三章:欲しかったのは(12)
横開きのドアの前に立つ。最初は、このドアを開くのが怖かった。友達は、出来るのだろうか。楽しい高校生活を、送れるのだろうか。そして次第にその気持ちは落胆へと変わっていった。今日は何を、されるのだろうか。
けど、その中にあっても残っていた思い。今日は、友達ができるのではないか。そんな風に様々な不安と微かな希望を抱えてこのドアを開いていたのは遠い昔のようだ。今では、ためらいなくこのドアを開くことができる。
クラスメートの視線の一部が私の開いたドアに一瞬だけ向けられ、その中のまた一部が何事もなかったように視線を外した。私はドアを閉め、自分の席に向かう。残った視線の横を通り過ぎる度に、どちらからともなく挨拶をし、互いにそれに応えた。
以前は、このドアの開き加減すらわからなかった。時には力を入れすぎてしまい、大きな音を立てた。その時はクラス中がドアの前に立つ私に注目し、静まった。しかし最終的にはみんなポツポツと視線を外していった。時にはその反省を活かそうと、ゆっくり、そうっとドアを開いてみた。その時はクラスの誰もが私が入ってきたことに気づかず、ほっとした面もあったが、悲しくもあった。
誰も、私が登校してきたことに興味を持ってくれない。私が休んでもたぶん、松原先生が出欠をとってくれるまで、誰も気づかない。そう考えて、私は家で一人枕を濡らした。
自分の席にたどり着き、一時限目の授業の準備を軽く済ませると、私は二人の女子のいる席へと向かった。
「おはよう」
私は今、できる限りの笑顔を振りまき、二人に声をかけた。
「おはよー、圭織」
「おはよっ! カオリン!」
こうして挨拶をして、返されて、名前を呼ばれ、初めて私がこの教室に圭織としていていいと許可をもらった気分になる。存在を許されるというこの安心感は何にも代え難いものがあると、私は最近気づいた。
ちょっと毛色の変わった二種類の挨拶を返され、私は心の中の思いに気づかれなかったことに安心した反面、気づいてくれないことに落胆もした。
度々私のことを助けてくれ、最初に私の不安を打ち砕きいてくれた彼女。そして、満面の笑みとともに私にこの教室に、側にいていいと初めて許可を出してくれた彼女。彼女ならこのいつもとの微妙な違いに気付いてくれただろうか。けど、これはその彼女が原因――と言ったら彼女が悪いように聞こえてしまうが――でのことだ。それにその彼女は今日も学校にいない。
きっかけは、あの事故だった。私は無意識に、その彼女が友人の死によって絶望にたたき落とされたのを機会だと思い、彼女に近づこうと考えた。教室内で孤立しているのをみて、話しかけようと考えた。いつも助けてくれていて、こうして一人になってしまった彼女なら私の気持ちをわかってくれると思って。そんな下心に彼女は気づかなかっただろうか。私が自分で自分の中にあるその気持ちに気づいたときは吐き気がした。
彼女は、死んだ自分の友人たちが馬鹿にされるのを聞き、恥も外聞も捨て、その人に殴りかかった。そして、付き合いが短い私のことも、その大切な友人たちと同等に扱い、怒ってくれた。私の行為は、その彼女の大切な友人たちを馬鹿にしたことになってはないのだろうか。あの日、教室で、生徒指導室で、私は心の奥でそのことばかりを考えていた。