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二章:好きと嫌いと(12)

 

 佐藤君は高い背を伸ばして教室をざっと見渡す。私が彼の声に気づいてそっちを見ると目があった。すると手に持っていた数枚のプリントをその場で手放し、こちらへと駆けてくる。

 

「放せよ、深谷!」

「やっ!」

 

 その怒声をあげるのと同時に私の胸元を掴んでいる手の手首を掴んだ。窮屈になっていた私の首元がすっとゆるむ。深谷と呼ばれた女子はその手を振り払い、左手でその自分の右手の手首をつかみ、彼を睨んだ。

 

「な……何よ、佐藤。あんたは関係ないでしょ」

 

 彼は何も言わずにドアまで引き返し、先程のプリントを集めた。それを手で二、三度はたき、彼女に突き付ける。

 

「これ、先生から。渡せばわかるって」

 

 彼は他に何も言わなかった。最初のうちは互いに目を逸らさず向かい合っていたが、彼女の方が舌打ちして目を伏せた。左手でそれをひったくる様に取り、教室を出ていった。

 

「大丈夫?」

 

 彼は私の方を向いて言った。私は制服の乱れた胸元を直し、小さく頷いて礼を言った。

 

「ありがとう……」

 

 そのまま私は彼女達のほうを見た。彼女達はさっきとはうってかわって表情を堅くしている。この流れからして、この昼休み中この教室に留まるのは得策ではない。動くなら今だった。

 

 私は彼女達に、自分の机に近づいて行っき、鞄の中から弁当箱を取り出した。そのまま圭織のもとに行き、圭織の手を引いて同じことをした。今度は彼女たちは後ずさりはすれど、その行動をただ傍観しているだけだった。

 

「どこか別のところに行って食べよう」

 

 慌てて頷く圭織の手を取って振り向くと、目前に彼の顔があり、私は驚いて歩みを止めた。

 

「昼、まだなら一緒にどう?」

 

 私は圭織に振り返った。圭織はまた小さく頷いた。私はもう一度佐藤君のほうを見た。断る理由は特に無かったし、彼への貸しが二つに増えた私に断る術もなかった。

 

 

 

「何はともあれ、ありがとう、佐藤君」

 

 食堂で三人分の空いた席を見つけて腰を落ち着けるなり、私は言った。

 

「いいよ、大したことじゃないし」

 

 佐藤君はそう言って圭織のことをみた。

 

「ともかく、自己紹介かな……初めまして。佐藤愁也です」

「あ、は、はい! さ、斉藤圭織といいます。その、先程はありがとうございました……」

 

 圭織の顔は赤くなり、声は段々と小さくなっていく。顔も伏せられている。同姓と話すときも引っ込み思案なのだから、異性の前でこれなら上出来と言ったところだ。

 

「彼女は私の友達なの。そしてこっちは佐藤君。この間もちょっと困ってる時に助けてもらって」

 

 必然的に両方を知っている私が間に入ることになる。と言っても、圭織も佐藤君も最近知り合ったばかり。佐藤君は三日前、圭織ですらまだ半月と経っていない。でも、私がその付き合いをちゃんと知っている、私の友達。

 

 その後は三人で軽い話をしながら食事をとった。私と圭織は持ってきた弁当を、佐藤君は自己紹介の後で買ってきた食堂のカレーライスを。主に話すのは私と佐藤君で、私が圭織に振ると圭織も言葉少なながらもそれに答えた。

 

 食事の時は人数が多ければ多いほど楽しい。というのが定説だ。だから、私は圭織と二人でお昼を食べているのも楽しいが、今はもっと楽しい。佐藤君が加わったことで会話にもバリエーションが増えている。普段は私が積極的に話題を出しているので話題も偏るが、今日は佐藤君も話題をどんどん出してくれるので新鮮だった。圭織もいつもより笑顔が多いような気がして、私はほっとした。

 

 だから、だからこそ私は言いたくなかった。聞きたくなかった。その質問を。この楽しい時間を崩すのが嫌だった。でも私は気付いてしまった。気付いたからには放っておくことは出来ない。この質問の返答次第では、この彼が私たちの敵だということもあり得る。この考えにたどり着いたとき、私は戦闘用にあらゆる場面を瞬時に想定してしまう私の頭を呪った。私に出来るのはその質問を先延ばしに、この時間の終わる時、つまり昼休みの終わりぎわにすることだけだった。

 

「ねえ、佐藤君。私、真剣な話があるの」

 

 それは話に一段落が着いた頃、昼休みの終わる10分ほど前。教室に戻り、次の授業の準備をすることを考えると限界の時間。既に私達はみんな食べ終わっており、いつでも席を立つことができた。後はきっかけだけだった。そのまま「さよなら」と席を立つか、今度また一緒に食べようなんて今後のことを話すか。私が投げかける質問はある意味で今後のこの三人の関係に大きな意味を持っていた。

 

「え、何?」

「昨日、私たち廊下で偶然出会ったじゃない」

「昨日? あ、ああ、確かに……」

 

 そこで佐藤君は急に歯切れが悪くなった。私の横で圭織の顔が強ばったのも見て取れた。二人とも、私の言おうとしていることがわかったのかもしれない。しかし、外れて欲しかった。今から口にだし、彼の確認がとれるまではあくまでも私の推測に過ぎない。

 

「あの時、佐藤君、教室から出てきたよね」

 

 今度は彼は何も応えなかった。

 

「何で圭織を助けてくれなかったの?」

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