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四章:Intermission-present(5)

 

「聞きたいこと?」

「うん、この前からずっと気になってて……。言い訳に聞こえちゃうかもしれないけど、勉強にも集中できないというか…………」

「私がわかることならいいけど」

 

 圭織が準備しながらでいいと言ったので、私はその言葉通りにすることにした。手始めに食器棚を開けてカレー用にいつも使っている大皿の場所を指差して圭織に教えた。

 

「私って駄目なんだ。勉強とかしててもいつも違うことに興味がいっちゃって。気になって仕方がなくて集中できなくなっちゃうんだ」

 

 なるほど、それがどの程度のものかは解らないが、それなら圭織の成績が思ったより低いのにも頷ける。試験前の準備期間から二週間、そして試験本番の一週間の合計三週間の試験では授業と違い集中力の持続時間がものをいうことが多いからだ。ものごとを端的にではなく、流れとして覚える方が効率がいいからだ。

 

「それって、どのくらい前から?」

「うんっと、結構前。あの学校でのことの直後くらいから」

 

 一瞬、ガス台の周りをチェックしていた私の手が止まった。あの「学校でのこと」とはあれ以外にあるまい。圭織を巻き込んでしまった百足の化け物との戦い。

 

「……ふうん。なんでその時に聞かなかったの?」

「うん。聞いていいかわからなかったから」

 

 私は何も問題が無かったためカレーの入った鍋をガス台にかけ、ノブを押しながら回して火をつけた。

 

「でも、昨日辺りからもう我慢できなくって。でも、由里ちゃんと二人になる機会って中々なくなっちゃったからさ」

 

 圭織は私が支持した大皿を五枚、取り出した。そして保温状態になっている電気炊飯器の蓋を開けた。私はそれを見て引き出しからしゃもじを取り出し、軽く水で濡らしてから圭織に手渡した。

 

 確かに、以前は圭織と二人きりという機会が多かった。というよりも、それが学校や登下校の全てだったし、休日も誰かと出かけるとなれば圭織と、というのが多かった。しかし今は違う。その機会は目に見えて減った。でもそれが悪いことだとは思わない。何故ならそれは圭織と二人きりになる機会は減ったが、その代わりに圭織と他の誰かがいる、つまり三人以上で行動する機会が増えたのだ。それは愁也君であったり、千晴であったり、裕子であったりする。その五人全員で行動することも多い。本当なら女だけで行くような甘いもののお店でも、愁也君も甘いものが好きなので加わることが多い。愁也君いわく、一人だと入りづらいから助かるらしい。友人の輪が広がったという事実は、私や圭織の顔を綻ばせる。

 

「いいよ、言ってみて」

「じゃあ、まず一つ目の質問ね。答えるのがまずかったら遠慮しないで言ってね?」

 

 私はお玉を手に取り、鍋の中を軽くかき混ぜながら圭織の方を見て頷いた。

 

「この前のことみたいな、由里ちゃんの元居た世界のことって私に話してもいいの?」

 

 私はちょっと考えた。質問の種類的には予想していたことだから驚かなかった。

 

「問題ない……と思う」

 

 もし問題があったとしても、私はあの場でペラペラと圭織にある程度は喋っている。今更だろう。

 

「そうなんだ、良かった! 駄目って言われたらこれから聞きたいこと何にも聞けなくなっちゃうから!」

 

 私は喜ぶ圭織の表情を見ながら考えた。圭織がしてくる質問とはなんだろうか。

 

「じゃあまず…………あの魔法はどうやって出してるの?」

「え? あ、ああ、あれは何ていったらいいかな……思考能力の発展系というか……」

 

 私が考えていたような質問とは違ったために少々面くらってしまった。てっきり、元の世界がどうなっているかとか、私の向こうでのことを聞かれると思っていたからだ。

 

「まだこっちの世界では研究が進んでいないから表現しづらいんだけど、巧く言い換えるならそう――脳の未稼働領域を使ってるとか、体内の電気信号を外部へのものと変換するとか……」

 

 すぐに頭を切り替えて説明しようとするが、向こうではすでに確立された概念や専門用語を使って説明されていたことなので、圭織にわかりやすいように説明するのは難しかった。仕方なく圭織が理解できそうな部分を優しく言い換えて抜き出して説明する。

 

「へえ、だからこっちの世界に来ても変わらずに使えるって事なんだ」

「うん、噛み砕いて言うとそうなる」

 

 本当は今言ったことだけでは穴だらけなのだがそこは私の技量では説明できなかった。この辺の話は私が苦手としていた理論系の授業の話だったからだ。

 

「じゃあ私でも出来るの?」

「それは難しいかな……やっぱり未稼働領域を動かすトレーニングと共にその部分に刺激を与えていくとか、その道の専門家と設備が揃ってないと」

 

 圭織はその私の言葉によほどがっかりしたようで、ご飯を盛り付けていた皿を取り落としそうになった。しゃもじを持っていた右手で支えて危なくも皿を割るような危機は防いだ。

 

「じゃあ、ああやって私が使っていた盾なんかも私じゃなくて由里ちゃんが出してたってこと?」

「ううん。あれは私が精神系と呼ばれる能力を使って、圭織の脳の一部を誤認させて未稼働領域を一時的に作り出したの。脳が危機を察する所が反応した時に体への電気信号とは別に未稼働領域も無理矢理働かせるような信号を送らせるようにしたの。後は能力の発動にはエネルギーと呼ばれる精神力のようなものが必要だから、それを圭織の持ち物の心の隙間のような部分に詰め込んで、でもそれでも不十分な部分は私の能力の一部をトラップ的に忍び込ませて――」

「えっ、ちょっ、ちょっと待って!」

 

 私が頭を働かせて何とか説明を試みている所に圭織は大きな声で割り込んできた。

 

「ものにも心があるの?」

「あくまでも擬似的なものだけどね。私達の能力はその部分をうまく使ってものを動かすというのが基本だから。そしてそれは長く愛着を持って使われた人には大きく開きやすい――」

「あっ!!」

 

 また圭織の声が割り込んできた。そんなに私の説明はわかりにくいだろうか。確かに苦手ではあるが、この辺の理論の授業も彼の授業だったこともあり、できる限りは勉強したのだ。それは、彼のような専門家だったらちゃんと未だ進んでいない技術のレベルに合わせたわかりやすい説明ができるだろうし、相手に口を挟ませるほどの疑問も抱かせないだろうが、それを私に求めるのは些か要求が高すぎる――――

 

「由里ちゃんっ! 危ないっ、火っ、火っ!!」

「え?」

 

 私が精一杯頭を働かせている間に私の背後からはもくもくと煙が上がり始めていた。もちろん、一昔前の漫画のような頭を働かせたことを見せる古典的表現などではない。私が振り返る前に圭織がノブを捻り、即座に換気扇を「強」にした。私の体は少しも動かなかった。そう、お玉で鍋の中身をかき回していたはずの右手も考えることに夢中になり、いつの間にか止まっていたのだ。圭織が気付かなければ火事騒ぎになるところだった。

 

「あ、ありがと」

「ううん。何もなくてよかった……。ごめんね、私に説明しようとしてだもんね。この話はまた今度聞いていいかな?」

「う、うん。まあいつでも……」

 

 私は言われるままに頷いた。圭織は鍋の中を覗き込んだ。

 

「中のほうは大丈夫だから、みんなの分はあると思うよ。愁也君や千晴ちゃん辺りがおかわりって言ったら危ないかもだけど」

 

 私はそれを聞き、千晴が不満を言うところを想像した。あまりにも型にはまっていて噴出してしまう。

 

「じゃあ、私みんなを呼んでくるから、由里ちゃん盛り付けといて」

「うん、圭織」

 

 その後は大体圭織の予想通りに夕食を食べ終え、ちょっと勉強をした後に、解散となった。

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