三章:欲しかったのは(5)
ウィーン、ウィーン……
耳障りな音が聞こえ、その音源を辿るようにして布団の中から手を出した。ベッドの横のサイドテーブルの上を適当にまさぐり、ようやくその音源に辿りついた。手の中で震えるそれを開き、耳元へと運ぼうとすると、その音は途絶えた。
「メールかな……」
たぶん、送り主はお母さんだろう。きっと、余計に心配したちょっと長めのメールが入っているに違いない。
眠い目をこすって嫌々開ける。寝起きには眩しい液晶画面の光に開いた目を若干閉じながらもその内容を確認する。
メール 四通
着信 一件
届いた分だけこの携帯電話は着信やメールの受信を知らせただろう。どうやら、私はそんな音ではびくともしない深い眠りに入っていたようだ。ひとまずかけっぱなしになっていたマナーモードを解き、着信履歴、メールの順に見ることにした。
着信は圭織だった。時間を見ると……15:32となっている。私は慌てて布団から体を起こし、壁に掛けてある時計を確認した。短針は3と4の間にあり、分を示す長針は7の付近を指している。
「こんなに寝ちゃったんだ……」
正味8時間ほど。学校にいる時間よりも長く寝ていたことになる。それからも自分が背負っていた疲れのほどが見えた。
ひとまず、さっきの着信は圭織だったことを確認したので、電話をかけることにした。数回のコール音の後に彼女は出た。
「あ、もしもし圭織?」
「由里ちゃん! どうしたの?」
どうしたも何も、私は圭織から電話が来たからかけなおしたのだ。その旨をそのまま伝える。
「どうしたの、って……圭織、今電話しなかった?」
「したよ! メールも送ったけど返信ないし……」
「ああ、ごめん。まだメール見てないんだ。今起きたところで」
「今起きたって……今、もう放課後だよ?」
「うん。ちょっと寝すぎちゃったかなって思ったけど、おかげで体力も回復したし……」
あ。
「体力?」
まずい。そういえば、学校に連絡を入れていない。私はあの後携帯なんか開く間もなく寝てしまったし、お母さんも私が熱だして休むなんて今までなかったから、きっと忘れてしまったに違いない。
「その、ごめん! 実は今日朝熱があって、学校への連絡忘れちゃった……」
「熱? 大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。えっと、計ってはないけど、だいぶ楽になった」
それは嘘ではなかった。まだ完治していない傷は痛むし、体はちょっとだるかったが、それはきっと寝過ぎから来るものに違いない。力を使うためのエネルギーも十分に回復し、なんなら今から一戦交えてこいと言われても大丈夫なくらいだ。
「そっか……ならいいんだけど。でも、下がったからって動き回っちゃだめだよ? ぶり返すかもしれないし」
「うん、気をつけるね。電話ありがとう」
私はそのまま電話を切ろうとした。しかし、圭織には全くその気はないらしく、変なことを聞いてきた。
「ねぇ、由里ちゃんの家って、○○って駅でよかったよね?」
「え? うん、そうだけど……」
「だよね、じゃあ間違ってはないはずだけれど……あ! 薄い青の壁の家かな?」
「え? うん……」
私の家の壁紙は薄い青色、水色よりも薄い青色をしている。近所の家に青っぽい家は他にないので、間違わないはずだ。
しかし、駅のことは話したけれど、家の壁の色の話なんてしたことがない。まるで、近くから見ているような言い方だった。そして、その通りだった。
「じゃあ後2分もしたら着くと思うから。じゃ」
そう言って、圭織は通話を切った。