27番ホール:集大成②
企業対抗戦予選の前半を終え、後半9ホールへ向かう児玉組の選手たち。
4人の選手合計のスコアーで決まる決勝への道。大樹はチームに貢献できるのか?
すでに角田さんや鈴木さんはティーグランドに来ていた。ちなみに3人の成績は鈴木さんが
3オーバー、角田さんが4オーバー、佐藤さんは8オーバーだ。
10番ホールは530ヤードの右ドッグレッグのロングホールからだ。ウェアウェイに
右サイドが最短だが、そのすぐ右はO Bゾーンがる。
距離は残るが左サイドが安全だ。自信を持って打ったティーショットは、やや右に出てほぼ
フェアウェイセンターへ。残りは240ヤード、磯村メモではこの距離なら2オン狙いもO Kだ。
ガードバンカーに入ってもさほど難しくなく、パーは取りやすい。俺はスプーンを選択し、
放ったボールは手前のバンカーを超えてサブグリーンとの間に止まった。
エッジまで4ヤード、ピンまで20ヤードのアプローチは、ピン奥3mについた。
グリーンの硬さ、速さが読み切れなかったが、2パットのパーと後半も上々のスタートとなった。
ところが、11番で思わぬトラブルが俺を待ち構えていた。360ヤードと距離は短いが右側は全て
O Bというホールで、ティーショットを左に引っ掛けてしまった。無意識のうちに右サイドを嫌がって
しまった。
いわゆる“チーピン”というやつだ。O Bはないためボールのある地点から打つことになるが、ボールは
木が密集した林の中にあった。いっそのこと、隣のホールに行ってしまったほうがよかったが
どうしようもない。
右前方そして真横にも打ち出すスペースはなく(正確にいうとわずかにあったが、そこを通す自信が
なかった)、後方に打つしか選択肢がなかった。とにかくここは一旦フェアウェイに出すことが先決だと
思い、7番アイアンで40ヤードのハーフショット。ところがインパクトの手応えを感じた直後、
「コン!」ボールが松の幹の芯に当り、また林の中に逆戻りした。
“オーマイゴッド!”この林に神様はおらず、少し離れた場所にいた女神になれなかった千夏と師匠が心配そうに
見ていた。“これで終わりじゃない。まだ7ホールある。
”そう自分に言い聞かせて、3打目でやっとフェアウェイにボールが出た。
ゴルフを始めた頃だったら、林に入れた時点で頭が真っ白になっていたが今は違う。ここからどう攻めていくか
頭の中は切り替わっていた。グリーン奥にあるピンまで残り150ヤード、風はなく手前にはガードバンカー、
8番アイアンで打ったボールはグリーンを捉えた。いいショットだったが、まだ3、4mはありそうだ。
グリーン上に上がって、俺のラインに参考になりそうな3人のラインはなかった。
なんとしてでもボギーで切り抜けたい俺は、ラインを慎重に読んだ。ストレートに見えるが少しフックも
しそうなラインだった。ただこの時はどうしても自信が持つことができず、今日初めてキャディさんにラインを
聞いた。キャディーさんはカップを挟んで反対側から見て、そしてボールの後方からサイド確認しアドバイスを
くれた。
「ほぼ平らで、距離感を合わせると少し右に切れます。50cmオーバーする強さなら、真っ直ぐでいいと思います」とても分かりやすいアドバイスをしてくれた。
ここでショートしてはボギーは取れないと思い、ストレートのラインでアドレスを取り打ったボールはピンを
大きく揺らしてカップに吸い込まれた。
「ナイスボギー!」選手やギャラリーから声をかけてもらった。
“ヨッシャー!”内心叫びながら、今日初めてガッツポーズをした。
こんなに嬉しいボギーは初めてだった。まるでバーディーを取ったような高揚感が俺を包んだ。
林の中では神様はいなかったが、グリーンには強力な女神が2人もいた!自分の中で、これで波に乗って行けそうな
予感がした。続くハンディキャップ2の440ヤード長いミドルホール、俺は2オンに成功し2パットのパー。
13番220ヤードのショートホール、14番540ヤードのロングホールを連続パートとし、迎えた15番
160ヤードのショートホール。
やや打ち下ろしで風はアゲインスト、風がなければ8番だがアゲインストの分1番手上げるか迷った。
短ければ手前のバンカーに捕まり、ここの柔らかい砂は打ち下ろしの分、目玉状態になる可能性もがある。
ピンの奥に行けば、今度は下りのパットが残る。
俺は下りのパットのほうがパーを取る確率が高いと判断した。
手にした二本のアイアンのうち、7番アイアンを選びいつものルーティーンに入った。
グリーン上に目をやると旗がこちら側に向かって揺れている。俺はボールにしっかりインパクトさせることだけを
意識して打ったボールは、ピンの少し右に向かって飛んで行った。自分の打ったボールの弾道が青空と重なり、
まるで一本の線を引いているようだった。最高到達点から落ちるに従って左に切れていく。
これが本当のドローボールなのかなと思った直後、「ガチャン!」ピンに当たる音が
ホールに響き渡った。一瞬、何が起きたのか分からなかった俺は、キャディーさんにボールの行方を聞こうと
振り返った。
ギャラリーから「ウオ〜!!」という歓声と、キャディーさんが両手を大きく広げて
飛び跳ねているのが見えた。先日の定例コンペに続いて2回目のホールインワンの達成だった。
1年で2度目のホールインワンなど奇跡の何物でもない・・・。
俺は他の3人の選手やキャディーさん、さらにはギャラリーともハイタッチをしてステディーさ?を売りにしていた
俺だったが興奮してしまった。
師匠と千夏とはハイタッチをせず、思わずロープ越しに抱きついてしまい背中を思い切り叩かれ祝福してもらった。困ったのはその後で、社長と天地会長、瑞希さんも少し離れた場所にいたのだ。
社長や天地会長から「ナイスショット〜!」と声をいただき、帽子をとってお礼をした。
競技委員から、「選手が打ちますのでお静かに!」と注意され、やっと静まった。
俺も心臓はバクバクしていたものの、少しやりすぎたと反省しながら落ち着きを取り戻した。
カップからボールを取り出し、改めて嬉しさが込み上げてきて応援してくれた
みなさんに帽子を取って挨拶をした。俺はプロゴルファーの気持ちを少しだけ分かったような気がした。
“これを味わったら、やめられない。”
しかし、この後がプロと俺の違いだ。16番、17番と連続ボギーを叩き、ホールインワンの喜びが一気に
吹っ飛んだ。
最終18番ホールは380ヤードと比較的距離の短いストレートのミドルホール。風は左から右。
俺はスプーンを取り出し、230ヤード先のフェアウェイをキープ。
2打目地点に行くと、グリーンの周りにギャラリーがたくさんいて、その中に児玉組の面々も見えた。
前のボギーのこともすっかり忘れ、集中力が高まるのを感じた。
残り150ヤード、風は相変わらず左から吹いている。俺は8番アイアンを躊躇なく
選択しアドレスに入った。ピンはほぼセンター、俺の狙いはピンと左エッジと中間だ。
今日一番と思えるナイスショットの感触を感じながらボールを追いかけた。ベタピンかと思ったボールは
直接グリーン奥に落ちた。何が起きたのか信じられなかった。
あのアプローチは間違いなく難しいとすぐに分かった。上からは速いしラフだからスピンも効かない。
俺はいくつかのアプローチをイメージしながらグリーンに上がった。
選手がグリーンに近くなると、ギャラリーの皆さんが拍手をして迎えてくれた。
これまでの選手の健闘を祝しての拍手だ。さいわいラフはさほど深くなく、ボールも少し沈んでいるだけだ。
一挙手一投足をみんなから見られてるようで、ピンチにも関わらず気持ちがよかった。
この時間がずっと続いて欲しいと心底思った。
西垣プロと一番練習したアプローチだ。フェースを開きコック使って勇気を持って振り切ることで、柔らかい
ボールを打つ。
落とし所は5ヤード先だ。
3度、4度と素振りをして芝の感触を確かめ、アドレスに入った。
ギャラリーがたくさんいるのに、“シーン”としていた。
ボールに集中して振り抜いたボールは、イメージ通り5ヤード先に落ちてコロコロ転がりカップにあわや入るかと
いうところで止まった。ここでまた拍手をもらった。
近くにいたギャラリーが、
「今のアプローチ、メチャうまいな」という声が聞こえ優越感に浸った。
俺はお先にパットをして、ホールアウトした。
この直後、体全体の力が抜けてどっと疲れた。全員ホールアウトしてお互い健闘を称え合い、アテスト会場に
向かった。
グリーンから上がるとすぐに児玉組の面々が駆け寄ってきて、「お疲れさん!」
「ナイスプレイ」「またホールインワンやったんだって!」「アテスト間違えるなよ!」など色々な声を
掛けてもらった。
佐藤課長が79ストローク、末木課長が83ストロークということだけ確認して、その場を離れた。
1人でアテストを行うのは初めてで、チョー緊張した。俺のマーカーは佐藤さんで、3回確認してくれた。
それでも俺は不安になり2回確認をして提出した。
役員がスコアーをチェックし始めると、間違っていないか不安になった。
待たされる時間が長く感じ、役員の電卓を叩く手が止まるたびにどきっとした。
4人まとめて、役員が「はい、オッケーです。お疲れ様でした。」と言ってくれた時は、ホッと胸を撫で下ろした。
俺も含めて4人で握手をして、決勝でお会いしましょうと言って別れた。
コースに戻ろうとすると役員の方が、
「沢田さん、15番でホールインワンされたんですよね。こちらで手続きしてください」と案内された。
それを聞いていた周りの選手方達が、「おめでとうございます!」「やりましたね!明日ネットで出ますよ」
と見ず知らずの俺を祝福してくれた。
みんなとってもいい人に見えて仕方なかった。手続きを終え、俺が巽部長の応援に行った時には、
すでにホールアウトした後だった。児玉組のみんなに無事アテストを終えたことを伝え、また祝福してもらった。
磯村さんから巽部長のスコアーは76で、上位3人の合計スコアーは234ストローク
だと教えてくれた。このスコアーならまず決勝は間違いないということだったが、
相手がいることなのでまだ分からない。みんなから解放されロッカーに行こうとした時、天地会長と瑞希さんが
きてくれた。
「会長、瑞希さん、今日ははるばる応援に来てくださって、本当にありがとうございました」
俺はお礼を言った。
「気にせんでいいよ。沢田ちゃんの活躍を見にきたんだから。なあ瑞希」
「沢田さん、すっごく格好よかったですよ。以前よりまたお上手になったみたい。惚れ直しちゃいました!」
笑顔の瑞希さんが眩しい。
「思ったより緊張もしなくて、多分今までで一番良かったと思います。出来過ぎですよ」
「謙遜せんでいい。これが実力じゃよ。まあその謙虚さが沢田ちゃんのいいとこだがな」
今日はこれで帰るということだったので、俺は玄関まで見送りに一緒に行った。
センチュリーはまだ駐車場にいるらしく、会長はトイレに行くと言って俺と瑞希さんだけになった。
「沢田さん、今日私が来て迷惑だったかしら」
突然俯き加減で瑞希さんが言った。
「正直言います。会長と瑞希さんに来ていてただいてとても嬉しかったです。でも動揺はしました。
瑞希さんには本当に申し訳ないことをしたと思ってます」
「申し訳ないなんて言わないでください!」
俺は返す言葉がなかった。
以前瑞希さんは諦めが悪いと言っていたが、まだ諦めていないという事だろうか?
「如月さんて素敵な方ですね。とっても気さくで、好きになっちゃいました。ある意味安心しました。」
“ある意味安心”てどういうことだろう?
「如月と話されたんですか?」
「ええ、お話ししました。午後からずっと沢田さんの応援で一緒だったので。もちろん榊原さんともたくさん
お話ししましたよ」
千夏の事で何か言いたいんだろうか?分からん。まったく分からん!
その時、センチュリーが玄関横につき、会長が帰ってきた。
「おう、やっと来たかあ。瑞希、もういいのか?」みずきさんは頷き、挨拶をして車に乗り込んだ。
「沢田ちゃん、決勝も頑張れよ!仕事もほどほどにな!!ワッハッハッー」
走り去る車に頭を下げ見送った俺は、なかなか頭をあげられなかった。
やっとの思いで頭をあげ、ロッカーに行こうと振り向いた先には千夏と師匠が俺を見ていた。