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二章:好きと嫌いと(3)

 

「はぁ……」

 

 棒のようになった脚をなんとか動かし、体をベッドに着地させた。全身の力を全てベッドに預ける。こうすると、自分の体に溜まった疲れを全部、ベッドが吸い取ってくれるようだった。

 

 顔だけを動かして時計を見る。針は七時ちょっと前を指していた。朝、圭織にあってから実に九時間近くたっている。疲れて当たり前だ。

 

 圭織とのショッピングはとても楽しかった。下手にはしゃいでしまってはボロが出る……そんな風に思っていたのは最初だけ。途中からはそんなことを忘れて二人ではしゃぎまわっていた。しかも、そうした方が由里に近いような不思議な感覚を覚えたのだ。そして、由里の思考を何度辿ってみても、私でもそうするという結論が出る。

 

 それはたぶん、由里が本当に仲の良い友達の前ではこうなのが正しく、圭織は本当に仲の良い友達だと認めた証拠なのかもしれない。私は不気味、と思いつつもベッドの上で一人笑みを浮かべていた。

 

「そうだ、服」

 

 少しの間布団に身を預けた後、私は起き上がった。今日買ってきた服を見ることにしたのだ。買ってきた服はその日、お風呂に入った後に着てみるのが由里の習慣である。そしてその前準備として一通り広げて並べてみるのもまた、習慣である。そうした後お風呂に入りながら自分の手持ちの服を思い出し、無理のない組み合わせを考えるのだ。

 

 今日は見るだけ、と言っていた私はどこに行ったのやら、結局見てしまえば欲しくなる。今日買ってきたのはシンプルな空色と薄いピンクのカットソーが一枚ずつ、ショートパンツが一枚、そして……

 

「やっぱ、可愛過ぎるんじゃないかな……」

 

 思わず声に出てしまう。聞かれて困ることではないけど、聞かせることでもない。ドアが閉まっていることを確認し、私は目の前にある一枚の服を手に取った。

 

 私の手の中にあるのは白いキャミソールのワンピース。シンプルなデザインのところどころにあしらわれたフリルや装飾がついている。胸元にはワンポイントのアクセントに青い花が刺繍されていた。

 

 圭織とウィンドウショッピングを楽しんでいる途中にふと目に入ったこの服。私は一目でこの服を気に入った。数秒心を奪われてしまったが、冷静に考えて由里の柄じゃないと思い、すぐに圭織に目をやった。しかし、何も言わずに圭織を見たはずなのに、なぜか目が合ってしまい、私は恥ずかしくなった。圭織の方は全然気にならなかったのか、私を見るとにっこりと笑い、私の見ていたワンピースに向かって歩いていったのだった……。

 

 

「これ、可愛い……」

 

 圭織も私と同じように目を奪われたかのようにそのワンピースを見た。私は一人で恥ずかしくなっていたことにもっと恥ずかしくなり、それと同時にそのワンピースの綺麗で、儚げな感じが圭織なら似合う、と思っていた。

 

「この服可愛いよ、由里ちゃん」

「うん、私も思った。圭織に似合うかなって」

 

 咄嗟に嘘をついてしまった。けど、そう思ったのは事実だし、服も似合う人に着てもらった方が嬉しいだろう。それに、私が着ないのなら、私が見つけたこの服を誰か、とりわけ圭織に着てもらえるならいいと思った。

 

 しかし、圭織は驚いたようで、目をパチクリさせていた。

 

「え? 由里ちゃんが欲しいんじゃないの?」

「えっ、いや、私は別に……」

「でも、凄い目で見てたよ。なんか吸い込まれそうな目だった」

「そ、それは……ほら、でもサイズが!」

「大丈夫だよ、ほら」

「いや、やっぱり――」

 

 本当のことで否定する必要もないはずなのに、口からは次から次へと言い訳が出てきた。なぜか圭織はいつものおどおどとした圭織とは違って、一歩も引かなかった。次第に興奮してきたのか、声もはっきりと、大きくなってきている。

 

「絶対これいいって! 私も良いと思ったけど、こういうのは見つけたもん勝ちだよ」

「で、でも、私にこんな可愛いの似合わないし……」

「そんなことないよ、絶対可愛い。由里ちゃんに似合うよ」

「け、けど……」

 

 私の心は揺れた。圭織が熱心に勧めてくれたというのも嬉かった。なんたって、私は着たいのだ。

 

「もしかして、お金足りないとか。貸してあげるよ?」

 

 圭織は値札を探した。それを横から恐る恐るチェックする。それなりにはするが、そこまで高いわけじゃない。手持ちのお金で十分お釣りがくるレベルだった。私はほっと息をついた。

 

「じゃあ、はい」

「え、えっ!?」

 

 圭織はそのワンピースを手にとって私の胸に押しつけた。

 

「まだ買うって言ってないのに」

「やっぱり欲しいんでしょ? 買わないなら私が買っちゃうよ」


 それを聞くとやはり欲しい。圭織を見ると私の手元を見てにやにやしていた。気づけば私はその圭織の言葉を聞き、思わず手に力を込めていたようだ。がっしりとそのワンピースを握っている。

 

「ほらほら」

 

 圭織は私の後ろに回ると、レジの方に向けて私を押し始めた。

 

「ちょ、ちょっと、やっぱり圭織のほうが……」

「ほらほら、プライド張って買わなかったら後で損するよ。そんなに欲しそうなんだから」

 

 学校という枠組みから出た圭織はこんなにも行動的なのか。私はそれに驚きつつも、それは相手が私だからこうなる、そうだったらいいなんて思っていた。

 

 私は財布を取り出してレジに表示された代金を支払い、お釣りを受け取る。そしてその後、その返ってきたお釣りは私と圭織のお腹に収まるのだった。

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