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五章:ひとつひとつ(8)

 

 *****

 

 授業終了のチャイムが鳴る。片付けは終了の五分前に既に終わらせていたので、周りの友人数人に一言かけながら教室を飛び出した。後ろからからかう声が聞こえてくるが、気にしない。だってそれは事実だったし、他人から聞かされることでそれがダメ押しのように自分の幸せさを感じさせるから。隣の教室に行き、後ろのドアからそっと、授業が終わっていることを確認する。ドアを横に開くと坊主頭の集団が大量の荷物を持って駆け足で教室から出て行った。僕はそれにあっけに取られ、きょとんとした後に教室の目当ての席を覗き込んだ。

 

「あれ?」

 

 しかし、そこには誰も座っていなかった。どう考えても彼女があの坊主頭の集団よりも急ぐ用事があったとは思わないし、それに、彼女とは水曜日は毎週待ち合わせているから、急用なら何か連絡があってもいいはずだった。

 

 僕はドアの近くに座る彼女の友達に声をかける。

 

「あ、森さん。由里知らない?」

 

 彼女は面倒そうに――慣れてわかったがこれが彼女のスタイルらしい――手を止めてこちらを見た。

 

「由里? なんか頭が痛いって休み時間に保健室に行ったけど」

「え?」

「連れてったのは圭織だから詳しいことは圭織に聞けば?」

「あ、うん。ありがとう」

 

 できれば早く聞いてしまいたかったし、森さんとはあまり喋らないため、自分の彼女の友達としては少し話をしておきたかったのだが、これ以上聞くのはなぜか躊躇われた。後から思い返してみれば、彼女のきつい目つきも素っ気無い態度も声も、普段の五割増しぐらいのような気がした。

 

「圭織ちゃん」

 

 そそくさと教室に入り込み、由里の一番の友達の下へと向かう。

 

「あ、愁也君。由里ちゃんのことだよね?」

「そう、具合悪いって聞いたんだけど」

 

 昼休みのことを思い返す。あの時は体調が悪そうな様子は見せてなかった。確かに幾つか、上の空で返されたようなことはあったけど。

 

「うん、ちょっと頭が痛いって言うから保健室に連れてったんだ。そのまま早退しちゃったみたい」

「そうなの? 大丈夫かな……」

 

 早退するほどならよっぽどということだ。今更ながらに心配になってきて、ポケットから携帯電話を取り出す。短縮ダイヤルに登録されている由里の番号を呼び出し、コールボタンを押そうと思ったところで指が一瞬止まり、メールをすることにした。頭が痛いというなら今は寝てるかもしれない。起こすのは悪い。

 

「えーっと、それで、由里ちゃんから頼まれてることがあるんだけど……」

「由里から?」

 

 僕はメールを送り終えると携帯電話を閉じた。これからお見舞いに行こうと思っていたのだが、それならその用事を片付けてからだ。

 

「うん。あと、千晴ちゃんと裕子ちゃんも」

「私たちも?」

 

 気づけば森さんが後ろに立っていた。相変わらず、不機嫌なようだった。何かあったのだろうか?

 

「うん……さっきメールで。明日までにやらなきゃいけない調べものがあるんだって。図書室の資料で足りるだろうから。それを一緒に調べて欲しいんだけど。四人だと早く終わりそうじゃない?」

 

 森さんは静かに目を閉じた。

 

「何を調べなきゃいけないの?」

「……化学のレポート。詳しいことはわからないけど、何冊か本を借りてきて欲しいらしいんだ」

「それって、本当にユリリンが頼んだの?」

「ううん。早退するってメールのあとにそういう話が出て、じゃあ借りてきてあげるってことになって」

「なんか、ユリリンっぽくないよね」

 

 次々と圭織ちゃんは出される質問に答えていく。この前聞いた話だと、確かに由里は明日提出の化学のレポートがあるらしい。けれど、確かにそれを頼んでしまうのは由里らしくない気もする。けど、気を許しているからこそ頼んできたとも取れる。しかし、それがどんなものでも四人は多すぎる気がした。

 

「ねえ、圭織。あなたは嘘はついてない?」

「ついて、ないよ」

 

 あなたは、というのはどういうことだろうか。そして、圭織ちゃんの今の答えのぎこちなさはなんだろうか。僕は目の前で繰り広げられる問答を不自然には思えても、意味がわからず、ただ途方にくれていた。

 

「じゃあカオリン、何か隠していることはないの?」

「…………ない」

 

 圭織ちゃんはぼそっと、顔を逸らしていった。その顔が苦痛に歪む。明らかにそれは嘘だった。本人もきっと僕たちに気づかれたことはわかっているだろう。けど、嘘をつかざるをえない――つまり隠さざるをえないことがあるというジレンマに悩まされているように見えた。そしてその本気で悩んでいる顔が、その隠していることが冗談などの類ではなく、重要なものであるということを確信させた。

 

「ねえ、圭織。由里と圭織は、すっごく仲がいいよね。周りが羨むくらい。私たち二人はいいなって思ったんだよね、それを。あんなに互いのことを思える二人ならって。絶対周りから避けられてるのはおかしいって、話せば絶対面白いだろうし、いい人たちだろうって」

 

 そこで森さんは芳野さんに目配せした。いつも元気で、どんな時でも楽しそうな芳野さんの顔は崩れていた。彼女は小さくうなずいた。その仕草から、不安がっているのが感じ取れる。

 

「ねえ、圭織。私たちってさ、本当に圭織と由里の友達――」

「――やめようよ!」

 

 大声を上げていた。僕が。三人はこっちを見ている。驚いたようだった。それだけじゃない、この教室に残っている多くの人がこっちを見た。けれど、その誰よりも一番驚いていたのは僕だった。目の前で繰り広げられる口論が何を言わんとしていたかは詳しくはわからなかったけど、森さんが言おうとした先は今は言ってはいけない気がした。少なくとも、本人のいないこの場では。

 

 三人にじっと見つめられ、僕はうろたえる。何か、言わなければいけない。彼女たちの間にわざわざ割って入った理由を。僕の意見を。

 

「えっと、ちょっと、待って……僕が言いたいのは、その。由里がいないのに圭織ちゃんを責めるのはおかしいっていうか、それは圭織ちゃんが由里の何かをどうにかしてるからってことで……えーっと」

 

 自分でも何を言ってるのかわからなかった。当然だ。頭の中で何も整理されていないのだから。

 

「……そうだね。ユリリンがいないのに話してもしょうがないよね」

「うん、何があるのかは知らないけど、友達のことをしゃべらせるなんてよくないことだった。今私、最低なこと言おうとしてた……友達として」

 

 二人とも落ち着いたようだった。僕は胸をなでおろし、途中から圭織ちゃんの机の上においていた鞄を手に取った。

 

「とりあえず、本を探しにいこうよ。由里が明日レポート提出があって、その本が必要なのに間違いはないわけだし」

 

 僕に続いて二人も立った。

 

「ありがとう、三人とも」

 

 圭織ちゃんは図書室に向かう途中、僕たちに向かってようやく口を開いた。

 

「確かに、色々いえないことはあるの。けれど、みんなを大切な友達だと思っているのは確かだから。私も、きっと由里ちゃんも。それだけは、信じて欲しいな」

 

 僕たち三人は顔を見合わせた。お互いに何が言いたいのかはなんとなくだけど、わかった。

 

「まあ、由里にとって佐藤君だけは別だと思うけどね」

「そうそう、ユリリンとはどうなわけ? ユリリン全然教えてくれないんだけど!」

「ええ!? それは……」

 

 そんな馬鹿らしいやり取りを笑いあってしているのを、圭織ちゃんは黙って微笑んでみていた。僕は、このときは由里の隠していることがどんなことであれ、たいしたことではないと考えていた。その衝撃の弱さを、明らかに甘く見ていたのだ。

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