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一章:いつもと違う朝(1)

 

「……よし」

 

 大丈夫。これまでだって家族の前ではちゃんと振る舞えた。少しおかしなところがあっても、事故と、その事故で友達、親友を二人いっぺんに失ったショックのせいだってみんな思ってくれるだろう。そのうちに慣れていけばいい。

 

 前髪をシンプルな青い髪留めを使ってとめる。顔に意味があるかどうかわからない程度の薄い化粧を施し、クローゼットを開けた。中からハンガーにかけてある薄い青色のワイシャツを手に取った。

 

 上から順にボタンをとめていき、それを終えると紺色のチェックが入ったプリーツスカートを履いた。ファスナーが上まで上がっているかを二、三度チェックし、学校指定の黒い鞄を手に取った。ここまでは、いつも通り。事故の以前に学校に通っていたときと表面上は同じだ。

 

 部屋を出て階段を降りていくと、玄関が見えてきた。玄関にはお母さんの靴と、弟の正和の靴。そして私の私用の靴。お父さんは既に会社に行ってしまったため、靴はもうない。私は玄関の靴棚を開き、そこから革靴を取り出す。いつもはほとんど毎日履いているために玄関に出ている。なんてことはないが、まず一つ目のいつもとは違う点だった。

 

 私が階段から降りてきた音を聞きつけたのか、お母さんが居間から出てきた。私はその不安そうな表情のお母さんに顔を向ける。

 

「お母さん、行ってきます」

「由里、本当に大丈夫?」

 

 これも、いつもとは違う。私はにこりとお母さんに笑い掛けて言う。

 

「もう大丈夫。それに学校、いつまでも休んでられないしね」

「そう……。じゃあ気をつけるのよ、具合が悪くなったら先生に行ってすぐに帰ってらっしゃい」

「うん、行ってきます」

「いってらっしゃい、由里」

 

 私はその会話でいつもよりちょっと遅れ、7:30をちょっと過ぎたあたりで家を出た。その後も最初は駅までの道を眺めながら歩いていたため、少しいつもよりも遅くなってるようだ。私はポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認した。7:42、普段ならもうとっくに通り過ぎているはずの公園が今は横にある。朝早いということもあり、公園には誰もいなかった。私は少々急ぐことにした。

 

 7:51に駅に着き、7:53の電車に乗る。なんとか、いつもの電車に乗ることができた。ここ数日は家にいた私にとって、途中この電車に間に合うためにした小走りは体に少し負担をかけたようだ。私は肩にかけた鞄を下ろし、座席に座ると、電車が到着するまでの時間を潰すために鞄の中に入っている文庫本を開いた。その文庫本はずっと鞄に入っていたものだった。挟まれていた栞のページを開く。内容はうろ覚えではあるがわかっているのだが、なんだか面白くなく、気分が悪くなり私は文庫本を閉じた。

 

 8:16、降車駅に着き、徒歩五分の学校に向かう。他の不特定多数の生徒と共に校門をくぐり、下駄箱につき、教室のドアを開く。

 

 外にまで聞こえていた教室内のおしゃべりが小さくなり、ぽつぽつと止んでいった。クラス中の視線が私に向く。予想だにしない突然のことに私はうろたえ、顔をうつむけて自分の席に着いた。するとまたぽつぽつとおしゃべりが始まった。しかし、その中には今までとは違った種類の声でのおしゃべりが混じっていた。私はそれを出来るだけ気にしないように心がけ、一限目の古典の授業の用意をする。

 

 三つ目の違う点だった。いつもだったらまず彩乃と美奈が――。そう思ってその友人達の席を見た。しかし、席は既に詰められ、違うクラスメートがそこに座っていた。仕方ないとは知りながらも、私は心の奥ではそれを嫌がっているようだった。

 

 チャイムが鳴り、担任の松原先生が入ってきた。出席をとるさいに、私のところで少し止まった。

 

「神谷、もう大丈夫か」

 

 大丈夫じゃない。そう言いたかった。けど、何事もなかったように扱って欲しかった。それはさっき彩乃と美奈の席の方を見たときの考えとは矛盾している。

 

「はい」

 

 けれど、 私はいつもの『由里』の通りにした。

 

「そうか。じゃあ次、神崎――」 

 

 その後は普段と変わらずにいくつかの伝達事項を伝え、松原先生は教室を出ていった。習慣的にその全てを頭に入れた。これを後は普段通りにどうせ聞いていない美奈に……。美奈の席の方を見る。そうか、美奈はもういない。

 

 しかし、私の親友が二人いなくなっても普段通り授業は始まった。よく考えれば二人がいなくなってからの学校が始めてなのは私だけだ。他のクラスメートたちはすでにその状態で何日か過ごしている。授業中、私の頭には何も入らず、ただ黒板をノートに写し取っているだけで時間が過ぎていった。

 

 これでいいのだろうか、『由里』なら、こうはしないのだろうに。考えないでただ写し取ったノートを眺めながらそう思った。

 

 昼休みになり、私は一人でお弁当を食べることにした。誰にも気を遣わせないし、誰にも気を遣わなくていい。と言ってしまえば聞こえがいいが、ようするにもう一緒に食べる友達がいない。

 

 弁当箱を取出し、箸を手に取ったところで、私の弁当箱を覆う影に気付いた。

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