四章:Intermission-past(1)
時間の流れが、速い。
外では雨が降っている。私は自分の部屋にいる。けど、室内にいても雨が降っていることは感じることができた。濡れはしないけれど、雨音は閉め切った窓を通り抜けて私の耳へと届く。湿度は上がり、不快感が増す。たまの雨ならいい、雨音は規則的で、心を落ち着かせるから。けど、ずっと雨が降っているのは嫌だ。外に出るのが面倒になるし、面倒でも学校には行かなければいけない。
行けばいくら傘をさしていても濡れてしまう。学校に行ってしまえば退屈だけど落ち着ける授業はあるし、気の合う友達たちはいる。部活の茶道だけは未だに慣れないけれど、それなりに楽しい学生生活を送っている。でも、帰りはまた濡れて、外に出たくないから家に引きこもって……。
こんな生活になれていない私には、この季節は少々辛かった。ただ家にいても、過去を思い出すことしかできないから。それも、雨のせいもあってか、思い出す記憶は嫌なことばかり。
私がこっちに来てから一ヶ月半が過ぎた。あの圭織を巻き込んだ化け物との戦いからは何事もなく日々を送っていた。外では梅雨前線というものがこの関東に滞在し、梅雨という季節が訪れる中、私の張り巡らせた探知網に何もかかることはなかった。一ヶ月半で四度の戦闘を経験した身としては、丁度いい小休止になるはずだった。けど、それに反して私の体は休まることはなかった。何があっても、いつでも戦闘に赴けるように訓練された体は完全な休養を取ろうとはしてくれなかった。
――その四度の襲撃から割り出したサイクルからはもう次の襲撃の時は過ぎている。
そう頭の中で叫ぶ私がいる反面、冷静にこの状況を判断しようとする自分もいた。
――これはおかしい。
と。確かに、今この世界は集中して化け物の襲撃が多いと判断された世界だった。だから私がこの世界に転移されたのだ。しかし、いくらなんでもこの頻度はおかしい。本来はあっても一月や二月に一度。これだけの頻度は私の知る限り前例はない。前例がないからといって起こり得ないということはない。それはわかっていた。そうなればこの私の件が後に前例として扱われるだけだということも。
とにかく、この状況をどう判断するか。これは偶然なのか、それとも何らかの原因があるのか。もし原因があるとするならば、この襲撃のサイクルを元に戻すという行為は私にとって必要な行為だった。今はいいが、もし二カ所で同時に化け物が出現なんてなれば、私にその両方を相手する余裕はあるのか。それがもしあのサラマンダークラスの化け物であれば――――無理だ。
しかし、そうは言ってもそれを調べる術は私にはないのも事実だった。こんな時に彼ならきっとこの事態を調べ、解決してしまうのだろう。
……。結果的に、過去へと思考は結びついてしまう。そして過去にたどり着いた後は、全て彼との記憶へと引き寄せられていく。だめだ。既に『私』の半身は愁也君に惹かれていた。そして、私自身の気持ちも確実に惹かれている。けど、私はあの彼との過去を記憶として未だに引きずっている。これを引きずったまま愁也君に想いを寄せるのは、惹かれるのは、よくない。
過去は綺麗にしなくてはいけない。忘れるという方法もあるが、この記憶の場合は許されない。思い出にしてしまうだけでいい。思い出にするということはその出来事を振り返って懐かしむということだ。そしてそれを思い出して「辛かったなぁ……」とか、「楽しかったなぁ……」と思いながらも、私の心にさほど干渉しない。それが思い出にするということだ。
解決方法は知っている。彼と愁也君を比較しないように、日常でも彼のことを思い出して胸が痛まないように思い出にしてしまえばいい。けれど、それが難しい。思い出にしたと思って過去を回想してみても、それが私の心に干渉し、何らかの作用を与えてしまう。つまり、思い出にできていない。過去の出来事を思い出にしてしまうには何らかのきっかけか、長い時間が必要だ。そして彼がもういない今、その彼とは関係のない世界にいる今、そのきっかけはそうそう訪れないだろう。となれば、後は時間が過ぎるのを待つほかない。しかし時間で解決する場合、思い出になるまでにはその記憶の印象が強いほど長くなってしまう。
さて、今日もどうせ雨だ。このまま一日が終わっていく。また、記憶が思い出になったかどうか、確かめる作業をしようではないか。