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一章:いつもと違う朝(11)

 

 翌日の朝、私は電車の中で圭織に会った。私が先に電車に乗っていて、吊革に掴まってうつらうつらとしているところを見つかったのだ。

 

「お、おはよう、神谷さん――じゃなくて、由里ちゃん」

「おはよう、圭織」

 

 私はあまり笑い過ぎないように抑えた笑顔で圭織の顔を見た。互いに朝の挨拶を済ませると、圭織が私の脚の方をちらりと見たのに気づいた。その先には昨日の戦闘でおった鞭で打たれたような跡が残っている。それについて聞きたそうなのは見て明らかにわかるのだが、踏ん切りがつかないのか、圭織はなかなか言い出そうとはしない。

 

「どうかしたの?」

 

 出来るだけ突き放した言い方にならずにかつ、怒っているわけではないことを示すために首を傾けて少し下からのぞき込むように助け船を入れた。

 

「あ、うん。えっとね、その脚どうしたのかなって」

「ああ、えっと、その、これは……」

 

 私は馬鹿だ。その質問が来るのがわかっていながら答えを用意していなかった。しかも自分で助け船を出したというのに。でも、不自然についたこの跡は誰でも見れば疑問に思うだろう。となれば何か上手い理由を考えておかなければ後々困ることになることも確かだ。事実、朝は家族からこの傷を隠すためにギリギリまで長ズボンのパジャマを着ていたり、鞄で隠したりと大変だったのだ。私は眠い頭を上手く回して言い訳を考えた。

 

「縄跳び……、そう。縄跳びなの。私ね、中学生の弟がいるんだけどね、昨日弟に縄跳び教えてあげようとして久しぶりに跳んでみたら、思いっ切り脚に引っかけちゃって……」

 

 自分で言うのも何だが、とっさにしては上手い嘘ではないかと思った。圭織も、それで理解したようだ。しかし、別に追いつめようとしているわけではないのだろうが、圭織の追求はまだ続いた。

 

「へぇ。で、でも、昨日は体調良くなくて部活休んだって放課後言ってたよね。縄跳びとかやって、体大丈夫だった?」

「それはそうなんだけど……、ちょっと寝たらなんか元気になっちゃって、体力も余っちゃっててさ」

「でも、なんか由里ちゃん眠そうだね。本当に大丈夫? その、お節介かもしれないけど、無理はしないほうがいいよ?」

 

 うーん、なかなか手強いようだ。本当に心配してくれていて、それに対して嘘をつき続けているのにも罪悪感が湧く。

 

「そ、それは…………ほら、昨日の圭織のノートを少し写してたから!」

「あっ、あのノートどうかな。見づらかったりして……」

「全然、読みやすい字だし、本当に助かったよ。そう、うちのお母さんにも言ったんだけど、そしたらお礼に家に呼んだら、って」

「本当? 良かった……」

 

 圭織は笑ってそう言った。こっちが慌てながら必死に嘘をどんどんついているというのに、そんなことはお構いなしだ。まあ、当然なんだけど。

 

「うん。だから今度家においでよ。大した物は出てこないけど。それよりも、圭織もいつもこの時間にここに乗ってるの?」

 

 嘘は嘘を呼ぶ。これ以上嘘をつくとどこかで綻びが出てくる気がするということもあり、あまり嘘をつくのもよくないと思い、話題を逸らすことにした。

 

 私はいつもこの時間のこの電車、そしていつも同じこの車両に乗っている。なので、圭織がこの時間にここと決めているか、そうでなくても大体この時間とか、この辺の車両と決めていれば何度かは顔を合わせているはずなのだ。けど、私、には入学以来圭織のことを見た記憶はない。

 

「ううん、いつもはもう一本か二本遅いの。私、朝早く学校に行くってあまり好きじゃないんだ……」

 

 圭織はそっちの話に興味を持ってくれたようだ。とりあえずは一安心。しかし、最後のその歯切れの悪さに少し引っかかった。クラスで見ている圭織の印象を纏めてみると、特別仲良くしている友達がいるわけでもなさそうだった。何よりクラスの一部のいじめグループからからかわれることを考えれば、学校に早くから行くというのは抵抗があったのかもしれない。

 

 じゃあ、今日はどうして? 私がそれを聞こうかどうか、何か聞いてまずいことがないか考えている間に、圭織は話を続けた。

 

「でも、今日は学校が楽しみで、その、ちょっと早く起きちゃったんだ。それで家でぼうっとしているのも、変かなって、だから早く出ちゃった」

「え?」

 

 その言葉を聞いて、私の頭には一つの考えが浮かんだ。けど、それをこの私の口から言うにはあまりにも恥ずかしいことだったので、その考えはひとまず胸にしまった。

 

「こ、今度からは今日くらいに起きて、この時間の電車に乗れるよう頑張ってみようかな。そうすれば、神……由里ちゃんと、その、一緒に学校に行けるし……」

「え……?」

「あ、それはそう、由里ちゃんが迷惑じゃなければだけど……」

「本当に!? 今度からそうしよ、ね?」

 

 私は思わず大声を上げてしまった。周りの視線が私達、主に私に集中する。私は恥ずかしくなって顔をうつむけた。顔が火照って熱い。きっと、圭織の目には真っ赤な顔の私が映っているだろう。

 

 圭織も少し顔を赤らめながら、笑って呟いた。

 

「なんか、私誤解してたみたい」

「え?」

 

 不意に圭織にそう言われため、私には何のことかわからなかったので、聞き返した。二人とも今度は小さな、周りに聞こえないような声で話した。

 

「私ね、由里ちゃんって、その、私のことを助けてくれていたりしたけど、なんていうか、クール、って感じで実はちょっと近づきづらかったんだ」

 

 その言葉を聞いてあまりいい気にはなれなかった。そのころの由里は私ではないのだが、今の私にもその時の記憶や考え方はわかる。その私はそのような印象を周りに与えようとしていたつもりはなかったので、がっかりした。

 

「けど、西野さんや、霧島さんと一緒に居るときは笑ってたりして、よくわからなかった。でも、昨日今日って見てたら由里ちゃんも普通の女の子なのかなって思った」

 

 今度は複雑な気分になる。私としてはそうしていたいのだが、由里としては失敗だ。周りに由里とは違う印象を与えかねない。私は恐る恐る聞いてみた。

 

「変、かな……?」

 

 するとすかさず、圭織の表情がとんでもないといわんばかりに代わり、吊革にかけていた手を大きく振った。

 

「ううん! とっても良いと思うよ? 今みたいに慌てたり、照れたり、昨日みたいに笑ってる由里ちゃん、とってもいいよ?」

「でも、似合わないでしょ? そう、キャラじゃないっていうか……」

 

 圭織の言葉は嬉しかったが、私は由里というキャラクターを演じなくてはいけないのだ。この世界では私は由里そのものなのだから。

 

 何らかの方法で由里ではないと見破られてしまってはいけない。出来れば、疑いを持たれることすらよくない。

 

「ううん、絶対にそっちの方がいいと思う。すぐにみんな慣れると思うし。それに、この前あんなことがあったばかりーーごめん」

「ううん、続けて?」

「うん。人間なんだから、変わったっていいんだよ。無理しないで、自分の思ったとおりにすればそれが由里ちゃんなんだから」

 

 圭織の言葉にドキリとした。そうか、思っても見なかったことだけど、由里だって変わるかもしれないんだ。それは大きな変化だったらおかしいと思われるかもしれない。けど、全部が全部、由里にあわせる必要はない。そんな神経質になる必要はなくて、もうちょっと自分の好きなように行動してもいいのかもしれない。そんな風に思うことができた。

 

 心の奥を探ってみれば、由里も周りに対しての由里のイメージがよくないことは薄々わかっていたようだ。家の中や親友であった彩乃や美奈と一緒の時の由里は、周りが思っている由里のイメージとは違った。そうやってみんなと接してみたいと考えたこともあった。

 

「圭織」

「わ、私今度は偉そうなこと言っちゃったかも……」

「ううん、ありがと」

 

 私はその控えめな新しい友人、この世界での初めての友人に感謝の気持ちを述べた。

 

 昨日の朝、そして今日の朝。それはいつもとは違う朝だったけれど、二つもまたそれぞれ違った。こんな風に違う朝は沢山の種類がある。その中でも私は今日、当たりを引いたのかもしれない。

 

 これからの由里としての生活が、楽しくなる気がする朝だった。

 

 

 一章:いつもとは違う朝 Fin

 

一章、これにて完結となります。ここまで読んでくださってありがとうございました。


この章では舞台説明や主人公である由里、その置かれている状況の説明、そして友人である圭織の登場が中心です。


次の二章からはこの作品のメインテーマに入っていくと共に、圭織との関係、もう一人の重要な人物の登場がテーマです。


今後も厳しい評価、感想よろしくお願いします。

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