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四章:Intermission-past(11)

 

 再び警告音を発しているカードキーを片手に握りしめ、廊下を走る。機関の研究棟は正確に区分され、清潔さを感じさせる白いものだったが、今はランプが赤い明かりを点滅させている。

 

 多くの人が実験室から遠ざかろうとしている中、私だけがその流れに逆らって走るために、曲がり角などではぶつかりかけることも多かった。そしてその多くは見知った顔だったため、呼び止められもした。しかし、私はその全てを無視し、無駄なく実験室までの道を辿った。中には強引に止めようとした人もいたが、私の安全を守るために止めようとする仲間と、実験室までどんなことをしてもできるだけ早くたどり着こうとしている私の間には覚悟の量の差があった。私は躊躇なく、減速することなく道を塞ぐ相手をねじ伏せた。必要なら能力も使った。模擬戦では私に勝てる相手はそうそういない。この研究棟にいるのが頭脳派が多いこともあり、さらに私は抵抗しようとしない相手の隙をついている。この状況で私の行く手を妨げられる者は結局いなかった。

 

 驚くほど冷静だった。あの文字を目にした瞬間、意味を理解したと同時に体が動いていた。自分のすべきことを理解していた。混乱することなく、実験室までの最短経路を走り、それを至上目的として遂行した。頭が澄んでいて、今なら彼にだって余裕を持って勝てるとすらわかる。思うではない、わかる。そして、これを作り出しているこの状況も正確にわかっていた。それは、彼の生命の危険。緊急連絡がイエローではなくレッドで伝えられたその緊急性、実験室という場所。それだけで十分だった。そして、それを助けるためには慌てている場合じゃない。勝てるといっても、相手がいなければそれは無意味だ。こんなことすら思い浮かべる余裕すらあった。

 

 後、実験室までは突き当たりを曲がり、階段を一階分昇って、それで残りはちょっとだった。その突き当たりを曲がろうとした瞬間、今までとは違う感覚を感じた。慈愛ではなく、悪意を持って行く道を防ごうとする意志。私は右手を首に巻き、その自らの首をつかんだ。ぐっと力を入れ、力が蓄積されたところでその腕を離した。互いに向かうように移動していたため、対象は腕が離されたときには正面にいた。

 

――化け物。

 

 視認すると同時にその半身が壁に叩きつけられ、原型がわからないほどに崩れる。通りすぎる際に、一応再生能力を警戒して残る半身を消しとばした。

 

 躊躇なく私は攻撃をしたが、それも曖昧な自分の感覚にたよったわけではない。まず、これくらいの攻撃なら訓練を積んでいる仲間たちなら致命傷にはならないだろうという確信があった。次に、実験室から離れろという至上命令がでているにも関わらずに、実験室の側といえるこの場所に今いるということは機関のものでないか、機関が派遣した腕利きのどちらかだった。この事態に対処するために派遣された腕利きならこれしきの攻撃を避けきれないわけがない。よって、攻撃をしても何ら問題はない。そういう結論に至ったから攻撃をした。

 

 私はその突き当たりを曲がり、階段に差し掛かった瞬間に走り続けてきたその足を止めた。この悪意が敵であると判断した最大の理由がこれだ。悪意は複数、いや多数と言えるほどあったのだ。

 

 瞬時にバックステップを踏み左斜め後方に蹴りを放ち、右手を床についた。蹴りを放った後方では前方からの飛来物を左手で払い、その力を利用し、ついた右手を基点にして体をそのまま一回転させる。右側から迫っていた何かを蹴り飛ばし、左足を床に着く。そして右足を上げ、そのまま思い切り下げた。階段の足場を砕き、下にいる敵の腕と見られる攻撃部位を潰す。たちまち三体の敵の戦闘能力を奪った私だったが、敵はまだ三体いた。そして初めてその姿を目にする。

 

 一体は先ほど飛び道具を使って攻撃してきたもので、元は植物だと、その緑色の体と形状が語っている。しかし、残りの二体はわからなかった。少なくとも、この世界にいない種の生物に思える。そう、敵は化け物で、複数。そしてこの世界の生物が元、オリジナルでない化け物がいる。この状況がどうやったら作られるのかはわからないが、彼の実験に無関係とはいえない。そして彼の実験がらみとなれば、私にはわかるはずがない。わかることは一つ。この化け物達は私の行く道を阻んでいるということだけだった。

 

 化け物の動きから私の体を求めているのがわかる。当たり前と言っては当たり前だったが、真っ向から勝負してくるところにその化け物達の命の儚さを感じた。対峙して、仲間、いや同類が三体も瞬時にやられたというのに小細工なしで向かってくるという、自らと私の間にあるこの力量の差を感じ取れないようなやつに、私は負けない。

 

 植物が種子と思われるものを放つ。触っても問題がないことはすでに実証済みだったが、わざわざくらってやることもない。足下の階段を構成している物質から壁を作り出して防ぐ。そして続いてその壁に私が通れるだけの穴を作り、その消えた分の質量は棒状のものにして手に取る。勢いよく床を蹴り、化け物三体に向かっていき、すれ違いざまにその棒を振り回し、二体の半身を抉り取った。私は止まることなく走り抜け、振り向きざまに棒を残る一体に突き刺した。続いて探知能力を床を通じてはわせ、行動している生物がいないことを確認し、私は再び実験室へと向かった。

 

 実験室の厳重に閉じられた扉に対して水の能力を使う。ドアには必ず閉めるための継ぎ目がある。その隙間に水流を放ち、その隙間を広げる。入り込んだ水をコントロールし、左右に流れの方向を向ける。勢いを伴った水はドアを簡単に開いた。苦手な自然系の能力も、今なら落ち着いて使うことができた。残る手動のドアを開き、私はようやく実験室の中へと入った。

 

 私は動揺した。極限まで冷静になっていた思考にひびを入れるのに十分な光景だった。白かったはずの実験室の壁はそこがキャンパスであるかのように様々な色で塗り尽くされている。そのために使われた絵の具は様々な生物の体液であり、中には赤も混じっていた。そして生物、化け物の残骸と思われるものがそこら中に飛び散り、広い実験室の中には少なくとも三カ所、視認できるほどに開いた時空の歪みが見えていた。その異様な空間の中に二人の人間が立っていた。

 

 私に背を向ける一人は彼、そしてもう一人は彼の研究室でよく見る研究員の一人。二人はなぜか対峙しあっていた。互いに武器を構え、しかしお互いに攻撃できる隙があるというのに攻撃しない。研究員が私が部屋に入ってきたことに気を取られた時、彼の手が動き、研究員の足を裂いた。

 

「やめてっ!」

 

 私は二人の間に入り、研究員をかばう。

 

「ぐっ、スウォンさん!? なんでっ!」

「そんなことよりこれは何ですかっ!?」

 

 怒鳴る研究員に対して怒鳴り返す。私の頭をフル回転させても、現状を把握することはできない。ここに来るまでの化け物達、この部屋で散っている化け物の残骸達、部下である前に仲間である人間に危害を与える彼。この部屋でいったい何が起こったのか。

 

 私は彼を見た。彼は顔を伏せていた。その顔を伺おうとする前に、一つの事実に気づく。この化け物が全て残骸となった部屋の中に、まだ一つだけ、悪意が残っているということを。そしてそれは、私の目の前から発せられているということを。

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