三章:欲しかったのは(23)
――来た。
張り巡らせた探知能力を使うまでもなく直観的に肌で感じるこの感覚。その歪みを起点にして意識を集中させる。広がり始めていた歪みに変化が生じていく。始めは微細な変化。そしてゆっくりとそれは歪みの範囲を上回る……はずだった。
その変化を何かで、例えば始めに見えたその細長い触角のようなものを通じて感じ取ったのかもしれない。
その歪みは無理矢理こじ開けられるように広がり、他世界の住人を通す。始めは長い――私の背丈ほどもある――触角が、そしてそれと同じくらいの長さの体の一部が現れ、一度細くなり節が見える。続いて同じ体が現れ、それが長く長く続いていた。その全身が入ってきた他世界とのつなぎめから残らずに出た時、既に触角の方は体に隠れて見えなくなっていた。
しかし、私はその元の姿勢を崩さない。その化け物が直接私を襲おうとはしなかったからだ。だから私は無視した。今の私にとって、この能力の発動が最優先課題だ。全ての人を均等に守ろうとするなら。
歪みに生じた変化が大きくなった。元は歪みの変化だった、今は異なる性質を持ったものが歪みを飲み込んでいく。そしてそれは起点から生じた歪みを全て飲み込んだ。私はそれを下方に伸びるように拡大していく。今度はその変化した時空の凍結範囲が私の制御下で化け物目がけて拡大する。
化け物はその巨体にふさわしい質量を使い、地球の重力に引かれて地上に接近していた。それとともにその長い体をくねらせて水平方向にも移動していた。
その落下地点を予想するのは今あるデータだけじゃ難しい。私は小細工無しに化け物の方向に向けてそれを伸ばしていく。化け物がずれる度に微調整を続けていく。拡大速度は次第に速くなっていった。あと数秒で化け物に追い付くだろう。私も凍結範囲内に入り込み、化け物を追う。入り込んだ瞬間になんとも言えぬ違和感を受ける。これはいくら経験しても慣れない。
ここまで落ちれば落ちる位置は大体わかる。先頭には足場とある程度の広さが必要なので少し余裕を持って範囲を先に地上につける。その時、私は気付いた。
「学校!?」
ただ普通の学校なら私も驚かなかっただろう。ただ、それは私の通う学校だったのだ。
しかし私はすぐに頭を切り替えた。時間を確認すれば、もう下校時刻ぎりぎりだった。これなら部活動をやっている生徒は帰っているはずだ。いるのは数人の教師と警備員くらいのはず。私はその両方がいる西棟の方を範囲から切り離した。
それに、全く知らない建物内で戦うのよりは圧倒的にこちらが有利だ。
私は凍結範囲の延長を止め、その範囲を保持した。凍結範囲に変化させたとはいえ、元は歪み、既に無理矢理広げてしまったそれは放っていけば勝手に広がっていく。そして範囲の内と外との間に壁を作り出す。これで少なくとも一時間、この空間は外と隔離された。それよりも前に解いてしまえば、時空に支障をきたすからだ。能力が強力であればあるほど、その対価は大きい。