一章:いつもと違う朝(4)
「あと、二日」
私は呟いた。こっちにきてから独り言が多くなっていた。今、この体で話せる相手などいないのだから、話そうとすればそれは自然と独り言になってしまう。そして全く話さないというのもまた難しく、自然と独り言が増えていったというわけだ。
二日というのはいわゆるタイムリミットだ。私がこの世界に来て三日以内に誰かの体に乗り移らないと私はこの世界に私として、この体を持って固定されてしまう。そうなれば、生命絶対数一定の法則を破り、この世界の時空は歪み、この世界は崩壊する。
それはひいてはこの世界に近い世界の時空をも歪ませ、それは連鎖的に続き無数にある世界の全ての時空を歪ませ、全ての世界を崩壊させることになるだろう。
それを止めるためにこの世界に来た私がそれを起こすとは、笑い話はおろか、冗談にすらならない。
「あと、二日」
私はもう一度呟き、気が進まないが私の器となる体を探しに行った。
私は乗り移りという行為が嫌いだ。他の生命の未来を奪い、非常に利己的な理由でそれを行う。だから、私は機関に入った。
幸い、適正もあり、私は機関に受け入れられた。そこでこの世界の時間でいえば五年間の訓練を受け、他世界からの侵入者が一時的に増加するというこの世界の崩壊を防ぐべく転位された。私はこの世界にとどまり、侵入者による時空の歪みを正す。
しかし、乗り移りを嫌う私が機関に入り、乗り移りを防ぐために、一つの矛盾が生じる。他の世界、つまりはこの世界に存在するためにまず、私が乗り移らなければならない。
客観的な理屈で言えば、私の乗り移り一つで防げる乗り移りは少なくない。それに、機関の本来の目的である世界の連鎖崩壊を止めなければ一つの生命の未来どころではなく、全ての生命の未来を奪うことになる。
これは、機関に入ると決めた時からわかっていた事実。しかし、私の頭は理解しながらそれを許そうとはしない。その罪を犯した時、それは決して私の中では消えないだろう。
私と同年齢、この世界で言えばプラスマイナス3歳、12~18歳ほどの年齢の人間の女。これが私が乗り移るのに最適な対象だ。
後はどれだけ戦闘においてその体が有利か、その生活と戦闘との合理性などを総合的に判断し、乗り移る対象を選ぶ。
ここ二日間、この地球という惑星の侵入者が入ってくる玄関ともいえるポイントが集中している日本という国中を飛び回り、適正のある人間は何人かは見つけている。しかし、その幸せな生活を見た後、私にそれを奪う勇気はなかった。私があの時に決めた覚悟など、こんなものだということなのか。
既に、私がこの世界に侵入した地点から、時空の歪みは始まっている。それが世界の崩壊につながるまでは――あと、一日。