三章:欲しかったのは(8)
こちらがあれこれと苦労しているというのに、その原因ともいえる圭織はけろっとしていた。これはわざとなのだろうか?
「あの、こんにちは」
愁也君がその陰からひょっこりと顔を出した。その顔がちょっと赤く見えるのは気のせいだろうか。それとも、私の顔の色が反射でもしているのだろうか。
「とりあえず、あがってもいい? お見舞いってことで。ほら、愁也君も」
「え? いいのかな。……じゃ、お邪魔します」
いいのかな? なんて言ってるけど、圭織に急かされてもう家に入っていた。圭織、今だけでいいから前みたく慎ましくして。私はまだいいなんて一言も言っていない。入っちゃ駄目だなんて言うつもりがないけど、少し待って欲しい
私はそう思いながらも圭織が私と二人の時の行動力を思い出していた。そこに今は愁也君が加わったけど、愁也君は既に友達だ。先日のあの件で私たち三人の仲はぐっと縮まったように思える。圭織は人見知りをするだけで、打ち解けてしまえばなんでもないのだろう。こっちが実は圭織の本性なのかもしれない。
「それにしても、由里ちゃん。なんていうか……大胆?」
ちょっと頬を赤らめた圭織のその言葉で私は忘れていたことを思い出した。私の今の格好。しかし、壁や何かに隠れたくてもそんなものはなく、私は慌てても視線を泳がせるほかにやることはなかった。その視線が彼、愁也君の目線を捉えたときに、私は今まで慌てていたことが全て吹き飛ぶように感じた。
その明らかに赤くなった顔についている二つの目の見ている方向をそのまま、辿る。人は大変なことをしてしまったとか、まずいことをしてしまったと思った時、血の気が引くような感覚を覚える。そして、その瞬間はやけに時間が圧縮され、なぜか冷静に物事を考えられるように感じる。その圧縮された時間、私が正気を取り戻すまで、私の代わりに少し、考えてほしい。というより、私のいいわけを聞いてもらいたい。
まず、あなたはこの私が今着ているようなボタン掛けのパジャマを家で着ようとしたとき――もちろん、家にいるのは家族だけ、今回に至ってはその家族すらいない前提で考えてもらいたい――、首もとの一番上までボタンをかけるだろうか。さらに補足すると、今はもう春も終わりかけ、私もこのパジャマを手に取った時には少々暑いと考えたような時期で、もっというと私は熱を出していた。
次に、あなたが熱を出した時のことを想像してほしい。あなたは熱を出したとき、どうするだろうか。たぶん、多くの人が汗をかいて熱を出す、という選択肢を取ることはこの世界の経験が少ない私ですら正しいと賛同できる。なので、そのために布団をちゃんと掛け、汗をかこうとすることは間違いでないだろう。
最後に、これは女性の問題であって、口に出すのは少し恥ずかしいことである。しかし、口に出すわけでないのだから、そんなにためらうことはないように感じ、遠慮せずにいうことができる。上半身につける下着の問題だ。これは窮屈だと、考えるのはおかしいだろうか? 私自身、このようなものは元いた世界には存在せず、由里の方もこんな話をするような友人を持ち合わせたことがないので確かではないが、その考えは間違っているとは思わない。
そして、それを体を休める夜間時、家族以外の他人がいない場で外していたいと思う私の考えは、正しい考えの一つであり、自然で、論理的に正しいだろう。
何を回りくどく長々と話しているのかというと、短く纏めてしまえば次のようなことだ。
私はブラジャーをつけずに直接汗をよく吸収する素材であるパジャマを着て、熱が出ているために汗をかきパジャマが肌にくっつき、暑いので上の方のいくつかのボタンを開けていた。
その結果、高校生にしては大きくも小さくもない私の胸に彼、愁也君の目は集中していたのである。以上。
悪いのは私でない。だからといって愁也君や圭織が悪いわけでもない。
私はスイッチが入ったように冷静な私から動転した私に切り替わり、さっき近所の目が恥ずかしいからと、この格好のまま玄関に飛び出していったことも忘れ、玄関が開いたままであるというこの状況で、床にしゃがみこみ悲鳴をあげた。
心配してきてくれた近所の人たちが集まるまで、5分とかからなかったことは言うまでもない。