三章:欲しかったのは(29)
「それは確かに見たの?」
「うん。由里ちゃんがきりつけたところで二つに分かれて、それがそれぞれ動いてた」
分裂能力。私がその身を裂いたことにより発動条件を満たしたのか、それともいつでも発動できたにも関わらず隠していただけなのか。論理的に考えれば後者はありえない。なぜなら、逃げ去る敵の前でわざわざ能力を見せびらかすという必要は普通ない。揺動や攪乱の可能性を捨てられるわけじゃないが、まずないだろう。だからその場で見せたということはそこで発動する必要があった、そして私たちに対して迫ってこなかった――そう、私たちを襲う素振りも見せなかったことを思い出すと、いつでも発動出来るという線はない。そして、その襲ってこなかったという新たな疑問が生じる。
ここでもう一つの可能性が頭をよぎる。発動に制限がかかるのならどうか。つまり、分裂能力発動の瞬間は行動が不能。それなら襲ってこなかった理由は説明はつくが、それならやはりその瞬間に発動した理由が不明だ。つまり、私が化け物の体を斬り裂いたことが発動条件になったとみていいはず。そして、私たちに襲うそぶりすら見せなかったことから、発動中の行動不能も考えられる。
しかし、こうして考えていることは向こうもこう考えてもらわないとなりたたないことだ。つまり、百足であるあの化け物に人間並の知能を期待し、ここまでの思考を追ってもらって始めてこの仮定が成立する。
けれど、もしそうでないのならそれはそれでいい、むしろその方がいいともいえる。その方が戦いやすいからだ。
「なら、作戦を練り直す必要がある」
さっき立てた作戦は敵が一体という前提の元立てられたものだった。それが二体となると話は全く別だ。相手に知能があると仮定するならその二体は好んで一緒に行動することはないだろう。戦闘能力を両方が持つなら、そうでなくても今の私たちのように片方は囮や罠として使った方が戦闘においては有利となる。
だから圭織に囮の役目を果たしてもらったときに圭織が挟まれる、もしくは私が後ろから襲われ挟まれる状況になれば圧倒的に不利だ。
こうなってくると圭織の『安全な囮』という役目はなくなり、圭織の存在が戦闘において邪魔になる可能性が高い。ただそこにいるだけでも私は注意を奪われるだろうから、高い集中力を必要とする対複数戦では不利だ。
その考えが表情に出たのか、それとも圭織がこの情報を私に伝えるときには私がこの考えにたどり着くことをわかっていたのか、圭織の目は私をにらみつけていた。
「今更になって、私は隠れてろなんて言わないでよ」
「それは……」
強い意志。しかし、それがいくら強くてもそれをただ認めるわけにはいかない。さっき私が圭織の意志を認めたのは、圭織のその意志を持った言葉に説得力があったからだ。圭織の意志を組み込めば『二人揃っての生還率』が上がるという明確な利点があった。しかし、圭織が果たす役目がない以上、圭織の意志を組み込むことは『二人揃っての生還率』も、『圭織の生還率』も、『私の生還率』も下げ、そしてそれは『この世界の崩壊』、『全ての世界の崩壊』の危険性を上げることとなる。ここに私は利点を見いだすことは出来ない。得られるのは圭織の自己満足だけだ。
しかし、私がこう考えている中で圭織は全く別のことを考えていたのだ。そしてそれはまた先ほどと同じく合理性に満ちていて、明確な利点を持つものだった。
「私がただ立っているだけの囮としてしか使えないから私が不必要になるんでしょ? だったら私が動けばいいんじゃないかな」
「そ、それは!」
つまり圭織は片方を引きつけると言っているのだ。確かにそうすれば作戦の幅も広がり、『二人揃っての生存率』も上がるだろう。私もかなり戦いやすい。純粋な二対二の戦いとなる。だが、それは必然的に『圭織の危険性』が増すことを意味する。
「私のつけているこのリボンが発動出来るシールド、一回っていうわけじゃないでしょ?」
「それはそうだけど……!」
圭織は頭に手をやって緑のリボンを撫でた。
「なら大丈夫だよ、私は今凄い幸せだから。こんなに幸せなんだから、なんでも上手くいく。だって、私の中学生の時の友達が守ってくれる」
圭織の緊張していた表情が一瞬だけ緩んだ。
「そして、私のことをそんなに心配してくれている由里ちゃんが守ってくれるんだから」
私はその言葉を噛みしめた後、あの圭織と、みんなと笑い合った日常をまた過ごすために頭の中で新たな作戦を立て始めた。