プロローグ:始まりを告げる事故
三人の、高校生だとみられる少女達がバスの最後部席に座っていた。会話の内容からして彼女達は今、旅行の帰りのようである。この日はゴールデンウィークの最終日、バスのドアから見える日は沈みかけていた。
「いや~、それにしても楽しかったね」
「うん、最後は電車に間に合うかどうか危なかったけどね、 由里?」
「ごめんね。家族に買っていくお土産迷っちゃって……」
三人の少女達の内の一人。背の高い黒の長髪の子が手を合わせる。
「その家族に優しいところが由里のいいところの一つなんだよね。彩も見習いなよ」
軽いウェーブがかかった、髪を茶に染めた快活そうな子が言う。話を振られた最後の一人、少し伸ばした黒髪をバレッタで後ろに留めた子に話を振る。その口から出る言葉は見た目から感じるものとは異なり、つっけんどんとしていた。
「私の家は旅行は行った人が楽しむことになってるのよ。それに、由里と比べないでよ」
彩と呼ばれたバレッタの子は窓に肘をつきながらそのまま続けた。
「運動神経良し、成績は上の中。茶道部さながらの落ち着き。言い寄ってくる男共を一蹴するその凛とした姿はまた人を寄せ付ける……」
その後をもう一人が続く。
「まさに、北高のミス・クール! 」
「ちょっと、美奈、何それ! そんなの誰が言ってるの?」
照れているのか、怒っているのか、由里という子は少し顔を赤くして問い詰める。
「私が今っ!」
「もう……」
その何気ない会話が行われている時、急に事は起こった。それは始まってからは十数秒の出来事にしかすぎなかった。バスの中にいた20数名の乗客と運転手からしたらもっと短く感じたに違いない。
「えっ……」
「おいっ!」
乗客の誰かが口を開き、目の前に現れたバイクに呆然とする。乗客の視線が一斉に前に向く。運転手は口を開く間もなくハンドルを反射的に右に切った。その運転手の判断はとっさにしては素早かった。もしハンドルを切らなければ正面からバイクにぶつかり、後続の車を数台巻き込んだ大事故になっていたに違いない。この出来事が終わり、冷静に運転手の行動の是非を判断する場があれば、褒められることはあれ、間違いとされることはないはずだ。
しかし、今バスが走っているのは切り立った峠道。そのバス自身はそのままガードレールを突き破り、落下した。運転手の必死の努力もむなしく、落下する直前に避けきれなかったバイクが正面からバスに激突し、バラバラに下に広がる森の中へと落ちていった。
――本日午後4:50頃、K県S市で乗客23名、運転手1名を乗せたバスがガードレールを突き破り、崖から転落、炎上しました。
近くにはバイクとその持ち主とみられる男性1名発見されており、道路には急ブレーキの跡があることから、接触事故を避けて転落、もしくは接触の後に転落した恐れがあると見て、K県警が現場の調査を進めています。
乗客、運転手、バイクの男性の計25名はK県の公立高校の生徒神谷由里さん(17)を除き、全員死亡、残りの24名は全員死亡ということです。
神谷さんは奇跡的に無傷で救出されましたが、現在若干の体調不良を訴え、入院中です。
神谷さんのクラスメートである西野美奈さん(17)、霧島彩乃さん(17)、運転手の山西勝さん(47)、バイクに乗っていた嶋田卓朗さん(34)以外の身元は未だ不明で、調査にはまだ時間がかかりそうということです。
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