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四章:Intermission-past(4)

 

「よし、今日はここまで!」

 

 教官の一声で授業が終わる。その瞬間、教官との間にある教える側と教えられる側という上下関係は消える。ただし、年の差やキャリアという上下関係は残る。やはり、教官に選ばれるためには相当な訓練が必須となるため、ほとんどの人は授業が終わっても私にとっては目上の人々だ。

 

「スウォンは次までどうする?」

「ん……疲れたし、特にやることもないから部屋で休もうかなって」

 

 授業と授業の間には普通、長い休憩が挟まれている。高い集中力を連続させることは不可能だからだ。その時間はなにをしようが自由。部屋で休むもよし、自習するもよし、気晴らしに遊ぶのもよし。

 

「ねえ、じゃあこの前いっていたお店に行ってみない? スウォンが食べたいって言ってたところ。僕は次の授業の準備があるから長くはいれないけど」

「行く!」

 

 私は即答する。彼との戦闘でたまった疲れなどなんのそのだ。そのお店と言うのは近頃話題のお店で、甘いものならなんでも取り扱うという異色のお店だ。

 

「あ……でも」

「ん、どうかした?」

「その……お金、ない」

 

 私たちは授業を受けているが、その授業に授業料というものはない。むしろ生活のための手当てが出るし、宿舎も手配される。機関に所属する全員が持っているパスを見せればいろいろなところで優待も受けられる。その代わりに、緊急時には問答無用でかり出される。

 

「えっと、僕の手当ての支給日と、スウォンの手当ての支給日って違ったっけ……?」

「い、一緒だよ」

「つい、この前じゃなかったっけ、支給日」

「そ、そうだっけ?」

 

 生活する、ということに焦点を絞れば、私たちの生活にお金は必要ない。寝る場所は宿舎があるし、そこで発生するライフラインの経費も機関での一括管理だし、朝昼晩と一食ずつは無料で提供される。だから、手当てというのは本当に自分の趣味などに使う分として支給されているものだ。だから、別に私の今の持ち金が限りなくゼロに近づいても、問題はないのだ。

 

「はあ、何に使ったのさ、そんな一遍に」

 

 見れば、彼は手で頭を抑え、口からは大きなため息が漏れている。私はその使い道を今言うわけにもいかずに、適当にごまかす。

 

「えっと、服とか、色々?」

「一度に手当てが全部なくなる服ってどんな服さ……」

 

 彼は空いているもう片方の手までを頭に当て、空を見上げた。彼の顔を恐る恐る伺い、私は思わず息を呑んだ。彼の綺麗な眼の色は、まるで空の色が反射したかのように透き通っていたからだ。

 

「どうしたの、そんな顔して」

「えっ、あっ、えっと!」

 

 私がそんな彼の顔に見とれていると、彼は顔を動かさずにそう言った。彼は普通の人よりも視野が広い。それがあの彼の実力、模擬戦の総合成績二位という結果に大きくつながっている。

 

「その、眼が、綺麗だなあ……って」

 

 彼はそのままでも見えているはずなのに、顔を私の顔と向かい合わせるようにして、その透き通った色の眼で私の眼を捉えた。

 

「はあ……」

 

 かと思えば、急に顔を背けて今まで歩いていた方向――機関の施設側――とは反対に向かって歩き始めた。

 

「え、あれ? ご、ごめん! 何か気を悪くすること言っちゃった!?」

 

 私は慌てて彼の後を追い、横に並んで彼の顔を下から覗き込む。しかし、彼は私のいる方とは逆を向いてしまい、顔を合わせてくれようとはしない。私は本格的に彼を怒らせてしまったと思った。今まで、優しいこの彼にこんな態度などとらせたことなどなかったからだ。

 

「あ……」

 

 私の足が止まる。頭が真っ白になり、いつもよっかからせてくれる彼の高い背すら、怖く感じる。

 

 私が止まったことで歩き続ける彼との間の距離が増えていく。一歩、二歩。彼の足音はそこで一度止まり、再び動き出した。一歩、二歩。その足音に違和感を感じ、うつむけていた顔を上げようとすると、上から頭を抑えつけられた。彼の大きな手が私の短く、乱雑に切られた髪の毛をぐしゃぐしゃっとした。

 

「今日は僕が奢ってあげるから行こう」

「え……」

「その代わり」

 

 冷たい態度に優しい手、優しい声に厳しい声。わけがわからずに困惑し、彼の言葉にびくついている私に彼は答えを投げかけた。

 

「今の僕の顔を見ないこと」

 

 彼は再び歩き始めた。私はその言葉の意味をゆっくりと飲み込んでから、走って彼の隣へと並んだ。私は約束通り彼の顔を見ない代わりに、思う存分照れる彼をからかった。

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