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四章:Intermission-present(12)

 

 私は困る愁也君の様子をじっくりと見た。もう十分に楽しんだし、これ以上はからかうつもりもない。

 

「なーんてね、冗談――」

 

 私が口を開いた時、愁也君は音を立てて手を合わせた。

 

「ごめん! でも、我慢できなくて!」

「……え?」

 

 愁也君は私の言葉が聞こえていない様子だった。私も愁也君の言っていることのわけがわからず、首を傾げた。すると、合わせた手の向こうから片目だけを開けて私の顔を覗き込むのが見えた。

 

「試しに何人か声かけたんだ。そしたら誰かが喋ったみたいで、どんどん広まっちゃって。みんな行きたいって俺の所に押し寄せちゃって……だから、噂は本当」

 

 私は口をポカンと開けていた。あくまでもそれは噂であり、実際にはそんなことありえないと思っていたからだ。だって、そうなる理由がわからない。けど、今はそれよりも疑問に思うことがある。私はそれを愁也君に尋ねた。

 

「じゃあ、なんで二人だけ?」

 

 結局愁也君が連れてきたのは二人だった。それほど希望者がいたというなら、もう一人くらい適当に――と言っては失礼か――連れてこれたはずだった。というより、声をかけた人たちからも反感が来るだろう。

 

「だから、それは……」

 

 なにやら歯切れが悪い。

 

「……それは?」

 

 何が飛び出してくるかはわからないが、この状況で聞かないわけにはいかなかった。愁也君のほうも隠すようなつもりはなく、きっかけが欲しいように見えた。私が先を促すと躊躇いながらも口を開いた。

 

「だから、さっき由里が言ったとおり」

 

 さっき、私はなんて言っただろうか。妙に長く感じる時間を逆に回し、自分の発言を思い出そうとする。しかし、それが問題の部分に差し掛かる前に、愁也君のほうが覚悟を決めた。

 

「もしかしたらでも、由里をとられたくなかったから」

 

 鮮明に聞こえていた波の音が消えた。まるで私の耳が彼の言葉以外を聞きたくないと他の音を拒否したようだった。

 

「最初に話した奴からそうだったけど、行くメンバーを伝える前に『それって、神谷さんも行くの?』だから」

 

 わけがわからない。何故私の名前が出てくるのだろうか。冷静に考えればわかることのはずだったが、私の頭は今、考えることを放棄していた。ただ、彼の言葉に耳を傾けるだけ。

 

「ああ、俺と由里が付き合ってるってのはもう皆知ってるよ。それこそ学年中どころか学校中が」

 

 私はその情報を頭の隅に置いておいた。後で、頭が動いた時に考えることだ。

 

「前にも言ったと思うけど、由里は由里自身が思ってるよりも有名だからね。ようするに『北高のミス・クール、神谷由里と海に行けるなら』ってこと。俺に押し寄せてきたやつのほとんどがそんなやつ。あいつらに言わせると彼氏がいても関わりが出来るならいいらしいよ」

 

 愁也君はもう開き直ったのか、何の恥ずかしげもなく言葉を続けた。

 

「それで、そういうやつは全員避けて、あいつらだけ残したわけ。あいつら二人なら俺の彼女の由里をどーこーしようって腹は無いから」

「そう……なんだ…………」

「でも、由里を信用してないわけじゃないから。ただ他の男が由里に下心持って近づくのが俺が嫌だっただけ」

 

 愁也君は私の顔をじっと見た。それで話は終わりのようだった。私は何も考えられないまま、ただ見られるがままになっていた。そしてぼうっと、愁也君の顔を見つめ返していた。

 

 それからしばらくは二人でそうしていた。どれだけの時間が経ったのかはわからない。ただ、目の前のかき氷はまだ半分ほどしか、水分に変わってしまっていなかった。それを確認すると同時に、私の耳に波の音が戻ってきた。私は戸惑いながら、話は置いといて現状を片付けようとした。

 

「あ、ほ、ほら。かき氷解けてきちゃったよ。食べないと――」

 

 今度は聞こえていたと思う。けれど、愁也君はその私の言葉を無視して話し出した。

 

「それと、圭織ちゃんのことだけど」

 

 そうだった。今になっては愚かしいとしか思えない私の冗談はもう一つあったのだ。

 

「あれは、俺が言い出さなくても由里が頼んでくると思ったから。だから、言われる前にと思って」

「ああ、うん。たぶん――言ったと思うよ。だから、その、別に問題はなくて」

 

 実際、そうなのだ。親友である圭織を、愁也君になら任せられる。だから、あの時で愁也君が言わなくても、私が間もなく頼んでいたはずだ。ちょっとずつ、私の頭は戻ってきていた。

 

「だからね、その、怒ってるとか、そういうわけじゃなくて」

 

 怒る。なぜ怒る? それは私が愁也君の彼女だから。圭織はそうじゃないから。なのに彼女の私とはこうして二人で話すのはもう帰るという時間帯になってようやくで、圭織とはしょうがないといってもあんなに寄り添って――――体を密着させて。

 

「大丈夫。それは、圭織ちゃんも大事な友達だから、大切にしたいけど、心配しなくても俺は由里一筋だから」

「ううん。それは全然心配してないの。圭織にも言ったけど、私は愁也君も、圭織も信じてるから。だからそうじゃなくて……」

 

 そうじゃなかったらいったいなんなのだ。最初は愁也君をからかういい材料に思えただけだった。でも、こうして言われて、考えてみれば、何かが心に残るのがわかる。それがいわゆる嫉妬じゃないのならこれはなんなのだろうか。

 

「その、なんて言うんだろう……」

 

 本当は口に出して言う必要はない。頭の中で考えるべきことだったが、今の私にはそれを考えることでいっぱいいっぱいだった。そこまで気がまわらなかった。気付けば、考えを全て口に出していた。

 

「嫉妬、じゃない。やきもち……ちょっと違う」

 

 頭の中を探る。上手く考えることができないので、嫉妬から類語辞典を引いていくようにする。資料だけは、膨大な量が頭に詰まっていた。そしてその言葉にたどり着いたとき、それが一番しっくりくるように感じた。

 

「羨望……、そうかも。羨ましい、そうかも」

 

 そこまで口にして、私は我にかえった。自分の口にした言葉の意味も、十分にわかっていた。そして、目の前で顔を赤くし、目を逸らす愁也君の顔も見えていた。

 

「羨ましいって、それ、普通口に出して言う? それも面と向かって」

「いやっ、そのっ!」

 

 私も顔を真っ赤にした。もうこれは私の得意技だ。

 

「ごめんっ! その、どうかしてたの! なんか色々混乱しちゃって!」

 

 よくよく考えればその発言もアウトだったが、愁也君も今は頭のキレが悪いらしく、それには気付かなかった。しかし、まだそれに気付いてくれた方がよかった。いや、気付いてくれなくてよかったのか。

 

「でも、本心、だよね?」

「――っ!」

 

 否定は出来なかった。私は顔を俯けて、小さく頷いた。

 

「じゃあ、由里は何をして欲しいの?」

 

 顔を上げられなかった。だから、愁也君がこの言葉を平気で言っているのか、それとも私と同じように緊張して言っているのかはわからなかった。顔をあげてみて愁也君もきんちょうしていたなら二人で笑い合える。けど、もし愁也君が平気で言っていたら――私は羞恥のあまり、気を失ってしまうだろう。化け物との戦闘中なら、生死をかけていても強気に出れた私だったが、そんな賭けに出るような勇気はなかった。

 

「えっと、じゃ、じゃあ」

 

 改めて何かして欲しいといわれても、思いつかなかった。思いついても、言えなかった。顔を下げたところに、丁度溶けかけたかき氷が見えた。

 

「その……メロン味も、食べてみたいな……」

 

 一瞬、空気が変わった。少し、張り詰めていた空気が緩むように感じた。

 

「ん……、じゃあ、はい」

 

 目の前にスプーンが差し出されるのがわかった。私は目を閉じて、顔を上げ、口を開いた。ひんやりとした空気を口内に感じ、私は口を閉じた。味なんて正直、わからなかった。

 

「……ぷっ」

 

 そのスプーンが引き戻されるのと同時に、私は目を開いた。そして、愁也君はこらえきれないように笑った。

 

「な、何?」

 

 私はそう言いながら後ろを振り向いた。今のところを誰かに見られていないか心配だった。さっきと席が替わったので柱に隠れ、半分しか見えなかったが、こちらに背を向けているのは間違いなく圭織だった。わたしはほっとして前に向き直った。

 

「いや、あれだけ言っておいて、かき氷食べさせるだけなんだって思って。もっと凄いことかと――」

 

 失言。今度は私じゃなく、愁也君が。愁也君はまた顔を赤くした。それに対して私は、なけなしの勇気を出した。

 

「す、凄いことって?」

 

 二人とも、互いに何を考えているのかがわかっていた。無意識に私は、頭を前に差し出していた。愁也君も、そうしていた。

 

 愁也君の額と私の額が触れた。その時、愁也君がそっと囁いた。

 

「メロンの味がしちゃうかも」

「ううん、たぶん、イチゴだよ」

 

 私がそう答え、くすりと二人で笑った。そして顔が愁也君の顔が近づく。ここまでは頭を近づけていたから見えなかったけど、今は愁也君の顔が近づいてくるのが見える。私は耐え切れなくなり、目を瞑った。またいつの間にか、波の音は聞こえなくなっていて、自分の心臓の音が聞こえていた。自分のものじゃない、温かい吐息が私の顔にかかり、目を閉じていても近づいてきているのがわかった。私は唇を上げた。さっきかき氷を口に含んだ時とは打って変わって、口の中が吐息で暖められる。後数秒、私にはそれがまた永遠の時間のように感じた。

 

――まだ、だろうか。

 

 もう、早く済ませて欲しいと思った。そうしないと、心臓がはちきれそうだった。しかしいくら待っても、後一センチもない距離が埋められることは無かった。さすがにおかしいと思い、私は眼をゆっくりと開いた。目の前に、愁也君の顔があった。爆発しそうな心臓を抑えつけて、何とか平静を保った。愁也君の顔をよくみると、眼の焦点は目の前の私に合っていなかった。私は恐る恐る振り向いて、その視線の先を追った。スポーツドリンクのペットボトルを手にしたまま口をポカンと開けたビキニ姿の女の子が、一人立っていた。

 

「ああ、悪い。続けて」

 

 裕子はそう言うと、何事もなかったかのようにスタスタと私達の横を歩いた。

 

「うわっ!」

「きゃっ!」

 

 私と愁也君は慌てて、どちらからともなくその体を離した。その勢いで、二人ともが椅子から転げ落ちた。私は床にぶつけた頭をさすりながら、音を聞いて駆けつけた海の家の青年の手を借りて立ち上がった。

 

「大丈夫ですか?」

「はっ、はいっ!」

 

 立ち上がってから後ろを振り返った。

 

――さっき、圭織は動いてなかったはずなのに!

 

 その通り、圭織はその場から動いてなかった。今は向こうを向いたままシートを片付けている。しかし、その柱の陰になる部分にいた裕子は見えなかっただけだった。私は顔を真っ赤にした。していないとはいえ、あの様子を裕子に見られてしまったのだ。

 

 そして、もう一つ異変に気付いた。圭織の奥ではしゃぎまわる声も、今は聞こえなくなっていた。悪い予感がした。

 

「あーもうっ、ゆーちゃん駄目じゃんっ!」

「良いシーンだったのにな」

「後一秒! 愁也が気付かなければ」

 

 扉の影から、ずらずらと千晴含め四人が出てきた。

 

「お前ら!」

 

 愁也君が大声で叫ぶが、その後は口をパクパクさせるだけで何も声はでなかった。

 

「愁也、もしかしてお前らキスもまだ?」

「「――っ!」」

 

 最後の一人の"キスも"の意味を考え、その途中で私は力尽きた。

 

 

 その後私はバスの中で意識を取り戻した。裕子はからかいこそしなかったものの、圭織に何があったのかを聞かれ、事細かに、珍しく感情を込めてその場面を説明していた。正直、たちが悪いとしかいいようがないほどに。千晴と男子三人にストレートに、私と愁也君をからかい続けた。私は何を聞かれても口をつぐんでいた。

 

 しかし、誰も私達を悪く言うことはなかった。誰もが、私達二人のことを応援してくれているのがありありとわかった。私は幸せだった。そして、この幸せな日々が続くことを願った。それは決して叶わないことであるのを知りながら。そして、それはそう遠くないことも知りながら……。

 

 Intermission-present Fin

 

  四章:Intermission Fin

四章、これにて終了となります。ここまで読んでくださってありがとうございました。


この四章は当初の構成には無かった章でしたが、必要と感じたために急遽入れました。

それでも本来は他の章でちょこちょこと入れていこうと思ったものを時期をずらしつつ、一つの章に纏めた形なので、問題はありません。


そのタイトル通り、小休止となった四章とは違い、次の五章から物語は結末に向かって動き始めます。


評価、感想お待ちしております。


*次の章までの準備期間として更新は一週間休みです。次回更新は3/27(土)です。

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