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二章:好きと嫌いと(18)

 

 左手の手甲からナイフを引き抜く。今度は火の届く距離も考えて間合いを取る。サラマンダーとの睨み合いが始まった。ここで安易に手を出して来ない分、恐ろしい。

 

――こちらから仕掛けるか?

 

 覚悟を決めて一気に間合いを詰めた。長期戦ともなれば体力などの問題があり、こちらに有利とは言えない。小細工無し、敵に真正面から向かっていく。

 

 待ち構えていたかのように大きな口がまた開き、その口から赤い炎が飛び出す。吐く炎が直線的な道筋を辿るとすれば、私が真正面から向かって行けば相手はその方向に攻撃するしかない。そうすればこの立体的な三次元の攻撃を一時的に直線の一次元として捉えることが可能になる。一次元的な攻撃に対して次に私がとる回避行動は三次元の選択肢がある。私は予想通りの直線的な炎の道筋を確認し、炎の到着までの時間を考え、ぎりぎりまで引きつけて左に避けることを決めた。しかし、その標的は私では無かった。

 

――下!?

 

 その炎は私の進行方向より前の足場一体に向けて放たれた。何が起こるかを理解する前に前一帯の足場が消えた。

 

――しまった。

 

 変化させたとはいえ、この足場の成分の元はあくまでも雲。構成成分は大きく変えていないため、そのほとんどは水分であり、それが加熱されれば蒸発して消えるのは自然の摂理。蒸発した水分が水蒸気となり辺りの湿度を上げる。そのじめっとした感覚に不快感を覚える。

 

 さらに吐き続けられた炎は雲を貫通し、下側から足場を炙りつけた。直線ではなく、下方に向かって斜めに吐かれた炎は私が予想した到着時刻とはずれてゆっくりと、しかし素早く足場を消していく。

 

 私は引きつけることを諦め、まだ足場が残るうちに思い切り踏み切って予定していた左にジャンプする。しかし私の目にはサラマンダーは開けた口を閉じることなく首を曲げたのが見えた。雲の空白が一旦途切れ、数メートル離れてまた穴が開く。それは私の跳んだ方の足場で、私が足を着ける予定だった一帯が大きく消え去り、熱気に包まれた。

 

「くっ!」

 

 私は仕方なく重力に引かれる体に逆向きの力をかけて宙に浮いた。炎は私が誘導した一次元の直線からは大きく離れ、本来お互いが下に足を着けている限り使用不能な下方向をも活かしたフルな三次元的な攻撃として動き回っている。雲に隠れた炎の道筋はサラマンダーの首の振り方から判断する他なく、その方法も目一杯に広げられた大きな口とそこから放射状に広がる炎が攻撃方法となるこの場では相当な誤差が出てしまう。

 

 ようやく、サラマンダーは口を閉じ、炎を吐くことを止めた。これほどの時間火を吐いていられるというのも、これほどの戦略を持って化け物が攻撃してくるというのも計算外だった。それにより炎一つだけで攻撃のバリエーションが増え、次の行動を予測するのは容易ではない。これほどの強敵、エネルギーを温存して戦うような余裕はもうなかった。となれば――

 

「一気にけりをつけてやる!」

 

 サラマンダーとの距離が離れれば離れるほど炎の攻撃箇所の判断は難しくなり、炎はより広がって回避は難しくなる。ということは、距離をつめて接近戦に持ち込めば拡散前故に破壊力は上がってしまうが、炎を使った攻撃のバリエーションは大きく減る。さっきのは遠距離からの攻撃のため、タイムラグをフェイントに使っていることもいだろう。そう考えれば口を開いてから炎を吐き出すまでには十分回避可能なタイムラグが発生することになる。そもそも、あの四つ足の巨体。よくよく考えてみればあれで高速移動は不可能であり、こちらの利点である小回りを利かせて攪乱することが可能だ。

 

 空中で手を足元にやり、瞬時に空気中の成分を雲と同じ様に十分耐えうる程に固め、足場を作る。それを蹴って一気に加速し、サラマンダーの後ろを取る。今まで速度を持って動いていたのに急に静止したため、着ていた白いワンピースは大きく翻り、瞬間的に私の視界を白く染めた。しかしまた違う方向に加速したために新たな慣性がかかり、すぐに視界は晴れた。

 

 サラマンダーは開いた口を閉じて尾を私に向かって振り上げる。補助的な攻撃手段として尾が備わっているということは、裏を返せば後方からの攻撃に弱いということを自白しているともとることができる。それを予想していた私はもう一度空中に足場を作りサラマンダーの頭上まで移動する。またもや視界が遮られるなか、既に攻撃する位置を決めていた私は足をその凹凸のある体に着けた。その長さからして移動しない限りこの場に振られた尾が届くことはない。これでこの化け物の攻撃手段は全て潰したはず。

 

「くらえ!」

 

 視界が晴れた瞬間、私は右手のナイフの刃の部分に左手の手甲をくっつけ、二つをまとめて一つにし、長さを伸ばす。私は叫びながらそれをサラマンダーの口を閉じるように真上から刺す。これで口が塞がり、厄介な炎を封じることが出来るはず――だった。

 

 しかし、私の手の感触は刺さったそれではなかった。ただ当たっただけのような感触。突き返されたのとはまた違う、鈍い衝撃が私の全身を襲った。

 

 私の目は刃の先に向けられた。そこにはサラマンダーに触れた切先が溶けた刃があった。よく見るとさっきまでと違いサラマンダーの表面には黒光りするような何かが現われていた。

 

――毒。

 

 通常、サラマンダーは表皮に防御用の神経毒を出すことができる。遅ればせながらも呼び出したその知識。しかし、それだけならこの刃は分厚い皮膚を突き破りサラマンダーの口を封じただろう。しかしこの刃の先の溶け具合から見て、このサラマンダーの表皮には金属をも瞬時に溶かすような酸のような毒が存在するようだ。突き刺すことを目的に細くしたのも裏目に出たか。

 

「くっ!」

 

 靴の底が溶け始めているのを感じ、ナイフを溶けていない部分だけ切り離してすぐに距離を取り直す。すでに溶けてサラマンダーの皮膚とくっつき始めた靴は脱ぎ捨てた。足からでも、手からでも、この毒に触れるわけにもいかなかった。本来持つはずである神経毒も持ち合わせている可能性があるからだ。もしそうだった場合、行動を鈍らせる神経毒はこの相手では確実に命取りになる。

 

 それまで仕掛けて来なかった分とでもいうのか、サラマンダーはまた辺りの足場に向けて火を吐いて私の逃げ場を無くし、こちらへ突進してきた。

 

 私の後方を含め、逃げ場を無くすために辺りを穴だらけにしたので、サラマンダーも全力で突っ込んでくることはなかった。私は仕方なく力を使って上に飛ぶ。上手く減速して私の真下に入ったサラマンダーは尾で私に襲いかかる。そのしなる尾に面するように周囲の空気を厚く固めて盾を作る。尾はそれをも貫き私に向かってくるが、その勢いや速度はは確実に弱まっていた。私は溶け残ったナイフの残骸を厚く固めて右足に靴を模したものを作り、それでその尾を横に蹴りとばす。私がその溶け始めた靴を脱ぎ捨てる間にサラマンダーの首がくるりと上――つまり私の方に回り、炎を吐く。私はそれを避ける必要があったが、更なる炎の追撃も考えると空中に身を晒すのは得策でないと考えた。なので仕方なく、体を無理に加速させて自分の体を雲に叩きつける。

 

「うあっ!」

 

 まず、急に体を加速させたことで内蔵が揺さぶられる感覚が、次に体が雲に叩きつけられたことによる強い衝撃が私の体を襲った。体が雲の上を転がり、起きあがったときには目眩がし、吐き気を催した。

 

 体を上げるとサラマンダーが独特の構えをとるのを見た。その構えが通常のものと変わらないのは幸いと言えるだろう。毒液。もう対する手段は限られていた。嫌いだとか、苦手だとか言っている場面ではなかった。

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