣で、円堂が静かに「まったくあの子は心臓に悪い……」と胸を押さえて安堵の息を吐いた。
そのままモニターを見守っていると、女子たちによって出国審査所の上司ハリーと本物オルドが発見された。
「ふむ、これで締めるか」
七瀬がひとり頷いて、机上のキーボードを叩く。すると画面の中の秘書Kが自分のウィンドウのメッセージを読む素振りを見せた。
「今の、七瀬さんですか?」
「はい、」
答えながら七瀬は椅子から立ち上がった。
「女の子たちが被害者を騎士団本部へ連れて行くように仕向けろって、カイに指令を出しました。私、これから騎士団に行ってあの女の子たちに報酬渡してきますね」
「えっ、まさかの人力ですか?」
後輩が声をあげた。
「だって今から手配するよりも速くて楽だし。少し外すから、あとお願いするね」
「カイ君とウィレムは商会に戻ってくるようなので、私もちょっと行ってきます」
七瀬に続いて円堂も腰をあげ、パーティションの向こうに並ぶ簡易ベッドに向かう。
「でもまさか本当にカイが勝つとは思わなかったです。さっすが私の弟子!」
「私の教え子ですよ」
「ちょっと円堂さん、そこでマウント取るのやめてくれません?」
「そっちこそ後方師匠面やめたら?」
聞き慣れたいつもの応酬が聞こえてきて、スタッフたちは小さく吹き出した。
緊急事態を脱したことを実感して、彼らはやっと肩の力を抜いたのだった。
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