三章:欲しかったのは(15)
愁也君はドアの近くにいる人に話しかけていた。その話しかけられたクラスメートは首を振り、それに対して愁也君がもう一度質問をする。それに対して今度はこちら側を見て指さした。愁也君はその人ににこりと笑うと、こちらに向かってきた。おおかた、由里ちゃんが来ているかと、私の席の場所を聞いていたに違いない。
「あんたに用みたいよ」
「うん」
その用事は楽しいものではないだろう。この二人に聞かせていいことかもわからないので、話は一旦切り、席をはずすことにした。
「おはよう、圭織ちゃん」
「おはよう。由里ちゃんなら、来てないよ」
「みたいだね」
彼は軽く頷いた。
「それより、昨日のことなんだけど、ちょっといい?」
「わかった」
私は二人の方に行きその旨を伝えると、愁也君と一緒に教室を出た。
学校の中で静かに話せる場所となるとそれは限られている。愁也君がその中でも近場である五階から屋上までの階段の踊り場を選んだのは、始業時間がそれほど遠くないということとは無関係ではないだろう。
「単刀直入に言うよ、話せないことは話してくれなくていい。問い詰めてるわけじゃない。昨日、何があったの?」
私はいきなり黙ることになった。さっき、愁也君にも話さないと決めたばかりだったからだ。愁也君が知らないのなら、私が話せることは何もない。これは、私が独断で話していいことでもない。
「……わかった。でも、僕の助けが必要なら、僕の助けでどうにかなることなら、いつでもいいから相談してほしい。由里ちゃんと圭織ちゃんの仲がよくないというのは、あまり見ていて気持ちいいことじゃないから」
その言葉が有り難かった。愁也君が、本気で心配してくれているのが言葉から伝わってくる。その愁也君に嘘をつくのは、由里ちゃんに嘘をつくぐらい嫌だった。
「ありがとう。いつか話せる時がくると思う。でも、私一人で決められることじゃなから。ごめんなさい」
「わかった。待ってるよ。でも、二人の仲を崩すようなことにはならないでね」
愁也君はそう言うと振り返って、階段を降り始めた。そのとき、こちらを向かずに立ち止まりもう一言だけ、残していった。
「由里ちゃんには、何か圭織ちゃんに言いたいことがあったみたいだったよ」
一人になり、その言葉の意味を考える。それは、何だったんだろう。嘘なんてついてない、嘘言ってごめん、それとも…………。
始業のチャイムが鳴り、私も教室へと戻った。