三章:欲しかったのは(20)
結局、私はすることが見つからず、風邪を引いてることになってるので外にもでれず、そして圭織と連絡を取る勇気も持てなかったので、綺麗な部屋の掃除をしてみたり、布団の上でゴロゴロと転がってみたりして時間を潰していった。
そんなことをするのには当然頭を使うことはなく、空いた頭は圭織のことを考えるのであった。
――これじゃまるで、愁也君じゃなくて圭織と付き合っているみたいだ。
その自分の考えに私は一人で苦笑した。圭織のことばかり考えていて忘れていた――ほんの、ほんのちょっとであるから許してほしい――愁也君のことを考えた。考えてみれば、私は愁也君にも迷惑をかけている。あの優しい愁也君なら私たちの仲を心配してくれているはずだ。それは、この前の別れ際の言葉や愁也君の性格を考えればわかる。
彼とは付き合って日が浅い――というか知り合ってから日が浅い――けどそれくらいはわかる。こういうと何やら私たちの関係が急進展したようにも聞こえるが、実はまだ何もしていない。なんならこの世界の神という神に誓ったっていい。彼の優しさは近くにいるだけでひしひしと伝わってくるのだ。しかし、それが私一人に向けられたもので無く、万人に向けたものであるというのは少し嫉妬するところだ。
……びっくりした。私のこの一連の考えにだ。まさか私がこの送られた世界でこんなに誰かを想うことになるとは思わなかった。
"われわれはどこから生まれて来たか。
愛から。
われわれはいかにして滅ぶか。
愛のため。
われわれは何によって自己に打ち克つか。
愛によって。
われわれも愛を見出し得るか。
愛によって。
長い間泣かずに済むのは何によるか。
愛による。
われわれをたえず結びつけるのは何か。
愛である。"
彼が私に聞かせた一節。中でも私にとって一番のお気に入りだ。どこに行っても、誰であっても、いや、何であっても、それが人の人生を借りたものであっても……いかなるときも愛というものは存在する。そのことをまざまざと思い知らされた。
愁也君のことを考える度に、愁也君の後ろに、彼の姿が見え隠れする。彼と過ごした日々。楽しかった毎日、幸せだった日々、そして変わったあの日。世界にしたらあってないような些細な変化。私にとっては無視できない大き過ぎた変化。
……やめよう。やみくもに過ぎた過去を掘り返すのはよくない。私は今に生きている。
それよりもそう、愛、そう言っては何だか仰々しい、想うこととでも言おう。それは愁也君だけに対しての話じゃない。圭織にもだ。男女間に生じる恋愛感情とは違う――友情といったものか――また別の愛の形の一つ。
なれば、私はどう考える。私が圭織に想う気持ちはどれほどか。もし、圭織が突拍子もない、理解できない話をしたらどうする。私はそれを信じられるか。最初は疑うかもしれない。しかし、目を、圭織の目を見ればわかる。もし圭織が本当のことを言っていたら、実際にその場面に立っていないので100パーセントとは言えない、しかし、99.99パーセント、私は信じると言える。
そして、それを私は受け入れるのか。受け入れる。他に言うことはない。圭織の言ったことが真実であり、それを私に話したのなら、つまりは私に受け入れて欲しいと言うのなら、私は受け入れる。理由なんてものはそこにはない、必要がない。
なら圭織も――
私は私の思考がこうしてここに辿り着く前に圭織がそうしてくれることはわかっていた。けど、ほんのわずかな、たった0.01パーセントのことが怖くて踏み切れなかったのだ。一万に一つ。それよりも小さくても、その小ささが無限大に0に近づいても、それが確かな0だとわからないかぎり、それだけ圭織を失う可能性があるということが嫌だった。こうして問題を先延ばしにしているうちにその数字が大きくなっていくのがわかっていても、踏み切れなかった。果たして、99.9999……を100にする最後のピースはどこにあるのか、果たしてあるのか。私に見つけられるのか。
そこで急に頭に走る一瞬の違和感。時空が僅かに乱れ始める感覚。もたらされる情報。
私はそれまで考えていることが何であれ、これを片付けなければいけなかった。他は後でいい。これは、その私やみんな、全ての後を残すための作業なのだから。