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一章:いつもと違う朝(6)

 

 私は向こうの世界から持ってきた小瓶を取り出し、その少女の口に含ませた。少女の体は抵抗することはなかったが、同時にそれを口からのどに送ることも難しいようだった。私は彼女の友人たちと思われる死体を丁寧にどけ、少女の顔を上に向けた。液体である薬は重力にひかれのどを通っていった。

 

 この薬は体のあらゆる細胞の50%近くを回復させることが可能である。しかし、使用時には近くの細胞から情報を読みとり、無理矢理細胞を作り出すため、激痛を伴う。どの世界でも精製が未だ困難である秘薬だ。

 

 その薬が彼女に消化され、効果が現れる前に、私は彼女に乗り移った。せめて、この痛みを持って罪の一部を償いたいと思ったからだ。それは誰も見ていないし、彼女にもわからない。それが自分の自己満足であることはわかっていたのだが、しかし私はやらずにはいられなかった。

 

 抵抗力を失った彼女の体は私の乗り移りをすんなりと受け入れた。彼女の体に乗り移った瞬間、頭の中に膨大な量のデータが流れ込んでくる。知識、経験、記憶、人間一人分のデータ。その中には彼女の年齢もあった。17年間生きていた人生、それは私が予想したのと比べてあまりにも多かった。ここに来る前にこの世界でのありとあらゆるデータを詰め込んできたが、それは分けて行ったことであり、それとは違うリアルなデータが私の頭を締め付けた。その苦しみに叫び声をあげようとするが、彼女の体にそんな体力はなかった。

 

 肉体の方の苦しみも相当なものだった。ほとんど死にかけなのだから当たり前だが、気が狂いそうになる。本来は気絶しているべき状態だが、私の意識は未だとどまったままだ。このままあと数秒もすれば気を失う、いや、気が狂ってしまったかもしれなかったが、その逃げ道は残されていなかった。胃の中で薬が作用した感覚を感じた。するとそれまでの痛みが嘘かのように、鋭い痛みが私の、彼女の体をおそった。

 

「うわああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 あちこちの死滅した細胞がよみがえっていき、その途中で声を上げられるようになり、私は狂ったように叫び、意識を失った。そして薬の作用と痛みにより意識を取り戻し、取り戻した意識をまた手放す。それを何度か繰り返した。果たしてそれを何度経験したのか、私の頭は一度目から数えることを拒んでいた。

 

 

 少し経ち、また意識が覚醒する。確かに、私は私でない実体ある体の中にいた。この体は、神谷由里17歳。北高等学校二年生、茶道部所属。不公平を嫌い、言いたいことは言う。好きなものはコーヒーなどの苦いもの、甘いものはあまり好きでない。現在は親友である西野美奈と霧島彩乃と旅行の帰り。その他にも彼女に関するデータが次々とでてくる。あまりの量に頭がまだパンクしそうだ。しかもその全ては当然のように私の頭にあった。

 

 それに対して体の傷は全て癒え、肌にはかすり傷ひとつすらない。あるのは白く透き通った肌とは真逆の装いの泥や血の色だけだった。全く痛みはない。先ほどの痛みが嘘であるかのようだ。しかし、体は痛まなくても頭は先ほどの痛みを全て覚えている。バスの転落、エンジンの爆発、細胞回復のそれぞれ痛みだ。私はそれにまた頭を抱えた。

 

 これ以上ここにいても危ないので、神谷由里となった私はバスを出る。他人の体だが、淀みなく動かすことができる。この感覚はなんとなく気持ち悪く、慣れるのは大変そうだ。

 

 これからどうするか。このまま救出を待つのが最適だろう。そうして私はバスの転落事故から一人、奇跡的に助かった神谷由里を演じる。

 

――今後ずっと。

 

 一つの気がかりを解消するために、私は頭上の木に引っかかっているバイクを見上げた。そのバイクは今は木の枝に支えられているが、まもなくその自身の重みで枝を折り、落下してくるだろう。

 

 私は少し意識をバイクに集中させ、腕を向けた。手のひらを上に向け、指先をバイクに合わせるとわずかにその手を上にずらした。すると、バイクは枝からゆっくりと浮き上がった。そのまま手を降ろしていくと、それをなぞるように一緒にバイクも降りていく。

 

 私は自分の力が正常に働いていることを確認した。となるとやはり、私はバスの事故で気がおかしくなった神谷由里ではなく、その神谷由里に乗り移った『私』なのであった。それを確認すると私の頭は限界を越え、その場に倒れ込んだ。そしてそのまま、助けを待った。


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