四章:Intermission-present(11)
泳いだり、ビーチボールをしたり、水を掛け合ったり…………楽しい時間はみるみるうちに過ぎた。私達の体力をあれだけ奪った日光を発するお日様ももうほとんど傾きかけ、もうすぐ綺麗な夕焼けに変わろうとしている。周りを見渡してみれば浅瀬にも、砂浜にも、それなりの数がいた人々はまばらになり、数を数えられるほどに減っていた。
青い海を見て体力を取り戻した私達も、その色がオレンジに変わっていき、青が失われると共に取り戻した体力を失っていた。まるでその海の色が体力の源だったかのようだった。今、圭織と裕子はシートの上で自分達の日傘を指しておしゃべりをし、私と愁也君はもう必要なくなったパラソルを海の家に返しに来ていた。体力のある男子達は未だに海の中ではしゃぎ合い、案の定というか、千晴もそこに混じっている。
「これ、ありがとうございました」
「ああ、そこら辺に置いといてくれればいいですよ!」
一日中ここで人の山を捌いているはずの海の家の青年は昼と変わらぬ威勢のいい声をあげる。
「それにしても、確かあの山道を歩いてきたんですよね。大変だったでしょう?」
「ああ、はい。よく覚えてますね」
愁也君が尋ねたのも当然。私達は千晴が多少目立っているとはいえ、後は他の高校生のグループとなんら変わりのないグループに過ぎないと思うからだ。それで私達のことを覚えているというのは、よほど記憶力がいいのだろうか。
「いやあ。だってあの山道を歩いてきたのは今日はお客さん達だけですから」
……ああ、なるほど。
「それどころかシーズンで二、三組ぐらいですかね? 今年は初めてですし。あんなところをわざわざ歩いてくるのはよほどの体力自慢だけですよ」
「ははは……」
別に私達は体力自慢ではない。現に圭織が倒れかけたわけで、他のメンバーもくたくたになった。ただ、駅でもたもたとしているうちにバスに乗り遅れてしまった。時刻表を見てみればバスは三十分に一本。それは待てない、待ちたくないと一人が言い、駅にでかでかと書かれた地図を見つけてしまったのが運のつき。その地図には海岸までの山道が書いてあった。山道なら木陰だしいいだろうと決を採り、進んでみればそこは登り降りの激しい道だった。戻ろうとしても今から戻る分歩けば着くんじゃないか、それに戻っても次のバスには間に合わないと誰かが言った。誰かが悪いわけじゃない。全員の意見が偶然悪い方向に重なってしまっただけ。そして全員それに同意したために、ああなってしまったのだ。
「バスは何時まで出てるんですか?」
だから、愁也君が言ったことの意味も若干、青年の受け取った意味とは違うはずだ。
「そうですね……バス自体は十時まで出てますよ。ただ、七時以降は一時間に一本です」
「じゃあ、大丈夫かな」
そうやって愁也君はこっちを見た。私は苦笑いで頷いた。
二人揃って海の家の外を見てみれば、変わらずに裕子と圭織はシートの上で話をしているようだったし、千晴たちははしゃぎあっていた。今度は何やら高台になっている部分から飛び込もうとしている。怪我をしなければいいけど……。
「何か食べない?」
「あ、うん」
愁也君に連れられてドア側の角の席に座った。風と日光の具合が丁度いい。
「俺はかき氷にしようかな。由里はどうする?」
「じゃあ、私もかき氷。イチゴね」
「じゃあ俺はメロンにしよっと。すいません、かき氷のイチゴとメロン一つずつ」
とりとめなく話していると、程なくしてかき氷が運ばれてきた。私は目の前に置かれたかき氷にスプーンをさし、端から崩して口に運ぶ。冷たさに頭の奥がキーンとなるのを感じた。私がもう一度かき氷を口に運ぼうとしたときに、愁也君が言った。
「そういえば、今日こうやって二人で話すの初めてだね」
「そう?」
私は順に今日のことを思い出していった。言われてみれば、圭織のこともあり、忙しかったのでそうかもしれない。
――そうだ。
私の頭にはある考えが浮かんだ。私は思いついたそれを実行してみることにした。
「そうね……愁也君、圭織で大変だったもんね」
「……え?」
普段の私と愁也君の付き合いは基本的に愁也君が私をリードする形だった。それは愁也君が努力してそうしている様子が見て取れたこともあり、さらには元の私の年齢が年下だったこともあり、特に文句はなかった。むしろ、大切に扱い、気を回してくれているのはやはり嬉しかった。
ただ、この前からの試験期間中というのは私が教える立場だったので、自然に私が上に立っていた。その普段とは違う付き合いもまた新鮮で、私にはとても面白いものだった。たぶん、今の私はそれを引きずっていたような気もする。心理的に優位な方に立つ楽しさというのを楽しみたかったのだ。
「ほら、圭織に肩を貸してあの山の中を疲れたでしょう」
「ああ……うん」
愁也君は明らかに戸惑った様子に見えた。私はさらに畳み掛ける。
「そういえば、愁也君二人しかお友達連れてこなかったよね?」
「まあ」
「でも、聞くところによると行くっていう人は結構いたらしいって」
私はかき氷をまた一口食べる。一方愁也君のほうはまだ一口しか手をつけていない。それを横目に今思いついたユニークな考えを披露しはじめた。
「私ね、もしかしてって思ったことがあったんだ。私のことを考えて、みんなを断ったんじゃないかな、なんて」
「えーっと……」
ようするに、「嫉妬するんじゃないかと思って」ということだ。愁也君は明らかに動揺していた。手はさっきから止まったままだし、目はあっちこっちに泳いでいる。
言っている私に恥ずかしさがないわけじゃなかったが、私が上の立場に立っていることと、明確に冗談を言っているということが気持ちを大きくしていた。ちょっとしたお姉さん気分だ。