二章:好きと嫌いと(24)
私と圭織はぎりぎりで出欠確認に間に合った。順番に名前が呼ばれ、全員が返事をした。欠席はいなかった。今日からは真由美も来ていた。そして真由美は朝のホームルームが終わり松原先生がいなくなるとすぐに席を立ち、圭織のもとへ行った。私はすぐに立ち上がり、間に入った。
「なによ」
「圭織に手を出さないで」
「また圭織に同情するの? いじめられて可哀想だから助ける? また自分の自己満足の為に使うの?」
「違う。友達を守るのよ。大切な友達だから守るの」
私ははっきりと言った。もう迷いはない。私は彼女に感謝すらしていた。これだけ大事なことを気づかせてくれたことを。
真由美の眉がゆがみ、手が上がる。その時、私の後ろで影が動いた。気づくと私の前に圭織が手を大きく広げて立っていた。力強かった。
「何よ……今度はお互い庇いあって、友達ごっこ!?」
「ごっこじゃないよ。私と由里ちゃんは友達だもん」
教室に緊張が走る。今まで何も反抗してこなかった圭織が言い返したという事実にはそれだけの重みがあった。そのためか、真由美の口調は強いものになっていた。
「ふん? そうやってあなたと、神谷さんと、佐藤愁也だっけ? その三人で仲良く助け合おうってこと? 朝っぱらから公衆の面前で高校生が手をつないで仲良しこよし? 良くやるじゃない!」
さっきのことだろう。でも、言われても何も感じなかった。恥ずかしいわけでもない。圭織も同じようで、じっと真由美の眼を見ていた。真由美はそれが気に入らなかったのか、舌打ちをした。
「くそっ!」
そう言うと、振り上げていた手を振り下ろした。私が止める間もなく、真由美の手は平手で圭織の頬を捉えた。乾いた音が私の耳に響いた。
「ちょっと……!」
私は一歩前に出ようと思ったが、圭織にそれを制された。圭織は広げた手を下ろすことなく、真由美を見る眼も逸らさなかった。その様子に真由美は一歩退く。たぶん、意識しての行動じゃない。圭織の後ろにいても伝わってくるこの気迫がそうさせたのだ。
圭織は広げていた手をようやく下ろした。そして真由美が一歩退いた分、一歩距離を詰めた。そして周りの誰も圭織が次にとる行動を止めようとしなかった。いや、止められなかった。それはあまりにも今までの圭織とかけ離れすぎていて想像できなかったし、真由美の時とは違い、迷いなく素早くやったからだ。
乾いた音が再び、響いた。それも二度。
「これは、あなた達が由里ちゃんを苛めた分と、今私たちの仲を馬鹿にした分だから」
圭織は叩かれたから叩いたのではない旨を告げると、クラス中が静かになり、注目されている中はっきりと言った。
「それと、もう今までみたいに私にするのはやめて。今叩いたのは許すから。仲良くするか、それがいやならもう私には関わらないで」
はっきりと拒絶の言葉を告げられ、やられたからやり返したのではないと言われ、挙げ句の果てに許すとまで言われた。真由美は何もすることはできなかった。ここでやり返せば、さすがにクラス中から、真由美の仲間からも責められる。後ろ指を指されてしまう。真由美も、そのことがわかっているようだった。そして、相当な屈辱に感じているはずだった。
真由美は顔を伏せて教室を駆けだしていった。入れ替わりに一時限目にあたる古典の遠藤先生が教室に入ってくる。
「なんだあ、みんな突っ立って。ああ、今坂本が教室出て走って行ったんだが、どうしたんだ? あいつ呼んでも返事もしなかった……」
遠藤先生の声に張りつめていた緊張が溶け、クラスのみんなはそそくさと自分の席へと戻る。数人、私や圭織、そして真由美の取り巻きの二人が――この二人は自分の席の近くでだが――まだ立っていた。
「何でも、ありません。坂本さんは具合が悪くなったって言ってました」
取り巻きの一人である小倉がそういうと、残りも席に着き、何事もなかったかのように授業は始まった。