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二章:好きと嫌いと(13)

 

 誰も言葉を発さなかった。周りの意味のない音が余計に聞こえてくる。私はもう一度繰り返した。

 

「何で圭織を助けてくれなかったの?」

「……え?」

 

 まずは驚きの表情が。そして長い沈黙の後、擦れた声が。

 

「あなたは、圭織を助けようとしてくれたの?」

「……」

 

 質問を変える。このところ、私は人を責めてばかりいる。そのことに若干の違和感を覚えつつ、私は彼を追求することにした。もう言ってしまった以上、後には引けなかった。

 

「や、やめようよ! 意味わからないし、佐藤君もわからなくて困ってるみたいだし――」

「圭織は黙ってて。私は佐藤……佐藤愁也君。あなたに聞いているの」

 

 圭織を制し、彼の眼を見つめる。そこに彼のあの優しい眼はなかった。彼の黒目が瞬きをするごとに眼の中を忙しく動き回るのが見える。

 

「意味がわからないのなら、そう言って。そしたら私は謝らなきゃいけないから」

 

 そうであったらいいのに。そしたら私は謝って、謝って謝って――もし彼が許してくれるなら、またさっきみたいにきっと笑いあえるのに。そうじゃなくても、私の中では彼は良い人として終わらせることができる。けれど、この彼の反応を見ていればわかる。神様は普通でない私に簡単には普通を与えてはくれない。

 

「意味がわかるなら、答えて」

 

 彼は下唇を強く噛む。そのまま、口を開けようとはしなかった。

 

 彼は、あの日、あの時、あの教室から出てきたのだ。そして私がその直後に入った時、既にあの状況はあった。だから、彼は見ていてなければいけない。あれを。もし、あれを見て何もしなかったのなら、それは圭織を助けなかったのと同義だ。私を助けて、圭織を助けない理由。そんなの見あたらない。違いは数日前にお互い知り合っていたかだけ。もしそれが理由だったとしても、知り合いじゃないから助けないという今の私にとって理不尽な理由は納得できるものではなかった。

 

 予鈴が鳴った。それに驚いたのかどうかはしらないが、ようやく彼の口が開く。しかし、開いただけでそこから言葉は発せられなかった。何度かこの息苦しさから逃れようとして空気を吸うようにして、しかしこの重い空気を吸い込みそれを吐き出す。彼は数秒、そうして口を動かしていて、ようやくそこから言葉を捻りだした。

 

「……ごめん。言い訳は、しない」

 

 再び、擦れた声。私の中でおこる失望。何故私は助けたのか? その短い質問をすることは容易いが、私の中で沸き起こるある感情がそれを止める。彼が答える可能性のあるその回答は万に一つだとしても、今の彼から聞いても嬉しくもない。そんな感情が私の中に芽生えていたことに驚き、圭織を見て私は自分のその心を罵った。私は圭織の手を取り、その場を立った。

 

「そういうの、よくないと思う。公平じゃない」

 

 私は座ってうつむいたままの彼にそう言い残して振り返り、私を止めようとする圭織を無視し、教室へ戻った。圭織と一緒に教室に着いたのは、本鈴が鳴るのとほぼ同時だった。

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