22番ホール:ラウンドデート!
千夏と過ごす時間が増える大樹。そんな千夏と買い物やラウンドデートをすることに・・。
今度の土曜日は、父親と初めてのゴルフだ。なんでも、会社の人たち2人といく予定が1人行けなくなって
しまったため、その補充要員で誘ってくれた。
場所は東京イーグルゴルフクラブ。ネットで調べる限りかなりの名門コースで、
アマチュア競技も数多く行われていた。驚いたことに、父親はここの会員だった。
メンバーになった経緯を聞いてみると、元々祖父が会員でそれを譲り受けたらしい。
それを聞いて俺は会員権を譲り受けると宣言したが、ここは会員になるのに面接がありお前では無理だと言われた。なんでも、社会的地位と言うのも選考の基準にあるらしい。生意気にもそれだけのコースかどうか見極めてやる。
当日の天候は快晴。風はほとんどなく絶好のゴルフ日和だ。
母親が朝早く起きて、朝食を作ってくれた。いつも食べている朝食よりも豪勢だ。
「今日ゴルフでしょ。お父さん、息子に負けないでよね!」母親がハッパをかけた。
「負けるわけないだろ。この半人前に。ハンディーを4つやろう」俺はカチンときて、
「じゃあ俺が勝ったら、今晩寿司ゴチな!」俄然やる気が出てきた。
「よし大樹、今日は死んだ気になってがんばれ!」寿司と聞いて母親が寝返った。
ゴルフ場に着くと、西洋風の重厚なクラブハウスが出迎えた。
玄関前には庭園のような落ちついた佇まいだ。一方コースは高速グリーンや池、バンカーなど数多く配置された
ハザード、コースレートが73.5と難易度が高い。
大きな2つの練習グリーン、200ヤードのドライビングレンジそして70ヤードはあるアプローチ練習場など、
設備も充実している。
練習グリーンで一緒に回る父親の部下である佐々木さんに挨拶をした。
この人もゴルフが大好きで、年間100ラウンド以上はするらしい。それだけゴルフができる会社が羨ましい
限りだ。
俺は先週のゴルフ部コンペを思い出し、マネージメントを重視した考えるゴルフを心がけた。
最近では1番ホールのティーショットでも、心臓の鼓動がドキドキすることはなくなった。
これも単なる慣れか、自信がついたものなのか。
父親も佐々木さんもゴルフ慣れしていると感じる。スイングだけでなく、それ以外の仕草が上級者を感じさせる。
それにしても自分の父親がこんなに上手だとは知らなかった。思わぬ一面を見て、ある意味新鮮だった。
バックティーにもかかわらず、2人ともティーショットでアウトドライブすることは
少ないものの俺に負けていない。
パーオン率はちょうど50%で上出来だ。良かったのはアプローチで、ワンパットのパーが4つあった。
バーディーは1つだったものの、O Bのでたホールでダブルボギー2つは反省だ。もともとスライサーの俺は、
ミスは右に曲がることが多かったが、
今日は2発とも左へのチーピンだった。2発とも力みが原因だった。
1発はショートカットを狙ってのミス、これはマネージメントの過ち。もう1発は、ロングホールのセカンドで
2オンを狙ったスプーンは左へ。このロングホールも2オンを狙う必要は決してなかった。
バーディー欲しさのしっぺ返しだった。
結局スコアーは俺が78で父親が75、佐々木さんは77と迷惑をかけることなく済んだ。父親とのニギリは
ハンディーを4つもらったから俺の勝ちだ。父親は悔しがっていたが、顔は笑っていた。これも父親孝行と
いうものだろう。
だがグロスで負けた俺はやっぱり悔しい。でも今晩の晩飯は寿司食べ放題だから母親もさぞ喜ぶだろう。
これは母親孝行だ。
この日の夜は、親子3人で近所の行きつけの寿司屋に行った。
弟2人は帰って来なかったので仕方ない。父親はえらく機嫌が良かった。
「まさかお前に負けるとは思わなかったよ。短期間でよくここまで上達したな」
そう言ってビールを飲み干した。
「よく分かんないけど野球やってたからかしらねえ。でもほんとにお父さんに勝っちゃうなんてさすが私の息子
だわ!」
父親の顔を覗き込んで、母親は自慢げに言った。
「やっぱプロに教わってるからかな。上司の部長もいろいろアドバイスくれるし」
「次からはスクラッチで勝負するか!やっぱり男はタイマンが一番だからな」
「オッケー。いつでも胸を貸すよ」久しぶりの親子のくつろいだ会話は楽しかった。
「次はいつラウンドするんだ?」
「え〜と今週末だな」
「もしかして彼女とかしら?」母親も女だ。感が鋭い。
「まあ〜そうかな・・」
「じゃあ、終わったらうちに連れて来なさいよ。晩ご飯作っとくから、ね!」
千夏はなんていうだろう。まあ、いやならやめるだけだ。
家に帰ってから風呂上がりにリビングでビールを飲んでいると、千夏からL I N Eが入った。
今度の日曜日にゴルフへ行くのに、着ていく服がないから明日買い物に付き合って欲しいというものだった。
練習場に行くくらいの予定しかないので、快く引き受けた。練習には行きたかったので、朝迎えに行くから
夕方練習場に行こうと返事をした。
翌朝7時に千夏を迎えに行って、御殿場のアウトレットに向かった。広大な敷地にブランド物のウェアーや
人気ゴルフメーカーも10社くらいある。女性ならみるだけで楽しめるだろう。俺には苦手な分野だが・・・。
東名高速道路で快調に飛ばしている車の中で、新人の話になった。
「江藤さんはどう?性格良さそうよね」
「榊原さんの下で仕事をすることになったよ。仕事以外のことは俺が教えてるけど、
素直で物覚えも早いしすぐ仕事にも慣れるんじゃないか。真田はどうなの?」
俺は配属から気になっていたことを聞いた。
「一つしか違わないけど、可愛いわよ。ちょっと強がってるところもあるけど、一生懸命頑張ろうとはしてるわ」
千夏にかかるとこんなもんだろう。まるで子供扱いだ。
「まあ、1年たった俺たちもどこまで戦力なってるか分かんないけど、将来を期待だな」
「そうよ。まだまだこれからよ。これからガンガン鍛えないとね」
「それも先輩社員の務めだな」
千夏は面倒見もいいから、後輩もついてくるだろう。
「大樹も頑張んないとね。まあ、仕事とゴルフは大丈夫だと思うけど。」そんな話をしていると、
東京で晴れた日にかすかに見える富士山も大迫力画面でみることができる。いつみても富士山はどっしり構えて
いて、安心感がある。俺も富士山のような人間になりたいものだ。
御殿場も4月下旬になると日差しも暖かく感じる。散歩するには最高だが、この近辺は千葉県、兵庫県と並んで
ゴルフ銀座ですぐ隣にはゴルフ場もあり、俺としては買い物よりゴルフ日和と言いたい。
アウトレットに着くと商品を物色する千夏のうしろをひたすらついて回った。
時折意見を聞かれるが、どれも似合っていたので毎回褒めてあげると真剣味が足りないと叱られる羽目になった。
それにしても昼ぐらいになるとものすごい人・人・人だった。日本人よりも中国や韓国、東南アジアあたりから
来た人たちが埋め尽くしていた。観光立国を目指す日本政府の方針通りだが、どうも落ち着かないのは
グローバルに対応していないせいだろうか。
千夏は一通り回って結局何も買わず、昼食を食べることになった。
「いやあー、悩んじゃうなあ。ポーリゲッツかキャロストリートのウェアーが
可愛かったんだよね。どう思う?」そう聞かれても、どのウェアーのことを言ってるのか分からない。
「試着してくれてら、なんか言えると思うけどな。千夏はどれ着てもマジ可愛かったし」
俺はお世辞を言ったつもりは全くなかったが、千夏はえらくご機嫌になった。
なるほど、こういう言葉をかけるだけでいいのかと一人納得した。
「大樹は買わないの?」
「ゴルフシューズが一足しかないから買おうかな。雨用に買って交互に履くと長持ちするしね」
そう言って腰を上げて、キャロストリートに向かった。
千夏が試着室で着替えてる間に、俺はシューズを選んだ。気に入ったデザインを
2種類選んで履いてみた。サイズは27.5cmで良さそうだ。防水性を保ちつつ通気性もありとにかく軽い。
「ねえ、どう?」千夏が試着室から顔を出して俺を呼んだ。
「いいじゃないかあ。上下のバランスもいいし似合ってるよ」
淡いピンクの花柄のウェア上下は、妙に色っぽく見える。
俺の一言で決心がついたのか、これに決めたっと言ってカーテンを勢いよく閉めた。
1分もするとまた俺を呼んだ。
「これはどうかなあ?」
おいおい、決めたんじゃないのかよ?別のウェアーを着ている。
「さっきのよりちょっと派手だけど、ゴルフ場ではそのくらいの方がいいかもな。スカートがちょっと短いのが
気になるけど・・」
「短いかなあ?私の足が見れて嬉しいんじゃないの??」
「馬鹿なこと言ってんじゃないよ。他の男に見せるのが惜しいだけだよ!」
自分の足を見ながら、
「そっかあ。それじゃやめた!」千夏は意外にもあっさり諦めたようだ。
結局、ウェアー2枚とスカート(膝上までの長さ)そしてキャップを購入した。
俺はシューズを一足とキャップ買って店をでた。千夏はウェアーのお揃いが欲しいとごねたがキャップで
勘弁してもらった。
少しショップをみたあと、2時過ぎにはアウトレットを出発した。この時間に出れば、帰りの渋滞も少しは
避けられるだろうし、2時間くらいは練習できる。
帰りの車の中で、土曜日のゴルフの話をした。2人での初めてのラウンドは楽しみだ。
2サム(2人でラウンドすることをツーサムという)でも割増料金なしのセルフプレイ、昼食付きで6千円は、
サラリーマンにとってありがたい料金設定だ。
御殿場月光カントリークラブは初めてだが、コース自体はこの料金だからあまり期待しないほうがいいかも
しれない。
俺は母親が言っていたラウンド後の夕食のことを千夏に話した。
「え!私を招待してくれるの?お邪魔していいの?」想定外の反応だ。
「千夏さえ良ければ俺はいいけど。お袋も喜ぶと思うよ」
そのあと、千夏は何を着て行こうかとかお土産をどうしようとか1人で悩んでいた。
俺は普段着で気を使わなくていいと言ったが、そんなわけにはいかないと一喝された。
どうも千夏は大袈裟に考えすぎているように感じてならない。
練習場には6時に着いた。天野社長がいつものようにフロントで出迎えてくれた。
「沢田くん、70台で回ったんだって!たいしたもんだ!!」
「もう知ってるんですか!誰に聞かれたんですか?」
「まあ、いいじゃないか。西垣プロもここまで想像以上に順調に来てると言ってたぞ」
“ここまで”というのが気になったが、俺はお礼を言った。
「これからだな、ゴルフが難しくなるのは。がんばれよ!ところでボールは何を
使ってるんだ?」
いきなりボールのことを聞かれた。
「ボールですかあ。特にこれといって決めてませんが・・・」
「それじゃこれを使ってみな」
そう言って、“タイトリストV1”というボールを1ダースくれた。
「アメリカのプロも使っているボールだ。ヘッドスピードもあるから合うだろう。
この間コンペの商品でもらってな、俺は使わないからやるよ。試してみな」
「貰っちゃっていいんですか?」社長の好意を俺はありがたくいただくことにした。
天野社長からボールの音や打感は人それぞれ好みがあるから、合わなければ使わなくてもいいと言われたが
ボールに必ず合わせる。
1階左端の打席に行き千夏のスイングを後ろから眺めていた。この間は横からだったの分からなかったが、
スイングプレーンが安定していてとても綺麗だ。いつの間にこんなスイングを身につけたのだろう。
剣道をしていたせいか背筋がピンと伸びて、ポスチャー(姿勢)がカッコいい。
「どう大樹、まあまあいいでしょ!」千夏が俺に意見を求めてきた。
「力みのない良いスイングだよ。リズムも相変わらずいいし、羨ましいくらいだよ」
正直な感想を俺は言った。
「ただミスする時は、身体の開きが少し早くなるかな。そこを意識してスイングしたらいいんじゃないか」
「西垣さんと同じこと言うのね。でも正解よ。」千夏は俺を少しは見直したようだ。
「俺も同じミスをよくするよ。特に本番になると力んじゃうんだよなあ!」
俺も隣の打席で練習を始めた。時間が経つのも忘れ練習場を出たのは7時になっていた。
練習場を出て、お腹を減らした俺たちはファミレスに行き千夏の家についたのは、9時近くになっていた。
この日は満月がとても明るく住宅街を照らしていた。千夏の家の前あたりで立つ人影がぼんやり見えた。
玲奈と彩佳だった。
「お迎えご苦労さん。2人ともよく帰ってくるってわかったね?」
「千夏姉からL I N Eもらったから。お母さんに話したら出迎えてあげなさいって」
ありがたいような迷惑のような複雑な心境だ。
「それでね、お茶を入れてあるから一休みしなさいって」
「嬉しいけどこんな時間に申し訳ないよ。千夏、帰るよ」俺は千夏に言った。
「それは困る!お母さんがもう準備しちゃってるし、ちょっとだけでいいから、ね!」
玲奈と彩佳がドア越しに迫ってくる。
「大樹、そう言うことだからトイレ休憩ということで。寄ってってよ」
そうまで言われてしまうと断れない。俺は敷地の空いているところに車を止め、お邪魔することにした。
玲奈と彩佳の歓声が聞こえる。
リビングでは千夏のお母さんが、コーヒーとケーキを用意して待っていてくれた。
俺はお礼を言ってソファーに腰掛けた。女性陣4人もソファーに座った。
「無理言ったみたいで、ごめんなさいねえ」
「いえ、そんなことないです。僕こそ気を使わせてしまってすいません」
「いいのよ。いつも運転手で疲れたでしょ。少し休んでいって」
そう言われても、女性4人に囲まれるとかえって緊張する。
「たまには千夏ねえが運転すればいいんじゃないの。大樹くんが可愛そう!」
彩佳が千夏の顔を覗き込みながらいった。
「何言ってんのよ。私が運転するって言ってもさせてくんないのよ!」
「あれ、もしかして千夏姉の腕を信じてないのかな!?」今度は玲奈の余計な一言。
「そうじゃないよ。運転するのは男の仕事だろ。それだけだよ。このミルフィーユ美味しいですね。
こんなの初めて食べました!」話題を逸らすのに俺も大変だ・・・。
「ところで、来週千夏が沢田さんのお宅にお邪魔するって聞いたんですけど、ご迷惑じゃないのかしら?」
千夏のお母さんも心配してるようだ。
「大丈夫だと思います。うちの家は女っ気がないんで、母親も楽しみにしてるようです。脳天気な母親なんで
気兼ねしないでいいですよ」
「え、千夏姉、大樹くんの家にいくんだ!私も行きたいなあ!!大樹くん、行っちゃダメえ!?」
玲奈と綾香は怖いもの知らずだ。俺は構わんが千夏がなんというか・・。
「ダメよ、大樹のお母様にご迷惑はかけらんないわ。あんたちうるさいし!」
納得できない2人は不満そうだが、ここは大人しく引き下がった。
「次の機会もあるだろうから、またその時ね」俺はそう言って2人を慰めた。
「約束だよ、大樹くん!楽しみにしてる!!」
この二人に社交辞令は通じないかも・・・。
俺は30分ほどお邪魔して、千夏の家を後にした。
家に帰った俺は、早速母親に千夏が来ることを伝えた。
「あらそう!来てもらえるのね。ご馳走作らなくっちゃね!!」
今まで見たことないくらい喜んでくれた。何がそんなに嬉しいのかよく分からなかったが、嫌な気はしない。
「たぶん6時くらいには帰って来るからよろしく頼むわ」
「大樹の彼女かあ、会うのが楽しみだなあ」父親も興味津々のようだ。
これでは千夏が気を使うのもよく分かる。
その後は、缶ビール片手に米P G Aツアーのマスターズゴルフの録画をみた。
今年の優勝は復活優勝のタイガー・ウッズだ。怪我とかプライベートの問題で一旦は落ちるものの、
まさしく不死鳥のようにカンバックする姿はゴルフをやる者なら誰でも感動するだろう。
日本の松山英樹は残念ながら最終日に伸ばせず3アンダーの37位に終わった。
とはいってもやはりプロは違う。タイガーがトータル13アンダーだから、
1日3アンダーを4日間続ける力を持っている。俺のゴルフと彼らのゴルフと何が違うのか?
ビジョン54で比べるとまず体力面だ。彼らはゴルフが仕事だから体力強化にかける時間もコストも違う。
技術面ではどうか。明らかにドライバーからパターまでショットの精度が違う。
ミスをしてもリカバリーするだけの技術がある。
そして精神面。ある意味、この部分は対抗できるかもしれない。だがアメリカのプロの
多くは、メンタルコーチをつけていると聞く。一度西垣プロにどういったトレーニングをするのか聞いてみよう。
俺の中では感情面が一番近い位置にあると思える。これは野球の投手として必要な要素だった。
常に冷静に状況を把握し、次にすべきことに集中する。最近感情の起伏が少なくなってきたように思う。
最後に社交性だが、同伴者やキャディーさんとワイワイやるより、自分の世界を作った方がより集中し
プレイできる。極端に言えば、会話をしなくてもラウンドできそうな気がする。この5つの要素を少しでもプロに
近づければ、スコアーも変わって来るだろう。これからも一つ一つの積み重ねていくしかない。
それにしても、オーガスタナショナルは綺麗を通り越して芸術的な素晴らしさを感じさせる。
こんなゴルフ場で一度はプレイしてみたい。この気持ちは初めてみた時から変わっていない。
この日の夜は、オーガスタナショナルでプレイする夢を見たいと念じながらベッドに入った。