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三章:欲しかったのは(10)

 

「なんでもない」

 

 私は言った。圭織の目を直接見ることは出来るとは思わなかったので、今ひったくった黒いブラウスに目を向けたまま。

 

「それ、血、じゃないの……?」

「違う」

 

 私の声は震えている。駄目、隠さなきゃ。機関の規則によって他世界の人間に正体がばれることはあってはならないとされている。任務遂行の妨げになる場合があるし、余計な混乱を招く。進んだテクノロジーを求め拉致、監禁という可能性だってありうる。それにより任務を遂行できないということを防がなければならない。それは、すなわち全世界、全次元の崩壊を意味する。

 

 だから知られてはならない。

 

 だから知られてはならない?

 

 違う。それは建前、言い訳だ。確かに、そういう意図もあるだろう。でも、もし誰かに知られた場合、精神系の能力を使って記憶を一部操作するという方法もある。だいたい、一人や二人、ある少数の人たちが騒ぎ立ててもその人たちが白い目で見られるだけに過ぎない。

 

 私が嫌だと思っているのは、圭織だからだ。圭織、その大事な友人の記憶を操作するなんてことはしたくない。けど、知られて圭織に離れられたら私は……。

 

 大切な友達だから、知られたくないのだ。私情を挟むのは機関の人員として失格と言われようとも、私は今、圭織に対して能力を使いたくない。

 

「それに、その穴……何?」

「なんでもないったら!」

 

 けれど、生じる罪悪感。私は今、その大切な、大事な友達に嘘をついている。違う。嘘をつくのが悪いことなら、責めるべきは今ではない。

 

 もっと前から私は嘘をついている。由里に乗り移った時から嘘をついている。それも、大きな大きな、取り返しのつかない嘘を。

 

 圭織、愁也君、家族のみんな、クラスのみんな、私を、いや、由里を知る全ての人達。

 

 本当は、由里は死んでいるの。これは、由里じゃないの。由里の肉体を使ってしているのは、化け物との命がけの戦闘。由里は化け物相手に、化け物じみた力を使って戦ってる。常人なら死んでもおかしくない傷を負い、無理矢理回復させ、何度も何度も戦わせる。そのくせ、みんなを騙して、私は由里だと偽って、平然として暮らし、楽しみ、友達を作り、由里がまだ経験したことのない、この先の人生を生きようとしている。

 

 例えそれを心の奥にいる由里が許可してくれているとはいえ、それは信じられることだろうか? 信じられたとして、許されることだろうか?

 

 私は、その問いの答えを聞くことはできない。訪ねることができない。由里の日常を失うことが、この誰も知らない世界で、ひとりぼっちになることが怖い。だから私は、嘘をつく。

 

「なんでもないことなの。それより今日の授業はどうだった? またノート貸してく――」

「なんでもないわけないじゃん!」

 

 私の声を遮って圭織の声が聞こえてくる。その声は真剣そのもの。友達である、由里に対する真剣さ。

 

「そうやって話逸らさないでよ! ねぇ、どうしたの? 何があったの?」

「……なんでも、ない」

 

 必死に叫び、問いつめる圭織に私はそれしか言えなかった。友達の、圭織に。

 

 私の答えを聞くと圭織はうつむき、震える声で言った。

 

「ごめんね、言いたくないことだって、あるよね」

「圭織――」

「何も言わないで! 私、ちょっと自惚れてた。それは、人だもん、家族や、友達にもいえない隠し事の一つや二つはあるとは思ってた。けど、嘘は、大切な人に対しては嘘はつかないものだと思ってた。よく考えればその考えだって押しつけがましいし、私が大切な友達だって思っても、それは…………」

 

 圭織はそう言い残すと振り向いて部屋のドアを開け、玄関へと走っていった。振り向きざまに、圭織の眼から何かが飛んだように見えたのは気のせいだろうか。


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