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三章:欲しかったのは(31)

  

 私は一体の敵の位置を確認しつつ、辺りへの警戒も怠らなかった。敵はもう一体、恐らく分裂したうちの前の部分がいるからだ。そちらの方は圭織が囮となって四階の真ん中の部屋におびき寄せることになっている。一方私は呼び込む予定の部屋に準備を整え、位置の分かっている後ろの部分をそこに縛り付けることになっている。

 

 そのまま四階まで一気に上がり、階段の廊下からは見えない所に潜んだ。顔だけを出して視覚で直に敵の存在と位置を確認する。そして敵がこっちを向いていない隙を見つけだし、一気に近づいた。

 

「凍っていろ!」

 

 ムカデのちぎれた部分は新たに頭である部分に変化していた。それが私の方を向こうと、体の一部をくるりと回した瞬間に、私は床に手をつけた。

 

 空気中にある水分のほとんどが集まり、ムカデの化け物の周囲の水分量が増加する。それは瞬く間に凍りつき、その巨体を束縛する。その氷は四本の腕となり四方の壁と床に向かって伸び続け、それが壁や床に達すると達した部分を中心にその氷結部分を延ばしていく。それぞれ四本の腕から広がっていった氷結部分が互いに重なりあったところで、その氷は範囲を拡大するのをやめた。以上の現象はムカデの頭が私の方に向ききる前に終わっていた。

 

 しかし、油断することは許されない。その体の一部は震えるようにしてその氷の束縛から体を逃がそうとしている。このままだと氷が壊され、動けるようになるまでにはそう時間はかからないはず。

 

 あらかじめそれを予想していた私はすぐさま一つのドアを開き準備を始めた。今のようにかなり協力な自然系の能力を使用しても強固な殻のような部分に包まれたこのムカデには大したダメージを与えることはできない。私が発動できる限界の能力を使えばある程度のダメージは期待できるだろうが、そうそう何度も打てるわけではないので良い手段とは言えない。それに、残りのエネルギー量の問題もある。

 

 だからといって物理的に消耗させようとしては分裂されてしまい、不利になることは必死。ならば周りの環境を利用して高火力な自然系能力を使用することで一撃で葬る。これが私の考え得る最良の選択だ。しかし、そうそう運良く身近に私の求める環境が存在するわけがない。ならば、作り出してしまえばいい。そうやって一部とはいえ環境そのものを作り替え、さらにそこに残りのエネルギーをつぎこんで高火力な能力を使用するとなれば二体に分裂した敵を一度に相手するしかない。

 

 つまり、この作戦には敵の一体をその場で足止めすること、その足止めした近くにその環境を作ること、そしてもう一体の敵ををその作り出した環境まで誘導することの三つが必要だった。

 

 これが今の私に考えられる『私と圭織、二人が生き残る』ための最高の策だった。

 

 下の階から大きな物音が聞こえてくる。恐らく、圭織がもう一体の敵に見つかり対処しているのだろう。圭織の安否が気になって仕方がなかったが、感情を殺して冷静に考えてみれば、化け物は圭織を殺すことよりも本来の目的である乗り移りを優先させるはずで、反撃する術を持たない圭織を相手にすればそれを行わないはずがない。となれば、圭織に起こし得ないようなこの大きな音は圭織の生存の証とも考えることができる。

 

 圭織は今生きている。とりあえずはそれがわかればよかった。そして、次に重要なのはこの後、圭織が生きているかどうかだ。そのためにはこの作戦をなんとしても成功させる必要があった。私は私の役割を果たす。そして、後は圭織を信じるしかない。そう、信じること、それが重要なのだ。

 

 私は教室の廊下側の壁を除いた三方の壁と床と天井の素材を分解し、より強固になるように作り替えた。そして窓をつぶしてそこも壁にする。続いて完全な密室、塵一つ逃げられないような密室を構築するためにドアの隙間や換気扇などを塞いでいく。最後に空気中の成分を正常から異常な状態にし、塞がずにおいた片側のドアから出て、そのドアも完全に閉じ、密封した。

 

 後は圭織の到着を待つだけ。氷のオブジェと化していたムカデの方を見ると、すでにその体は大半の氷を破壊していた。そしてそれが今、砕けた。私に襲いかかろうと蓄積されていたエネルギーがいっぺんに解放され、おそらく自身も制御し切れてない様子でこちらに向かって体当たりを仕掛けてきた。私はその下をくぐり抜け、そのファーストアタックをかわした。すると床と壁が氷漬けになった向こうにもう一体のムカデの姿が見えた。そしてそれと比較するとあまりにもちっぽけに見える圭織の姿も。しかし大きさはちっぽけでもその走る足に宿る意志はとてつもなく大きく見えた。

 

「由里ちゃんっ!」

「圭織っ!」

 

 互いの名前を呼びあう。互いの存在を許可する。私は、圭織は、今、ここにいていい。そして、これからもだ。

 

 そのうちに体の向きをこちらに戻していたムカデが二度目の攻撃を仕掛けてきていた。その長い足のリーチを生かした攻撃だった。私は残っていた一本のナイフを左手の手甲から逆手で引き抜き右の腰の側にあてがった。そして左手を持ち手にあてて力をこめる。すると刃の部分は伸び、細長い剣のようになる。私はその右手を振り下ろされたムカデの足目掛けてそのまま振り上げた。一本の足が切断されて壁に叩きつけられたが、その足はもぞもぞと動き出し、それ自身のみで動き出した。


――やはり、物理的攻撃はまずい!


私が予想していたのはムカデの体の節となる部分を切断した時のみに分裂能力が発動するといったものだった。しかし目の前の状況はその予想を裏切っている。代替案として用意していた『足を全て斬り落として行動不能にする』というものはこれで不可能となる。つまり、今の作戦を成し遂げなくてはならない。


しかしもう一つ予想していた分裂能力発動時の一時行動停止時間は存在したようで、私は止まっているその片方の化け物を無視して圭織の方へと体を向けた。既に圭織はその苦しげな表情が見えるくらいの距離まで近づいていた。

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