二章:好きと嫌いと(16)
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「はあ……」
自動販売機が列を連ねる前に、一人の少女が立っていた。彼女は薄着のパジャマに上着を羽織っている。この時間に一女子高生ともあろう彼女がそのような格好で外に出るのは考え物だったが、どうやらその自動販売機の正面に彼女の家はあるらしい。
彼女は震える手で持った財布から数枚の小銭を取出し、正面の自動販売機の硬貨投入口に入れた。一枚ずつ、三枚の硬貨が音を立てて吸い込まれていき、途端に多くのボタンに赤い光がやどる。彼女は自分が目当てとしていたものを確認し、そのボタンを押した。ガタンという音と共に取出し口に暖かいココアが現れる。
「コーヒーも美味しかったけど、やっぱり私はココアくらい甘い方が好きかな……」
彼女はそう言ってここで開けてしまうかどうか少し迷い、周りを確認してからプルタブを開けてココアを口に含む。
「でも、由里ちゃんもあんなに溶け残るくらい砂糖入れるなら、コーヒー飲むのはどうかと思うけど……」
彼女は先週の週末のことを思いだし、それから順に今日までに起こった出来事を思い出していった。
「やっぱり、いつまでもこんなんじゃダメなんだよね……ちゃんと自分のことは自分で片づけないと、こうやって他の人にも迷惑かけちゃう。由里ちゃんがあんなことをしたのも、あんなに仲が良さそうな佐藤君と由里ちゃんの仲を引き裂いたのも、元はと言えば私のせいなんだよ」
彼女はその後も手に持ったココアを口に含みながらも、独り言を繰り返した。そしてその中身が半分を切り、もう暖かみのほとんどが彼女に奪われたココアの缶は少々冷たいと感じるまでになっていた。その次にその缶を口元にまで運んだ時、彼女は明らかにそれをぬるい、と感じた。そのことが彼女にここにいた時間の長さを思い知らせる。
「さて、家の前だからといって危ないし、早く帰らないと」
彼女が自分の家に向けて足をすすめると、急に背中の方から一陣の強い風が吹き抜けた。
「きゃっ!」
思わず彼女は上着を掴む。不意に現れた風はすぐに消え去り、その次はなかった。彼女は驚き、何となく顔をあげると何か小さなものが上空を通ったのを見ることができた。
「違う、小さいんじゃなくて、すごい遠い……高いところにあるんだ。あれは……ひ、人!?」
彼女はまずそれが人型の何かであることに驚き、続いてその細かい部分までがはっきりと確認できたとき、もっと驚かされることになった。
「あれって……まさか?」
彼女がどこかで、どこかで見たことのある白いワンピース。そう、まるでこの前友人と買い物に行った時に彼女が買ったシンプルな白いワンピースと非常に似ていたように見えた。
「まさか、見間違いだよね?」
彼女は少し考え、そう結論を出した。空飛ぶ人、友人の白いワンピース。非日常に籍を置かない彼女にとって、その結論に至るのは必然であった。ワンピースのデザインがシンプルだったのは確かで、これだけ遠目に見れば同じ様なデザインは五万とある。それが彼女がその結論に至った理由だった。しかし、彼女は気づいていなかった。その結論を出すと言うことは、少なくとも非日常的な空飛ぶ人が存在してしまうということを。
「疲れてるのかも、ご飯食べて、お風呂入って、今日は早く寝ちゃおう」
しかし、彼女の頭の中からは既にそのことは自分の性格改善のために何をしたらいいか、という考えに押し出され、すぐに消えてしまった。
彼女は、残った冷めたココアを飲みながら家に入っていった。
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