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一章:いつもと違う朝(2)

 

「あ、あの」

 

 顔を上げると背の小さな少女ーといっても歳は一つも変わらないクラスメートなのだがーが、腕の中に弁当箱と一冊のノートを抱えて目の前に立っていた。緊張しているのか、その手には少し力が入っているようだった。

 

「斉藤さん……?」

 

 頭の中の記憶から彼女の名前を思い出す。

 

 斉藤圭織。人見知りが激しいらしくいつもおどおどとしていて、クラスの派手なグループにいじめられていることがある。ショートカットの髪にワンポイントの緑のリボンが映える。

 

 この学校では指輪や腕輪、ネックレスなどのアクセサリーは禁止されているが、あまりにも派手で目立つ

ものでなければ髪飾りはつけていいこととなっている。私の髪についている青い髪留めも問題ない。

 

「あの。一緒に、お、お弁当食べませんか?」

 

 何でだろうか。私は斉藤圭織とは特に仲が良いわけではんあかった。面倒になるかどうか考えたが、わからない。と、なれば、断る理由はないか。一人で昼食というのは流石に悲しいという思いもあり、いつか誰かに話しかけなければいけないことを考えれば、むしろ歓迎だった。私は自分のお弁当を少し下げてスペースを開けた。

 

「どうぞ」

 

 たぶん、前の席の子は普段通りに、隣のクラスの彼氏のところか他のクラスメートのところだろうし、戻ってきても今日の私の前には進んでは座らないだろう。

 

 それを知ってか知らずしてか、斉藤圭織は何のためらいもなくその椅子をくるっと回し、その背もたれを引いて腰掛けた。

 

「あ、あとね、これ休んでいる間のノートなの。困るだろうなって思って」

 

 座るや否や、そういって持っている一冊のノートを手渡してくる。一応そではないかと予想していた私は受け取ったそれをパラパラとめくってみる。

 

 私は驚いた。綺麗ではないが、読みやすい字。わかりやすく纏められているのがめくっていくだけでもわかり、それが片手間に出来るようなことでも、そんな量でもないのがわかる。さらに、最初のページの違和感に気づいてもう一度最初から、今度は内容にも目を通してみると、書かれているのは私が休んだ日からのもののみだった。教科も一冊のノートに様々で、それぞれページの初めに科目と日にちが書いてある。

 

「これ……」

「あ、それ返さなくていいですから」

 

 彼女が言った言葉からもわかるように、明らかに私のためだけに、彼女の自分のノートとは別に作られたノートであった。これを作るには、授業中に二倍のノートを取るか、暇な時間の多くを割かなければならなかったはずだ。

私は正直な思いを口にしていた。

 

「どうして?」

「え?」

「どうして、こんな面倒なことを?」

 

 別に、頼んだわけでもないのに。こうして昼食を共にすることも今が初めてなのに。それに、今の私に話し掛けるというのも勇気がいるはずだった。

 

「あれ、め、迷惑だったかな?」

 

 彼女は私の問いに困惑し始めてしまった。

 

「ううん、逆。とても助かるわ。だけど……大変だったでしょう。もしかして、先生に頼まれたりしたの?」

 

 私は言ってからそれが非常に無礼なことだと気づいた。けれど、理由が私の頭では思いつかなかったのだ。

 

「誰かがやらなきゃいけないかなって。それに神谷さん、よく私のこと助けてくれるから、そのお礼にって思って」

 

 確かに、私、神谷由里はいじめという不公平な行為が嫌いで、当然のように彼女に助け船を出していた。けれど、直接いじめを糾弾したわけではない。はっきりと嫌だと言わない彼女にも僅かながら責任があると考えていたからだ。もし、彼女が抵抗の意志を少しでも見せていたら私はそれなりの行動を取ろうと思っていた。しかし、斉藤圭織は今日この日まで変わらずに学校生活を送っていた。だから、いじめグループである人達も、その程度じゃ私に手出しすることはなかった。

 

 私はその答えを聞き、私の中に一瞬よぎった希望を捨てた。しかし、それを拾い上げるかのように、彼女の言葉が耳に届いた。

 

「そ、それと、神谷さんとその、お友達になりたいなって。で、でね! 友達なら助け合うのは当たり前かなぁ……って思って、その、まずはそれで……」

 

 彼女の言葉は段々と小さくなっていっていたが、私の耳はそれを一言も聞き漏らさなかった。それは私が今最も求めている言葉が、彼女の口から紡ぎ出されそうだからだった。

 

 黙っていたままの私に不安を感じたのか、赤くした顔を伏せ、自然に上目遣いになった彼女が聞いてくる。

 

「それで私と、と、友達になってくれませんか」

 

 そこから私の体は自然に動いていた。私は彼女がしていたのと同じように、いや、それより強く両手でそのノートを抱きかかえ、満面の笑みを彼女に向けて答えた。

 

「もちろん、よろしくね」

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