二章:好きと嫌いと(15)
「あらゆることに公平であるということは愚かしいことである。
それは自我を破壊するというものである。
人間はその狭い本性の中に、
愛と憎しみという二重の感情を必要とする。
人間は昼と同様、夜を必要としないだろうか。」
そう、彼もそう言っていた。思い返してみれば、彼がふと言ったことには深い意味が込められていた。けど、実は彼自身も何処かの異世界の有名な人間の受け売りだったらしい。
心が静まり、そうして昔のことを思い出す余裕ができていた。私は圭織を愛する、つまり、友達と思う以上、他の人には憎しみ、というと大袈裟になるが、圭織とは違う距離をとる必要がある。それは彩と美奈の時も同じだったし、自然にそうしていた。それは『私』の由里であった部分が気付かなかっただけだった。
それに気付くと圭織に無性に会って謝りたくなった。圭織は許してくれるだろうか? 一緒に買い物に行った時に見せてくれた、普段とは違うはしゃいだ圭織を、また見せてくれるだろうか?
「そうだ……」
私はあることを思い出し、立ち上がってクローゼットを開いた。その中からあの時買った白いワンピースを取り出す。
結局、あの日の夜は値札を取っただけで、これは着なかった。本来の自分にしても、由里にしても、私たちはお互いに柄じゃないと思ったからだ。けど、その意味それぞれ微妙に違っていることに私は私は気がついた。
元の私は着れるもんなら着たい。けど残念ながらスタイルの問題でこの服を着こなせないだろう。元の由里なら着こなせる。けど着たくても理性がそれを邪魔するだろう。では、二人が合わさって、『私』となった今なら?
心の一部が抵抗しようとするが、私自身はもう着たくて着たくて、着た自分を見てみたくて、何より圭織がかわいいと言ってくれたものを着ることで今そばにいない圭織と触れ合える気がして仕方がなかった。
私は着ているものを片付けようとせずにただその場に脱ぎ捨てていった。とにかく、早く着てみたかったのだ。
肩の紐の位置を合わせ、最後に服のなかに入り込んだ髪を外に出した。ゆっくりと体を鏡のほうに向けてみると、私の考えが正しかったことが証明される。そこには今までの学校での冷たい物言いも、あの日の乱暴な行動も決して似合わない、可憐な少女がそこにはいた。
しかし、現実はいつまでもその余韻に浸らせてはくれなかった。鏡に写った顔が唐突に変化した。頭のなかに響く嫌な知らせ。私の魂と同じく、この世界にとって異質なもの。
情報を処理し、ポイントと時間を特定。時間は……三十分後、プラスマイナス十五分。場所は、ポイントA、つまりここ、K県上空。時間も、場所も、余裕がない。普通に行けば武器の調達も考えて、ポイントまでは十分はかかる。いや、違うポイントなら確実に間に合っていなかった。それを幸運と喜ぶべきか。
とにかく、急ごう。部屋から出て、そっと階段を下りる。玄関からは誰も見えないことを確認し、私の靴を手に取った。そのままドアから出ていってもよかったが、ドアを開くと音がするため、家族に気づかれかねない。そのまま靴を持って部屋に戻り、窓から出ていくことにした。机の上の目立つところに書き置きを残していおき、窓についている鍵を開けた。窓を横に開くと冷たい夜風が部屋の中に入ってきて、カーテンと白いワンピースをはためかせた。
――しまった。
よりによってこれを着ているときに。すでに二分が経過した。もう着替えてるような暇はない。しかし、この服が戦闘に向いていないのはもちろん、何よりもこの服を傷つけたく、汚したくなかった。
――さあ、どうする。迷っている時間はない。
「圭織ごめんっ!」
数秒迷った後にそのまま窓から飛び出した。考えている時間がもったいない。下手をするとこの場所なら圭織や家族、知っている人たちだって襲われかねない。それに……
「それに……?」
最後に頭によぎった人物があった。けど、それは私がこっちに来て関わった数少ない人物からだろう。たぶん。とにかく、服一枚くらいと天秤にかけられるようなものじゃない。
今回の敵は何だろう? 私は途中で見つけた工場からまた廃材を少し拝借し、前回と同じ装備を整える。それから力を消費しないよう、スピードを抑えて目的地へと向かった。敵の力量がわからない以上、出せる力は出来るだけ温存すべきだった。