五章:ひとつひとつ(9)
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何度経験しても慣れない、実戦前のこの感覚。戦闘に入ってしまえば考えることは限られてくる。いかに敵を排除するか。素早く、目立たずに、被害を最小限に。
そのためにとる行動はもう半ば機械化されている。けれど、実際は違った。前回の戦闘、圭織を巻き込んだ戦闘ではその重みが違った。互いが互いを指揮する訓練は何度もやった。相手の力量を知り、それを踏まえて最良の行動を取る。だから、慣れていたはずだった。けれど実戦は違う。いくら先を予測しても、全ての事象が自分の思い通りにいくわけじゃない。失敗したときに失うのは自分だけじゃない、大切な他人。
今度はどうだ? 誰を巻き込む? 巻き込まないためには、どうしたらいい?
ぐるぐると同じ事を考え続け、答えの出ない問いを繰り返す。
悩む。悩み、悩み、悩む。
そして答えが出ることはないまま、戦闘は始まる。
歪みが広がる。中から太さを持った何かが私に襲い掛かる。私はそれを容易く避けた。正体のわからないものに触れるのは得策ではない。その斜線上に眼をやると、運よく人はいない。
速度は緩まらず、それは一瞬のうちに地面までたどり着く。たどり着いたところで、それはコンクリートで舗装された道路を抉り、動きを止めてピンと張り詰めた。既に私の目はそれが何かを捉えていた。そして眼が捉えると同時に、体は動いている。私の右手に握られたナイフが一閃し、その緑色のものを切り裂いた。それはおそらく、植物。つたの様な物だろう。切られた部分から下は自重で緩やかに落下していく。それがこの高さから地面に落ちきるまでの間、化け物は歪みの中から同様の攻撃を幾度も私に仕掛ける。私はそれを全てかわし、切り裂き、かわし、切り裂いた。
十数回は同じことを繰り返した。幸い、歪みの方向は地面に対して横向きのため、相手の街への攻撃範囲は狭い。相手の攻撃の斜線上に人が見えたかどうかに関わらず、それが地面にたどり着く前に切り裂いた。
元にあたる方は切り裂かれると素早くその身を歪みの中に潜めた。このままこれを繰り返すのなら、望むところだ。どれほどあるかはわからないが、相手が植物とわかった以上、隙を見つけて火をつければいい。ただし、それは安全が確認できてからだ。植物の中には火をつけることで猛毒のガスをだすものもあるし、その火達磨になった植物が街の中を暴れまわれば眼も当てられない。
私は試しに左手でナイフを引き抜き、それを歪みの中に放る。すると、歪みの中からナイフが刺さる鈍い音が聞こえ、攻撃は止まった。
私は身構える。と、同時に、左手にエネルギーを集中させた。もしも本体が出てきたらそれで一瞬で焼き尽くす。何も残らない、灰になるほどの火力をあてればいい。
その私を嘲笑うかのように下方から空気を切り裂く音が聞こえてくる。四本のつたが私の四肢を捉え、拘束しようとする。巻きついたつるがくるっと回転する前に私は左手を抜いた。視線を下に向けると切り離したつるがコンクリートに根を張り、私をめがけて一斉に襲い掛かってきていた。
「くっ!」
蓄積したエネルギーを分散させてそれぞれのつたに放つ。しかしこの能力は苦手分野で、エネルギーの量が大きすぎた。放たれた炎は適切な数に別れずにつたに襲い掛かった。その分中心の一つが大きくなったために広範囲をカバーしたため、ほとんどは燃やし尽くすことができた。分けられた炎はそれぞれのつたに着火し、空気を取り込んで根元まで燃え移っていった。
しかし取りこぼしがあったようだ。残った二本のつたが私の左側から襲い掛かった。体をそらし、一本は回避したが残りの一本は私の左腕の表皮を剥ぎ取っていった。崩れた体勢から僅かなエネルギーを放ち、その二本のつたに着火させる。
「なにっ!?」
その崩れた体勢が幸いしたのか、歪みが視界の端に写っていた。そこからその植物の本体のように見えるものがゆっくりと姿を現す。私は驚きの声をあげたが、動きの遅い主戦力を複数の兵を犠牲にして戦いの場へとすすめる。当然といえば当然である。
しかし、動きが遅いというのならこちらのものだ――その考えが甘いのか、私はまた裏をつかれる形となる。私が姿勢を御しようとする間に、私の左後方から二本のつたが伸び、化け物の本体を捉え、伸びたつたは同速度で逆側に加速した。
相手は大量にあるであろうつたを十数本使用し、私は武器であるナイフを一本失った。相手の本体に私が放ったナイフが刺さっていたのが見えたが、とてもダメージを与えられたようには見えなかった。そして私は左腕に僅かな傷を負った。意識するとじくじくと痛む。眼をやれば出血していたが、たいしたことはない。物理的に見ればイーブンにも見れる。しかし私は最初から戦いのリングに上がっているという優位をこれで失った。そして、下を見れば私が放った炎が幾つかの建造物に火をつけ火災をおこしている。ざっと見たところ人的な被害はないようにみえるのがせめてもの救いだ。
ここまでのやり取りは完全に私の負け。認めざるを得ない状況だ。