27番ホール:前途洋々(最終話)
企業対抗戦予選ラウンドを終え、あとは結果が出るのを待つのみ。
果たして、児玉組は決勝進出なるのか?
“間が悪い”とはこの事だ。どうして俺は千夏に後ろめたさを感じるのだろうか?
なんなんだ、この悶々とした気持ちは!
ゴルフで疲れ、さらに今のでどっと疲れた俺は重い足を前に進めた。
「今、会長が帰られました」
師匠に伝えた。2人とも何か言いたそうだったが、ロッカーに行ってきますと言って、
その場を離れた。
風呂から上がり、児玉組の面々はレストランに集合した。現時点で上がったチームは
28チームで、児玉組は2位に付けていた。
残り12チームの内3チームが、うちより良ければ決勝には行けないことになる。
全チーム上がるのにあと1時間くらいかかるというので、5時前に磯村さんが
ゴルフ場に電話で確認をして全員に連絡することになった。
児玉社長は上機嫌で、選手や応援団に労いの言葉をかけてくれた。
決勝進出の折には“特別ボーナス”の言葉を待っていたが、そんな話は一切出なかった。
最後に巽部長の挨拶で今日は解散となった。
俺は帰り際フロントに寄って、ホールインワンの証明書と記念品をもらった。
佐藤課長や末木課長から冷やかされたが、顔では笑ったが喜ぶ気分にはならなかった。
帰りは俺が疲れているだろうからと、田之倉が運転手を買って出てくれた。
社長初め先輩の方々を見送って、最後に俺たちも出発した。
車に乗る時に俺は千夏に“後で話がしたい”と伝えた。千夏は“私もしたい”と笑って答えた。
帰りの車の中では、田之倉に悪いと思いながら寝込んでしまった。みんな気を使って
俺を寝かせておいてくれた。俺は田之倉の大きな声で叩き起こされた。磯村さんから
田之倉に今日の結果連絡がきたのだ。
「やったー!3位通過だってえ〜!!」千夏も由佳ちゃんも万歳三唱だ。俺も両手で
ガッツポーズだ。良かったあ〜、ホントに良かったあ〜。俺も後部座席に向かって
万歳三唱だ。
そんな俺に、「大樹、よくやったね!お疲れさま」千夏の声が優しく暖かく感じた。
そしてなぜか目頭が熱くなった。俺は悟られないように前を向いた。
「僕も大樹のプレイを見たかったよ。」
「15番のホールインワンは格好良かったわよ。応援にきてた他の会社の人も初めて
見たって喜んでた」
「私、この間もホールインワン見れなかったし残念だわ」
「そう言えば、また保険て降りるのよねえ?50万円!由佳ちゃん、何が欲しい?」
さすが千夏、やっぱそうくるかあ!?
「あのねえ、誤解のないように言っとくけど、ご祝儀はプレイをした人に出るんだよ」
「あ、そいうこと言うのね。由佳ちゃん、聞いた今の?冷たいよねえ、大樹って。
あれだけ応援したのに、ご祝儀ないんだってえ。へえ〜無いんだ」
まったくこの娘は!
「わーったよ!ハイハイ、分かりました」もうどうにでもなれ!
千夏と由佳ちゃんは、万歳三唱で無邪気に喜んでいる。やっぱり女は怖い・・・。
その後は早くも決勝の話しで盛り上がり、全国優勝したらネットはもちろん新聞や
雑誌に掲載されるとか、千夏やゆかちゃんは既にその気になっていた。
帰りの道中は渋滞もさほどなく、最初に田之倉を下ろして次に由佳ちゃんを送った。
最後に俺と千夏、2人が残った。
さっきまでの賑やかさは消え、今は霧が出ているような雰囲気だ。
「なあ千夏、ありがとな。そんでもって、やっぱり千夏のことが好きだ」
俺は何を言いたいのか自分でもよく分からなかった。
「今日ねえ、天地さんと話した。とっても素敵な大人の女性だった」
「ああ、瑞希さんから聞いた」
「それでね、天地さんから、沢田さんとお付き合いされてるんですかって聞かれたから、
付き合ってますって答えた」
「え、いまなんて・・」
俺の言葉を千夏は遮った。
「それでね、そんな素敵な人が、私に大樹のこと好きだって面と向かって言ったのよ」
千夏は怒ってる様子はないようだ。
俺は黙って聞いていた。既に車は千夏の家の前に着ていた。
「私も好きですって言っちゃった。でもね、私正直嬉しかった。天地さんみたいな
素敵な人が大樹のこと好きだって言ってくれて。それって私は誇って良いことよね。
そんでもって、すごい人だなって思った。だって付き合ってる相手に面と向かって
その彼氏が好きだって言っちゃうんだから、すごい勇気だよね。あれじゃあ、大樹も
クラッときちゃうかなあって」
「ちょっと待った!俺はクラッとはきてない。それは間違いない。ただ・・」
「大丈夫、分かってるわよ。大樹は無視できないんでしょ、そんな天地さんだから余計に。
大樹は優しすぎるのよ。ま、そんなとこがいいんだけどね。でもね、私も負けないわよ。
気持ちでも腕っぷしでもね」
そう言って、力こぶを作って笑った。
「俺は千夏が好きだ。この気持ちに嘘はない。俺はどうすればいい?」
「どうもしなくていいわよ。今の大樹のままでいてくれたら私は幸せよ。
あえて言うなら天地さんを大事にしてあげなさい」
千夏の言葉で、モヤモヤしていた俺の気持ちがスーッと晴れたような気がした。
千夏は俺の左のほっぺたに“チュ”をした。
「これは今日頑張ったご褒美ね!天地さんにはさせちゃダメよ!あ、それと天地さん
には決勝進出しましたってL I N Eしといたから、明日会長さんには大樹からお礼の
電話でもしてあげて」
せっかく来てくれたのにすっかり忘れていた。
千夏はさっさと車を降り、俺は千夏の荷物を車から下ろして玄関まで運んだ。
玄関には玲奈と彩佳が待っていた。
「おかえりい〜。なかなか車から降りてこなっかたけど、何してたの?」
「大人の会話よ!お・と・な、のね!!」
俺は2人に投げキッスをして、“きゃー”と絶叫を聞きながら帰宅の途についた。
翌日は朝からゴルフ部の活躍が、あちこちで話題になっていた。
前日の夜にはネットで結果が配信され、スポンサーを務める新聞社の朝刊でも小さい
ながら記事が掲載されていた。更に俺が出したホールインワンのことが社名と名前入り
で掲載され、一躍全国区入りだ。
驚いたのは、T K Cの白井課長や一色食品の一色さんが決勝進出やホールインワンの
お祝いの連絡をくれたことだ。
俺の想像以上に企業対抗戦は企業の間で注目されているようだった。
俺は千夏に昨日言われた通り、天地会長に電話を入れた。残念なことに会長と瑞希さん
は不在だった。取り敢えずメールを入れておいた。
10時ごろに総務の白川さんからゴルフ部員にメールが入った。定時後都合の良い部員は、
会議室に集合するよう連絡があった。
定時後俺は末木課長や師匠、千夏と会議室にいった。既にそこには児玉社長もいた。
「ゴルフ部の諸君、決勝進出おめでとう!そして本当にありがとう!」
俺たちは目一杯拍手をして喜びを表した。
「しかし本当の勝負はこれからだ。我々は全国への切符を手にした。知っての通り
決勝はシード企業が12チーム、予選から勝ち上がった28チームの40チームで
日本一を争う。予選会以上の強豪企業が相手になる。そこでだ、決勝進出に対する
私からのささやかなプレゼントだ。谷川くん、頼む。」
そう言って谷川課長とバトンタッチした。白川さんも手伝ってプロジェクターを
セットしている。
俺と田之倉はなにがあるのか話していた。
「もしかして特別ボーナスかな?」
「特別ボーナスはどうかなあ?」
「お待たせしました。」
そう言ってプロジェクターに打ち出されたのは、室内練習場のようだった。
「この写真はイメージですが、室内練習場を当社の屋上に作ります。」
次々に写真が内し出された。ドライビングレンジが5打席、人工芝のパッティング
グリーン、真っ白な砂のバンカー、更に最新のスイング分析器“トラックマン”だ。
「ドライビングレンジは10ヤードは確保します。グリーンは10m×15m、バンカー
は一人用です。それからスイング分析を行うための“トラックマン”という最新機器を
1台ドライビングレンジに設置します。冷暖房、防音設備、打ち合わせのための
ミーティングスポットやスコアー管理やデーター分析のためのパソコンや
アプリケーション、プリンターなど導入する予定です」
そこにいた全員から歓声が上がった。これなら特別ボーナスの比ではない!
田之倉は喜びながらも“予算”は大丈夫だろうかと心配していたが、俺には関係のない話だ。
「最後に施設の利用についてですが、平日は昼休みと定時後、休日は事前申請で
いつでも利用可能です。なお、我が社の総力を結集して稼働は2週間後を予定しています。
当面はゴルフ部員限定ですが、競技終了後は社員なら誰でも使用できるようにします」
さすが建設会社だ。その気になればあっという間に作れる。
そして児玉社長が再び話し始めた。
「ということだ。俺は1週間で作れと言ったんだが仕方ない。
全国大会までは、練習場に行けない時はどんどん利用して欲しい。なんの実績もない
我々はチャレンジャーとして、残り1ヶ月、さらなる向上を目指して頑張って欲しい」
定例会が終わってから、室内練習場の施設に関して谷川課長にみんな質問攻めだった。
練習代も毎日やってると馬鹿にならない。ただで施設が使えるなら、平社員にとっては
ありがたい限りだ。それに“トラックマン”はプロでも使っている代物だから、
是非使ってみたい。
室内練習場は予定より早く10日後には完成した。営業が持ってきた案件では絶対あり
得ない話だ。由佳ちゃんの話だと、納期に間に合わない資材は資材部長が直々に
メーカーと掛け合い交渉したらしい。大半のメーカーは最初断ったらしいが、
資材部長の殺し文句は「この案件は社長の勅命で、間に合わないと自分の家族が路頭に
迷う」と語ったそうだ。さすが資材の長だと俺は感心した。
決勝までの約1ヶ月間、ゴルフ部の選手をはじめゴルフ部員は、社長の期待に応えよう
と試合に向けて練習や準備に怠りなかった。俺も予選会の反省をもとに、西垣プロにも
協力してもらい課題克服に取り組んだ。
そして磯村さんが作ってくれた攻略法、いわゆる磯村メモは各選手の意見や予選の
情報を取り入れバージョン2にアップされた。きっと来年はバージョン3が作られる
ことだろう。
決勝の目標は、来年度のシードをもらえる12位フィニッシュだ。厳しい戦いになる
のは全員承知している。だからこそ楽しいし、そしてチャレンジのしがいがある。
みんなが真剣に取り組んでいる姿勢を見て誇らしく思え、その中にいる自分が嬉しかった。
さあ、次は俺のティーアップだ。ついに、おれの決勝戦がこれから始まる。
前にスタートした佐藤課長、末木課長は順調な滑り出しのようだ。
決勝には、児玉社長初め師匠や千夏、天地会長、瑞希さん、更にT K Cの白石課長まで多くの
児玉組応援団が駆けつけている。他の企業も大勢の応援団を引き連れていてまるでプロの試合みたいだ。
俺は今朝のミーティングで社長が話した言葉を思い出した。
「ゴルフを終わって振り返ると、悔いることが一つや二つは必ず。
しかしだ、その瞬間瞬間ベストを尽くせばそれでいい。結果は終わった後の話だ。
1年前を振り返ってみて欲しい。予選で敗退した1年前にこの場にいることを想像できたか?
1年前の自分とどう変わった?」
一人一人の顔を見て社長は続けた。
「1年後の今日どうなっているか、それを決めるのは今の君たちだ。
既に君たちは結果を出した。我々の未来は前途洋々だと言うことを忘れないで欲しい」
俺は昨年の4月にこの会社に入社した。
会社に入ってゴルフを始めて、千夏に出会い、田之倉や榊原さんたち仲間に出会い、
そして天地会長や瑞希さん、一色さん、たくさんの人たちに出会った。
笑ったり喧嘩したり良いことも悪いこともあった。
俺は成長しただろうか?
社長の“前途洋々”と言う言葉が、俺の未来は開けているという気にさせてくれる。
よし、後悔するのは後だ。今は一打一打ベストを尽くそう!
記念すべき俺の第1打、ティーショットは新緑の木々の間を抜けて青い空に飲み込まれるように
飛んでいった。
それにしても、何度やってもゴルフは楽しい!!
完
6月に初めて投稿させていただき、全44回になりました。
拙文にもかかわらず、皆さんからの応援やメーっセージなどありがとございました。
少しでも楽しんでいただけたら、嬉しい限りです。
全体を通して、ご意見、感想など幸いです。
これからも、ゴルフ&恋愛&サラリーマンに関わるような小説を掲載できればと考えています。
(次作 ”パートナー”(仮名)を連載で掲載予定です。こちらもお楽しみいただけたらありがたいです)