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四章:Intermission-present(9)

小説家になろうのR指定のガイドラインに基づきまして、本作品をR-15指定に変更させていただきます。


該当すると思われる部分は

■いじめ、自傷行為、殺傷行為、薬物使用の描写

□身体欠損・大量出血を思わせる刺激の強い描写

についてです。


既に投稿した部分においても多少の記述があり、作品の方向性からも今後このような描写の記述が避けられないと判断したためにR15指定をさせていただきました。

既にこの作品を閲覧済みで15歳未満の方はこれ以上の閲覧をやめていただくようお願いします。


皆様のご理解とご協力をお願いします。

 

「いらっしゃい!」

 

 普段の千晴にも負けないような威勢の良い声が木造の店いっぱいに広がった。その声の持ち主である青年がすかさず私たちの元へと近づく。そして人差し指だけを浮かし、空中で数を数えるようにする。

 

「一、二、三、四……八人ですか?」

「はい……」

 

 愁也君が息も絶え絶えにそう答えると、青年は白い歯をむき出しにし、笑いながら前の道を開ける。

 

「随分とお疲れのようですね。八名様こちらへどうぞ!」

 

 愁也君を先頭に私たちがその青年についていくと、店の片隅に四人掛けのテーブルとイスが用意されていた。青年は慣れた手つきで机を片側にぐっと寄せると、私たちに座るように促した。

 

 それぞれが思い思いに席に着く。といっても、みんな疲れているのであまり考えず、奥へ奥へと座っていった。愁也君は圭織の体調がよくなかったことを考えたのか、圭織を一番奥の壁際の席に座らせた。壁際の席なら寄りかかるようなこともできる。それに、このにぎやかな喧噪から少しでも遠ざかっていた方が圭織にもいいだろう。私は圭織の様子が気がかりだったので、前を歩いていた何人かに断り、圭織の隣に座らせてもらうことにした。

 

「圭織、大丈夫?」

「うん、何とか……」

 

 そう言う圭織の表情を見ると、そこまで深刻そうではなかった。単に疲労が溜まったと見て良さそうだった。途中で水分を何度もとっていたこともあり、脱水症状なんてことはなさそうだったし、木陰を歩いていたから熱射病にもかからなかったのだろう。

 

「えっと、とりあえず何か飲み物貰おっか、冷たいのね。圭織はスポーツドリンクがいいかな、飲める?」

 

 端に座る裕子が圭織に問いかける。圭織は小さく頷いた。

 

「じゃあ、スポーツドリンクが、えっと……」

 

 愁也君が私たちを案内した青年に注文しようとすると、何人かが手を挙げた。愁也君はその数を数え、それに圭織の分を足して注文する。それを何度か繰り返し、最後に「急いで頼みます」と付け加えた。

 

 その言葉があってのおかげか、それとも早さがこの店のモットーなのか、それとも海の家とはこういうものなのか、とにかく注文してから一分、いや三十秒もたたずにすべての飲み物が運ばれてきた。

 

 全員が爽快感などではなく、とにかく水分をほしがったのか、コーラなどの炭酸類を頼む人は一人もおらず、全員が一気に飲めるようなスポーツドリンクやミネラルウォーター、お茶などを注文した。みんながそれぞれ自分の頼んだ飲み物を取り、私は愁也君から差し出された圭織の分のスポーツドリンクと私のミネラルウォーターのうち、スポーツドリンクだけを先に取った。キンキンに冷え、表面にいっぱいの汗をかいたペットボトルを握り、力を入れて蓋を開ける。その口を壁に寄りかかる圭織の口元へと運んだ。

 

「ほら、圭織。飲める?」

 

 私の目をチラッとみた圭織の考えを察し、私はそのボトルをゆっくりと傾けた。思ったように力が入らず、力を入れすぎてしまい、圭織の口の端から透明の液体が少しこぼれた。圭織の喉が目に見えて動き、それと同時に圭織は少しむせた。

 

「げほ、げほっ!」

「ゆっくり飲んで」

 

 私はそう言うと、もう一度、圭織の口にスポーツドリンクを含ませた。今度はむせることなく、次々とボトルの中身を飲み干していった。

 

――仕方ない。

 

 私は圭織に少し覆い被さるように体を乗り出した。今は全員が自分の飲み物を飲んでいるだろうから、こうすれば誰も気づくことはないだろう。

 

 私は両の手で圭織の右手を握り、圭織の胸元へと運んだ。そして左手はそのまま圭織の手を掴んだままにし、右手は圭織の左胸、心臓に近い部分に当てる。そして能力を発動し、圭織の体力を少しだけ回復させる。めいっぱいまで戻して上げたかったが、それは明らかに不自然すぎるし、私自身の体力が持たないだろう。

 

「はあっ、はあっ、はぁ……」

 

 圭織の息がさっきに比べ落ち着いてきたことを確認すると、私は圭織の手を離した。圭織の目が私に何かを言いたがっていたが、私は口元に人差し指をそっと当てた。そして鞄の中からハンドタオルを手にし、それを自分のミネラルウォーターのペットボトルの中身で少し濡らし、圭織の額に当てた。

 

「ありがと、由里ちゃん」

 

 圭織が笑った顔が大分楽になったことを確認し、私は体をイスに戻し、自分のミネラルウォーターに口を付けた。音を立てて半分ほどを飲み干し、一息ついたところで私は隣から注がれる視線を感じた。

 

「どうかした?」

「……」

 

 愁也君は難しい顔をして動きを止めていた。

 

「愁也君?」

「いま……、今圭織ちゃんになにかした?」

「えっ!?」

 

 不意打ちに私はたじろいだ。てっきり愁也君も彼の前に置かれたスポーツドリンクを飲んでいるものと思ったが、違ったようだ。今のを見られていたということだろうか。

 

「ど、どういうこと?」

「今、由里が圭織ちゃんの手を握って、胸に手を当てて、それで具合が良くなったように見えたんだけど……」

「!」

 

 やはり、見られていた。確かに、あの荒い呼吸が徐々におさまっていく様子を見れば――いや、よくよく注意していれば先の圭織と今の圭織の様子を比べれば回復が早すぎることには気づくだろう。現に、さっきまで肩を担がれて歩いていたというのに、今は目の前のペットボトルを手にとって自分で飲んでいる。顔色もよくなっている。

 

――気のせいじゃない?

 

 そう言うのは簡単だろう。しかし、それでは彼の胸の内にしこりを残したままになってしまうかもしれない。圭織も聞いてみれば気づくきっかけはほんの些細なものだったようだ。すでに圭織にばれているとはいえ、「私」のことについて何か疑問を持たれること自体が危険なのだ。

 

「あれは……」

 

 何か、適当なことを言って誤魔化そう。愁也君に嘘をつくのはとても嫌なことだが、彼に嫌われるのはもっと嫌だ。圭織はああ言って受け入れてくれたが、ショックは相当なものだったようだし、他の人が受け入れてくれるなんて希望は簡単に持たない方がいい。

 

「おまじないなの」

「おまじない?」

「そう、ああやって誰かに手を握って、胸に手を当ててもらって、それでゆっくりと息を吐く。そうするとね、気分がよくなるっていうおまじない。小さいときにお父さんから教えて貰ったの。思い出したからやってみたら、案外効いたみたい」

 

 私は途中で息継ぎを挟むことなく一気にまくしたてる。躊躇いや逡巡を挟んでしまわないよう、一気に。

 

「あっ、それってあれじゃない? なんとか呼吸法」

「俺もそれ知ってる! ラマーズ呼吸法だろ? なんか呼吸の仕方で痛みとかなくなるんだってよ」

 

 誰も話していないから話は全て聞いていたのだろう。男子の二人が話しに参加し始めた。二人は愁也君のクラスメートらしい。

 

「……ラマーズ呼吸法、ラマーズ法は分娩時の呼吸法だ」

 

 裕子もその博識ぶりを活かして会話に参加してきた。

 

「あれ、そうなの?」

「そう、ただ、呼吸の仕方一つで気分も体調も変わると言うのは聞いたことがある。それにプラシーボ効果、いわゆる偽薬効果なんてのもあるし、きっと由里のそのおまじないもその類のものだろう」

「ぎやくこうか?」

 

 どんな漢字を使うのかも想像できない。そんな感じを漂わせるほどにたどたどしく千晴が発音する。みんな、冷たい飲み物を飲み、座って体を休めたことで少し元気を取り戻したのか、積極的に会話に参加するようになってきていた。

 

「あっ、俺それ知ってるよ。あれだろ? 信じてればビタミン剤で病気が治っちゃうとかそういうやつ」

「えぇっ!? じゃあ薬いらないじゃん!」

 

 もう一人の男子の解説に千晴は目を白黒させて驚いた。その後も多少知識を持っているらしいその男子と裕子が中心となっていくつか例を挙げていっていた。他の人は感心したり、驚いたり、反応は様々だったが、その中でも千晴のものは常にオーバーリアクションともいえるほどのものだった。その様子を見て愁也君は吹き出した。

 

「まあ、そういうことなのかな。じゃあ今度僕が気分が悪くなったときはお願いね、由里」

「え、あっ、うん」

 

 その後、愁也君も呼吸法から広がり、今はそれとは関係のない雑談と化しているおしゃべりに入っていった。圭織も少し喋れるようになったらしく、話を聞いて声を出して笑っていた。私もそれを見て、おしゃべりの輪の中へと入っていった。

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