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三章:欲しかったのは(24)

 

 化け物の体が校舎に落ちる。轟音とともに屋上から数階分が崩れ落ちた。その中に見えるその体を改めて凝視する。節で多くに分かれた体、そこから生える無数の足。今回の敵は百足のようだった。しかし今回もそのサイズは異常だ。

 

 そこで私は舌打ちをした。その百足が落下したすぐそば、校舎内に生徒を一人、見つけてしまったからだ。

 

「こんな時間に何を――」

 

 この凍結範囲の外ではもう下校時間は過ぎるだろうに。学校の門も正面玄関も閉める時間だ。

 

 私は舌を打った。文句をいくら言ったところで私のやる事は変わらない。どうにかして保護しなければいけない。凍結範囲から逃がすことは出来ない。手段を幾つか考えていた私の頭は真っ白になった。それは近づくうちにその生徒の顔が鮮明になっていき、その顔を特定できるようになったからだ。

 

『どうして、ここに? よりによってあなたがいるなんて。そんな、そんな、そんな――――神様は、意地悪だ』

 

「由里ちゃんっ!」

 

 私の名前を、私の仮の名前を呼ぶ少女。その少女はそれを本当だと信じていて、疑いようが無くて。普段の由里とはかけ離れた戦闘中の私、由里とはもっとも遠い由里。

 

 見間違えることなんてないとわかっていた。だから見間違えだと疑ったわけではない。見間違えだと思いたかっただけだった。その考えが私の行動を遅らせ、彼女を危険に晒すことに気付く。

 

 その声は助けを求める声。ここに私がいるとは知らないはずなのに、その最後かもしれない瞬間に呼ぶ名前。その重さに私は気付く。

 

「圭織っ!」

 

 私は叫ぶ。私は動きだす。私の口が開いたのと、圭織の名前を叫んだのと、私の体が動きだしたのと、それに付随するそれぞれの思考。それはどれが先なのかわからなかった。普通に考えればそれは決まっているはず。けど、わからないくらいそれは同時だった。

 

 それを持てる全力で、全ての怒りを、憎しみを力に変えて。しかし、冷静に。私はその全てをこの百足に的確にぶつける。その光り具合から体の大部分は堅いとみた。そのなかにありながらも唯一弱いと思われる部分、その体と体とを繋ぐ節の部分。その中でも圭織に最も近いところに向けて左のナイフを突き立てる。

 

 十分な手応えを左手に感じる。そのまま手を横に走らせる。血とも言えぬ液体が飛び散る。すぐに圭織の方に顔を向けてその無事を確認する。右のナイフを百足の堅い体に突き立てる。それは予想通り貫通することはなかったが、全く傷を付けられなかったわけじゃない。そこに力を集中させ、同じく堅い百足の体を足場に、大きく跳躍した。

 

「歯、くいしばっていて」

 

 そのまま圭織の体を腹を抱えるようにして持ち上げる。もう一度、今度はリノリウムの床を蹴って百足の化け物との距離をとる。

 

「由里ちゃんっ!?」

「説明は後。舌噛むから喋っちゃ駄目」

 

 私は圭織の耳元で囁いた。少し、考える時間が欲しかった。どこまでを話したらいいのか。いや、もはや全てを話すべき、つまり、どうしたら信じてもらえるか、そして、どうやって謝るか、だった。


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