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二章:好きと嫌いと(25)

 

 その午後、私と、圭織と、佐藤君の三人は先週末に私と圭織が偶然出会ったコーヒーショップにいた。今日は放課後に誰も予定がなく、圭織が私たちを誘ったのだった。断る気も無かったが、私は朝から圭織に押されっぱなしで、断る隙すら与えてもらえなかった。

 

「そうやって圭織が言ったの」

「へぇ、斉藤さん、度胸あるね」

 

 圭織は顔を赤くしてとんでもないと言わんばかりに両手を大きく横に振る。

 

「ほんとは今でもドキドキしてるんだよ? ……でも、言いたいことは言うって決めたから。最初は強がる振りでも、そのうちに強くなれたらいいなって」

「ううん。圭織は強くなったよ。あんな風にちゃんと言える人なんてそういないよ」

 

 真由美もそれがわかり、どうしようもなくなって圭織から逃げたのだ。今だって以前の圭織とは違い言動に余裕があるように見える。

 

「でも、疲れちゃった。やっぱり言いたいことを言うのはしばらく休憩する……」

 

 私たち二人はその言葉に笑った。こうやって圭織は気を抜いて私たちに隙を見せてくれる。そのことが圭織からの信頼の証に思えた。

 

 そこへ店員がオーダーを取りに来る。圭織は前に私がおすすめしたものを、佐藤君もそれを聞いて同じものを注文した。

 

「由里ちゃんも同じでいい?」

 

 私は首を横に振った。

 

「私は、ホットミルクをください」

「はあ、ホットミルクですか」

「はい、ホットミルクを」

 

 店員が私の顔なじみのアルバイトの青年だったこともあり、不思議そうにしていたが、メニューを繰り返すと首を傾げて去っていった。

 

「由里ちゃんミルクでいいの?」

「うん、いいの」

 

 不意に、佐藤君と目があった。佐藤君は軽く私に微笑みかけた。私もちょっと恥ずかしがりながれも笑みを返した。すると圭織が突然とんでもないことをいい始めた。

 

「ねぇ、由里ちゃんと佐藤君は付き合うことにしたの?」

「……は?」

 

 あまりにも唐突なその不意打ちに私の頭は固まった。圭織は気づいているようなので、そのうち聞かれるとはわかっていた。でもそれはその、女の子同士の会話っていうか、親友同士での内緒話とか、二人でするものだと思っていた。それに、こんなどストレートに聞かれるとは思ってもみていなかった。

 

「ち、ちがっ!」

「あれ? 違ったの? 私の勘違いだったかな、ごめんね」

「神谷さん、そんな思い切り否定しなくても……」

 

 慌てる中佐藤君の悲しそうな顔が目に入り、私を余計に慌てさせる。もうどうしたらいいのかわからなかった。

 

「あ、えっと! ごめんなさい! そういうわけじゃなくて!」

「どうせそのうち斉藤さんにはわかることだし……」

「えー? じゃあやっぱり……」

 

 私はごにょごにょと呟きながら数秒迷い、仕方なく小さく頷いた。

 

「おめでとう! 私、いいと思うよ。……ねぇ、佐藤君、由里ちゃんのことは神谷さんって呼んでるの?」

「いや、僕も思ったんだけど、神谷さんが砕けた呼び方は嫌だって」

「ちょっと、佐藤君! 別に嫌だとは……慣れなくて好きじゃないって言っただけで……」

 

 ちょっと恥ずかしいだけで。実は由里とか、そう呼んでもらいたかった。

 

「由里ちゃん恥ずかしいんだよ。嫌だって言っても呼んであげた方がいいよ」

「そうなのかな?」

「私も友達になってから気付いたけど、由里ちゃん実はかなり乙女だから」

 

 私を蚊帳の外に話は進んでいく。圭織は急に少し考えた振りを見せて、またとんでもないことを言い始めた。

 

「……じゃあ、私は佐藤君のこと愁也君って呼ぼう。だめ? 愁也君」

「え、まあ、別に」

「私のことは圭織でいいから。実は私、名字で呼ばれるの嫌いなんだ」

 

 聞いたことがない。初耳だ。それは本当なのだろうか。

 

「えっと、呼び捨てはちょっと……圭織さんでいい?」

「うーん、じゃあ圭織ちゃんで」

「ま、待って!」

 

 私は立ち上がって叫んでいた。そうでもしないと二人の会話を止められそうにないからだ。

 

「だ、だめ。じゃなくて、わ、私も……」

「どうしたの、由里ちゃん?」

「私も、その、しゅうやくん、って、呼びたい……」

 

 私の言葉はどんどん尻つぼみになっていく。もう駄目だ。日曜日の私と圭織の立場は全くの逆、いや、もっと酷いことになっている。

 

「だって、愁也君。どうする?」

「ありがとう、さ……圭織ちゃん。いいよ、神谷さん」

 

 佐……愁也君、は圭織に礼を言った。それはいったい何の礼なのだ。

 

「いいって、由里ちゃん。由里ちゃんは神谷さんでいいの?」

「いや、その、私も、ゆりちゃんって……」

 

 もう私の声は実質出ていないようなものと同じだった。圭織は私の口元に耳を当て、頷いた。

 

「愁也君、由里ちゃんは愁也君から由里、って呼ばれたいって」

「わかったよ、由里。」

「ちがっ……」

「ん? どうかしたの、由里?」

「なんでも、ありません……」

 

 その由里と呼び捨てで呼ばれる心地よさに、その一言に込められた暖かさに、私の羞恥は消し飛んだ。私は今更ながらに少し後悔していた。圭織は親しい人にはやたらと積極的だった。それに今回の事があった。私は、とても大変な親友を持ってしまったのではないか…………、と、私は不安に思うのだった。

 


 二章:好きと嫌いと Fin

 

二章、これにて終了となります。ここまで読んでくださってありがとうございました。


次の三章では由里と圭織の絡みが中心となります。


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