三章:欲しかったのは(14)
「どうした、カオリン?」
その声に私ははっとし、意識を現実に向けた。私の目の前にいる二人は心配した様子で私の顔をうかがっている。これではいけない。私との繋がりを組んでくれた、友達となってくれた二人に失礼だ。余計な心配もかけたくない。何より、私の考えていることを、知られたくない。
「ううん、なんでもない。ちょっと考えごと」
私は笑って誤魔化す。さっきあれほど自分で考えておきながら、私の頭は反射的に嘘をつく。それは、二人との間の繋がりが弱いからだろうか。二人とは知り合ってまだ日が浅い。だから、今私たちを繋げているのは紐のようなものなのかもしれない。紐は切れやすいから、あまり強く引っ張ることはできない。お互いに力を込めすぎないように引っ張ったり、譲ったりしてみて、相手の具合を確かめる。だから、会話も無難なものが多い。
これがいくら引っ張っても崩れそうにない鎖でできているのなら、壊れることを怖れずにそれを思い切り引っ張ったり、引っ張られたりできる。突っ込んだ関係に、信頼しあえる関係になれる。
そう思っていたのに。
私と由里ちゃんの間にある鎖の一つは今、ヒビが入り、砕けかかっているように思える。私と、彼女という、全く別の個人をなんとか繋げている鎖。死ぬ思いで私が彼女に差し出した鎖。それが砕ければ、私と彼女を繋ぐものはなくなり、離れる。
違う。
確かに、確かに鎖は強固だ。砕けかかっていても、それは紐よりは丈夫で、まだ思い切り引き寄せることもできる。けど、その鎖と私を結びつけているのは何だろうか。そう、このちっぽけな私の手。私が必死にこの鎖を握っているからこの繋がりは保たれている。それは向こうも同じ。由里ちゃんも、この鎖を手に持っている。その気になれば、その力をちょっと緩めるだけで、この繋がりはなくなり、私たちは離ればなれになるのだ。
その事実に、今気づいた。気づいた今、私と由里ちゃんの間にあるこの鎖は、紐と何ら変わらないものに見えてくる。
「そういえば、由里どうだった?」
私の心臓が跳ね上がる。全くの偶然だろうが、心の中を見透かされているような気分になる。大丈夫。別に不思議ではない。昨日由里ちゃんの家に行くことはいっておいた。連絡もなく友達が休み、その家に行った人間がいるとなれば、気になるのが普通だ。大丈夫、大丈夫なんだ。
「熱が出ちゃったんだって。風邪みたい。昨日は下がったって言ってたけど、まだダメだったみたい」
「そっかー! ユリリン大事じゃなくって良かったね!」
大事かもしれない。そんなことを言えばこの二人はどんな反応をするだろう。けれど、私は言わない。少なくとも、今はこの二人よりは私の方が由里ちゃんとの繋がりは強い。それだけの自負はある。そうなれば、私に隠したことを不用意に漏らすわけにはいかないのだ。あの血のシミのついたブラウスのことは、愁也君にすら言えない。
「それよりもさ、昨日佐藤君と一緒に行ったんでしょ? ユリリンどうだった?」
こっちについてはちょっとは喋ってもいいだろう。由里ちゃんと佐藤君の関係については、由里ちゃんは隠そうとはしているのだけど、佐藤君がそうではない。最初は遠慮なく私たちのクラスに入ってきたし、付き合ってるの? と聞かれれば照れながらも素直に頷く。そもそも、由里ちゃんに聞いてみれば否定はするもののその態度から明らかであり、今や周知の事実だ。
「それがね……」
私は心の中を悟られないよう、不自然に見えないように身振り手振りを使っておもしろおかしく昨日の顛末を話した。今はしゃべっっていないと、何かしていないとその場に倒れそうだった。このことが由里ちゃんにばれれば由里ちゃんは私に怒るだろう。けど、もし鎖が離されれば怒られることすら…………なくなる。
二人が私の話で笑う間にも、私の心はどんどん沈んでいった。由里ちゃんが鎖を手放す前に、私にできることはないのか。
「あれ、張本人のおでましじゃない?」
私はその言葉に弾かれるようにその視線の先を追った。しかし、そこにいたのは張本人は張本人でももう片方の人、愁也君だった