特別な自動販売機
「『若者の野球離れ』について、すぐにでも手を打つべきでしょう」
この問題に取り組むために、あるプロ野球球団では、専用のプロジェクトチームを発足させた。
まずは、現在の状況を確認する。
本拠地球場の観客動員数は、順調に増え続けているようだ。
ところが、テレビでの試合中継、その視聴率は、下降線をたどっている。
このままでは、非常にまずい。
たとえばの話、それまで野球に興味のなかった人が、球場の前をたまたま通りかかった時に、「ちょっと見ていこうかな」と考えるだろうか?
いきなり球場に来てもらうのは、ハードルが高すぎる。
だからこそ、『野球の入り口』として、「テレビでの試合中継」は大事なのだ。最初はそこから興味を持ってもらい、「球場に行ってみようかな」となるのがいい。
しかし、このまま視聴率が下がり続けると、テレビでの試合中継がなくなってしまうかも・・・・・・。
とはいえ、これに関しては、テレビ局にがんばってもらうしかなさそうだ。
自分たちにできることと言えば、試合中継とは別に、『野球の入り口』をつくることだ。とにかく、最初のきっかけをつくる。そうやって新たなファンを増やしていきたい。
プロジェクトチームはさっそく活動を開始した。
その一つとして、ある大学に特別な自動販売機を設置する。球団公式の自動販売機だ。
この自動販売機、直近の試合結果によって、ジュースの値段が変化するようになっている。試合に勝った場合は、「二割引き」だ。
しかも、試合に勝った上でさらに、特定の選手が一定の条件を満たしていると、「半額」になる。
たとえば、今月は「A選手がホームランを打った」かどうか。来月は「B選手が盗塁した」かどうか。
こうしておけば、試合の勝敗だけでなく、選手も注目してもらえるかも。
また、この自動販売機には、現在の値段が表示されているので、「前を通りかかった時に、半額だったら買う」、そんな人もいるだろう。
最初はそれでいい。ジュースを繰り返し買っている内に、少しでも野球に興味を持ってもらえれば・・・・・・。
この自動販売機、まずは一つの大学で試して、その結果が良ければ、他の大学にも設置していくつもりだ。
数か月後、自動販売機の売上は好調を維持していた。「半額」の時はもちろん、「二割引き」の時でもたくさん売れている。
「昨日の試合、勝った?」
そんな会話が、大学の構内で普通に聞こえてくるようになった。
ところが、ある学生たちの会話で、
「あの球団がリーグ優勝したら、ジュースの値段はどうなるのかな♪ やっぱり『無料』くらいやってくれるのかな♪」
それを聞いて、プロジェクトチームは慌てた。しまった。何も考えていない。
うちの球団は現在、首位を独走中だ。リーグ優勝する可能性は高いだろう。学生たちが期待している以上、何もしないのはまずい。
プロジェクトチームは急いで対応を考える。
「でも、さすがに『無料』ってわけにはいかないでしょ」
あの自動販売機のジュースは、大手飲料メーカーから卸してもらっている。最初に交渉した時、『半額』が限界だと釘を刺されていた。
さらに割引きしてもいいか、ダメもとでメーカーに相談してみる。
「そうですね、『半額』が限界ですね」
当然の答えが返ってきた。
しかし、耳寄りな情報をくれる。
「こうしてみては、いかがでしょうか」
その提案にプロジェクトチームは飛びついた。優勝は目前に迫っているのだ。迷っている時間はない。
そして迎えたリーグ優勝の翌日。
大学の開門と同時に、大勢の学生たちが球団の自動販売機へと走った。
最初にたどり着いた者が確認する。
ジュースの値段は・・・・・・『半額』だ!
けれども、おまけがついていた。
球団と大学とでコラボした、この自動販売機限定のグッズだ。『ミニタオル』が全五種類。
さっそく学生たちが長蛇の列をつくった。
ジュースが飛ぶようにして売れていく。
プロジェクトチームはひっきりなしに、補充作業を行った。
「温かくもなければ、冷えてもいませんけど」
それでもジュースは売れまくる。『ミニタオル』を全種類集めようとしている学生もいて、一人で何本も買っていく。
プロジェクトチームは心の中で、嬉しい悲鳴を上げていた。事前に色々と心配したけれど、好評みたいで安心した。
それにしても、ここまで売れるとは予想外だ。
結局、一週間分として用意した量が、わずか二時間で完売してしまった。やったね♪
このあと、プロジェクトチームは満面の笑みで、球団の事務所へと戻ってくる。
そこで待っていたのは・・・・・・
「大変です! 限定グッズの『ミニタオル』が、ネットオークションで大量に売られています!」
「現在の最低価格は千円を超えています!」
「学生たちの狙いは、これか!」
次回も「自動販売機」のお話です。