三章:欲しかったのは(25)
第46部分:三章:欲しかったのは(9)に不備がありました。前半部分が丸々抜けていました。本日追加しましたので、ここでお伝えさせて頂きます。申し訳ありませんでした。
十分化け物から離れると、私は適当な教室を選び、圭織を抱えたままそこに入った。圭織の体をゆっくりと降ろし、その肩を支えて立たせる。
「大丈夫? けがとかはない?」
「え、え!? あ、何か飛んできたものが当たったみたいだけど、とりあえず大丈夫。それよりも、ねぇ、これは一体――」
私は混乱する圭織に向かって手で制した。圭織が目を向けたところを見ると、コンクリートの細かい破片が当たったのか、ちょっとした傷があったが、特に問題はなさそうだった。
「今から説明するから。まず、これは夢でも何でもない、現実なの」
私は全てを手短に話した。この世界とは違う別の世界があるという話。ここより技術が進んだ世界の話。死者が行く世界の話。そこから這いでる化け物の話。それによって時空が乱れる話。全ての世界が崩壊するという話。それを防ぐための機関があるという話。機関に所属するものは特別な能力が使えるという話。それであの化け物を葬るという話。それは短く纏めてもかなりの量になった。
「ここまで、わかった?」
「ちょ、ちょっと待って……」
脳のキャパシティを越えた新たな話をされ、明らかに戸惑っている様子がみてとれた。
「信じられなくても無理はないし、これ以上の説明はできないと思う。けど――」
私はそこで口をつぐんだ。次に口にする言葉に一瞬迷った。
「ごめんなさい。けど、あなたが見ているものが真実だって言うことは確かなの。つまりは今この状況が非常に危険だということさえわかれば大丈夫。続きいい?」
「……わかった」
大きく一つ深呼吸し、圭織は答えた。ここまでは概要だ。今起こっていることを理解してもらうための説明。別に、わかってもらう必要はなかった。
そして、ここからはそれとは関係ない。『私』と『由里』という、二人の人間についての話。
「そして、私はその機関に所属していて、その世界の崩壊を止めるためにこの世界にきた」
「じゃあ、由里ちゃんはあいつと戦うの?」
「そう、三日経つ前に、そしてほかの生物の体を奪う前にね」
「じゃあ、この前のあのブラウスは……」
「そう、あれは私の血で染まったブラウス。その戦闘で負った傷から吹き出た血。今はもう傷はないけど」
「そうやって、今までずっと戦ってきたの?」
乾いた喉が水分を欲していた。私は唾を飲み込んだ。全てを話さなきゃいけないんだ。それが、今私ができる圭織への信頼の証だ。
「違うの、私がこの世界に来たのはつい最近。あのバスの転落事故の後……あの日から私はこの世界に来たの」
「で、でも! 由里ちゃんはその前からずっと居たじゃない!」
「それは、私じゃない」
話が確信に迫る。私の中の恐怖が膨れ上がる。嘘をつけと耳元で私の嫌な部分がささやいている。
『今ならまだ間に合う。嘘をつけばこのまま由里として暮らせるんだ』
私はそれを振り払う。それは、私と圭織の距離を遠ざけることにしかならない。一度遠ざかったそれをたぐり寄せる。たとえその先がもうつながっていない可能性があったとしても、今の私にはそれを確かめることが必要だった。そうしなければ先に進めないのだ。
「あの事故で、由里は助からないほどの傷を負った。二人の友達のおかげで、他の人よりは僅かに命をつなげた。そして、それを見つけた私が彼女の体を奪ったの」
「え……?」
「だから、それまでは確かにあなたが言う『神谷由里』だった。そして、今、あなたの目の前にいるのはその『神谷由里』の体を奪った『私』なの」
圭織の瞳が揺れる。目で私に何かを訴えかける。
教室の外で轟音が響く。机や椅子が揺れ、私は圭織をかばってしゃがむ。幸い何も被害はなかったが、遠くの方から足音が聞こえる。新たな肉体を求める奴らのこと、私はもちろん、武器を持たずに抵抗もしなかった圭織をすぐに見つけるだろう。この同じ階の一教室にとどまるのはよろしくない。
すぐにこの場から離れることが必要だった。