自由の女神にイタズラしたい
メジャーリーグの開幕前夜、リバティ島に数人の男女が上陸した。
この男女、自分たちでは「ダークヒーローの集団」を気取っているが、街での評価は、「愉快犯」もしくは「スケールの大きなイタズラをする暇人たち」である。
リバティ島に来た目的は、ここに立っている「自由の女神」だ。彼女にイタズラして、ニューヨーク中を、あっと言わせたい。
このイタズラを思いついたのは、およそ一年前のことになる。昨年のメジャーリーグが開幕した直後だ。もしも自由の女神が持っているのが、「たいまつ」ではなく、「ベースボールのバット」だったら・・・・・・。
そんな素敵なイタズラを実現すべく、それから一年もの間、こっそり準備を進めてきた。
他のヒーローや警察に嗅ぎつけられたら、妨害されるに違いない。彼らは真面目すぎるのだ。ユーモアが足りない。ニューヨークには、もっとたくさんのジョークが必要だと思う。
島に上陸した男女は、ボートから資材を降ろした。自由の女神が立っている場所まで、その資材を運んでいく。
すでに先遣隊が、事前準備を済ませていた。女神のたいまつからは、太いロープがぶら下がっている。
そのロープで、自分たちと資材を高所まで運び、先遣隊と合流した。
さて、ここからがイタズラの本番だ。スケジュール通りに、手順を実行しなければ。
だが、まずは国歌だ。全員で夜空に向かって、アメリカ国歌を斉唱する。
その様子は映像に記録して、あとでインターネットに流す予定だ。こうすることで、自分たちには「ユーモア」だけでなく「愛国心」もあるぞと、広くアピールすることができるだろう。
それでは作業を開始する。
自由の女神が右手で掲げているたいまつ、これに「バットの形をした巨大風船」をかぶせてしまおう、というわけだ。
メジャーリーグの開幕前夜にふさわしいイタズラだと思う。「バットを持つ自由の女神」の完成だ。
像を傷つけないよう、慎重に作業を進めていく。しぼんだ状態の風船を、たいまつの土台部分、その周囲にセットした。
そして、熱気球の要領で風船をふくらませていく。
専門家にきちんと計算してもらっているので、この風船で自由の女神が空へ飛んでいったり、その右手がへし折れたり、ということはない。安全対策は万全だ。
ここまでのところ順調だが、油断は禁物だった。
この状態になると、さすがに目立つ。ヒーローや警察がいつやって来てもおかしくない。
そうなる前にイタズラを完遂して、撤退するのだ。
「来たぞ!」
自由の女神の視線が向いている方角、夜空を突き進んでくる丸い物体があった。
それを目にして、たいまつの土台部分で歓声をあげる男女。あれは味方だ。ベースボールの球を模した気球である。
自由の女神のバットに、あの気球がぶつかる瞬間、逆噴射をかけるのだ。そうすれば、まるで自由の女神が、バットでボールを打ち返したように見えるはず。
ぐんぐんと近づいてくる丸い気球。
しかし、さすがにヒーローたちも気づいたらしい。空を飛べるヒーローたち、《スカイ・ガーディアンズ》がやって来た。
夜空が一気に騒がしくなる。
「ボールの気球を守れ!」
たいまつの土台部分にいる男女は、特殊なバズーカ砲を撃ちまくる。
発射された弾は、一定距離を飛ぶと破裂して、周囲に大量の紙吹雪をばらまくのだ。
夜空を彩る金色の紙吹雪。
イタズラのコンセプト上、煙幕を使うわけにはいかない。「ニューヨーク中から自由の女神が見える」というのが、このイタズラでは重要なのだ。煙で像が見えなくなっては、元も子もない。
また、爆弾の使用も、自分たちの流儀に反する。
だが、あんな紙吹雪では、ヒーローたちを止めることはできない。
手旗信号で気球へ合図を送る。速・度・を・上・げ・ろ。
白い気球には補助動力として、特殊なエンジンをつけていた。燃料はトウモロコシ。それをポップコーンにする際に生じるパワーを、気球の推進力に変える仕組みだ。
そのエンジンに、キャラメルソースが投入される。
気球の速度が上がった。
だが、ヒーローたちをふり切れない。このままでは追いつかれてしまう。
「気球を守れ!」
たいまつの土台から、次々と飛び出す男女。
背中にはロケットブースターパックをつけている。これがあれば、空を飛べるのだ。
ただし、長い時間はもたないけれど。
ヒーローたちとの空中戦が始まった。
この間にも、丸い気球は自由の女神へと接近していく。
「よしっ。そろそろ逆噴射の用意だ。少しずつ速度を緩めろ」
これで、自由の女神がバットでボールを打ち返す、そんな様子をニューヨーク中に見せることができるはず。
ところが、気球の速度が変わらない!?
「エンジン故障! エンジン故障!」
丸い気球から焦りの声が飛んできた。
「くそっ!」
ヒーローたちとの戦いを放棄して、気球に駆けつける男女。
そして、丸い気球を止めようと、全力で押し返す。
が、気球の勢いは衰えない。
「くそっ!」
こうなったら、手段を選んではいられない。
「ヒーロー、助けてくれ!」
夜空に向かって叫んだ。
虫のいい話だとはわかっている。
今の今まで敵対関係にあったのだ。罠の可能性を疑われても、文句を言えない状況。
でも、他に方法が・・・・・・。
次の瞬間、ヒーローの一人が急接近してくる。
「この丸い気球を、反対側に押せばいいんだな!」
「そうだ! 協力感謝する!」
これを皮切りに、他のヒーローたちも次々と加勢してくれる。
「せーのー!」
先ほどまで戦っていた者たちで、声を合わせる。
ボールを模した気球は、自由の女神のバットにあたる寸前で止まった。残り数センチ。
そして今度は、反対側へと動き始める。
その様子は、まるで自由の女神が、バットでボールを打ち返したかのようだった。
ニューヨークはランチタイムを迎えていた。
自由の女神にイタズラした男女は、疲れた顔で警察署から出てくる。
あのあと自ら進んで、ヒーローたちに逮捕してもらったのだ。
もしもヒーローたちが助けてくれなかったら、大変なことになっていたかもしれない。丸い気球がたいまつ部分に激突して、女神の右手が折れていた可能性もある。安全対策は万全ではなかった。
逮捕されたあとは、警察に引き渡されて、この時間までさんざんお説教されていた。
その程度で済んだのには、理由がある。あのイタズラを楽しんだ多くの市民が、減刑を求める声をあげてくれたのだ。
自由の女神がバッティングする瞬間を、かなりの市民が目撃していたらしい。そして、未だに話題にしているそうだ。今日のニューヨークは、いつもよりも活気に満ちているという。
警察署から出てきた男女の前に、一人の男性が近づいて来た。
あの時、真っ先に助けてくれたヒーローだ。
「こういう物があるんだが」
そう言って、ベースボールのチケットを見せてくる。
「一緒にどうだ?」
メジャーリーグの開幕戦のチケット。この場にいる全員分があった。
次回は「撮影スポット」のお話です。