修学旅行で試練
(絶対に――)
中学生たちの頭の中では、『一週間前から、みんなで言い続けてきたこと』が繰り返されていた。
しかし、そんな決意が今や揺らぎかけている。
「もう一度、状況を確認しよう」
だが、結果は変わらない。決意は揺らいだままだ。
今は修学旅行中。福岡県の太宰府天満宮を訪れている。
クラスのバスに集合するのは、一時間後だ。それまでは、この近辺を自由に歩き回っていい。
「どうしようか?」
中学生たちは道の真ん中で緊急会議を開いていた。
彼らは全員が野球部だ。一週間前から、みんなで言い続けてきたことがある。
――絶対にお守りを買おうぜ。一人一つずつな。
夏の地区予選大会では、「運」が試合の勝敗を左右する、そんなことがあるかもしれない。
といっても、自分たちが通う学校の近所には、小さな神社ばかりだ。
だったら、修学旅行で行く太宰府天満宮、ああいう大きなところで、一人一つずつお守りを買おう。小さな神社よりもご利益がありそうだ、と考えていた。
ところが、いざ現地に着いてみて、予想外の事態に困惑している。
天満宮へと続く二〇〇メートル以上もある参道、その途中に中学生たちは立っていた。
参道の両側には、さまざまなお店が並んでいる。
で、道行く人たちの多くが、美味しそうな食べ物を口にしているのだった。
「この焼き餅、美味しいね♪」
同級生たちも食べている。
その誘惑は尋常ではない。のどを鳴らす野球部の部員たち。
あの焼き餅、値段は高くないようだが・・・・・・。
「美味しかったから、もう一個食べちゃおう♪」
「私もー♪」
二個や三個と手を出す同級生たち。
一個買えば自分たちも、あんな風になるかもしれない。一個のつもりが、気づいた時には・・・・・・。
そんな未来を予想して、野球部の部員たちは苦悩した。
修学旅行の「おこづかい」は限られている。それを「どこで」「どのように」使うべきか。
ここにきて、「絶対にお守りを買う」というのが、重荷に感じ始めていた。
野球部の顧問は、この学年の担当ではないので、修学旅行には同行していない。その財力に頼ることもできなかった。
焼き餅以外にも、肉まんやハンバーガー。どれも美味しそうだ。右を見ても、左を見ても、同級生の誰かが食べている。
野球部の部員たちは戦慄した。
恐るべし、太宰府天満宮。自分たちは今、試されているのだ。
申しわけなさそうに、一人がつぶやく。
「先輩たちや後輩たちへの『おみやげ』を、むちゃくちゃ安い物にすれば・・・・・・」
たとえば、観光地に置いてあるパンフレットとか。あれなら無料だ。自分たちのお財布にはノーダメージ。
「気持ちはわかるが、それは最終手段だ。できれば避けたい」
部員たちは葛藤する。ああ、焼き餅、焼き餅・・・・・・。
そして、十五分かかって、答えを導き出す。
「じゃあ、みんなで一つな」
焼き餅のことではない。一番安いお守りを一つ、割り勘で買うのだ。
そうやって浮いた予算で、全員が焼き餅を買うのである。これなら、太宰府天満宮のお守りも手に入るし、その上で焼き餅を食べることが可能。
「賛成ー♪」
しかし、彼らは知らない。
この決断の結果、ついついお金を使いすぎてしまい・・・・・・。
四十五分後、野球部の部員たちは、次のことを考えていた。
(先輩たちや後輩たちに、どう言いわけしようか)
これも青春の一ページである。
次回は「自動販売機」のお話です。