20番ホール こんなことってあるの?
一色食品への最終プレゼンを1週間後に控えたある日、突然一色食品から呼び出される!?
2月に入り、一色食品への最終プレゼンを1週間後に控えたある日、綾部さんから1本の電話があった。
電話では内容を伝えられず、近日中に福岡支店の件で話がしたいとのことだった。
翌日、俺は榊原さんと一色食品の本社に向かった。
受付をすませ会議室に通された。
すぐに佐伯さんがお茶を持って会議室に入ってきた。
「わざわざお越しいただいてありがとうございます。沢田さんの会社の提案、評判いいようですよ。
一色も喜んでましたよ」
「そう言ってもらえると自信が持てます」
「きっと大丈夫ですよ」そう言って、出て行った。
「沢田くん、あなたも隅におけないわね!?」
「勘弁してくださいよ。そんなんじゃなですから」
少しすると一色さんと綾部さんが会議室に入ってきた。
「いやあ、突然呼び出してしまって申し訳ないですね」
いつものように笑顔で一色さんが言った。
ここに来る前、榊原さんと何の用件なのか話していたが、皆目見当がつかずにいた。
榊原さんは、呼び出される時は悪い話しはあまりないと言っていたが、俺は不安に感じていた。
「来週のプレゼンはよろしくお願いします。皆さんに喜んでいただける内容に仕上げられると思います」
榊原さんが答えた。
「早速ですが、実はね、今回のプレゼンなんだけど児玉建設さんだけにおこなってもらう事になりました」
どう言うことかわからないまま、俺と榊原さんは顔を見合わせた。
つい先日までは、小田建設と2社で行う事になっていたはずだ。
「あの、最終プレゼンに残った小田建設さんと弊社で行うと伺っていましたが・・」
榊原さんが質問した。
「ええ、その予定でした。ちょっと事情が変わってね、実は・・・」
一色さんの説明では、小田建設が最終プレゼンを行う前に取引先や銀行を使って一色社長に直接注文を出すよう、
働きかけてきたらしい。そのやり方が一色社長の逆鱗に触れ、今回の引き合いはご破算になったと言うのだ。
思わず俺は聞いてしまった。
「ということは、今回の福岡支店さんの新社屋は当社に発注いただけると言うことですか?」
「ええ、そうですよ。よかったじゃないですか、沢田さん」
今度は綾部さんが答えた。
「でもなんかスッキリしないです。提案の内容で評価していただきたかったです」
「沢田さん、そこは大丈夫ですよ。1回目のプレゼンの内容が評価されて残ったわけですし、
そもそも御社のプレゼンは評価が高かったんですから。ここだけの話、もし来週プレゼンをやったとしても、
御社にお願いする確率が高かったと思います。自信持っていいですよ。来週もよろしくお願いしますよ」
そう言ってくれた一色さんの言葉に、少しはモヤモヤが晴れたような気がした。
榊原さんと俺は、改めて巽と挨拶に伺うと伝え一色食品を後にした。
会社に戻って早速、巽部長、末木課長に先ほどの話の内容を伝えた。
「小田建設がそんなミスをするとはね。一色食品とは長い付き合いだろうから、その辺の対応の仕方は
十分わかってるはずなんだが・・」
巽部長は少し思案していた。
「榊原くん、沢田くん、取り敢えず来週のプレゼンの準備に集中してくれ。
まだ正式にうちが決まったわけじゃないからな。それから、このことはしばらく伏せておいてくれ」
なぜ伏せておくのか理解できなかったが、それを聞く雰囲気ではなかった。
一旦解散となり、俺たちは席に戻った。
「榊原さん、しばらく伏せっておくってどういうことですかね?」
「私にも分からないわ。確かにローカルでの打診という感じだし、そもそもこういう状況になった理由が
はっきりしてないからね。まだ何があるから分からないからという意味だと思うわ。
私たちにできることは、来週のプレゼンを成功させることよ。わかった!?」
「了解です!来週のプレゼンに全力を尽くします!!」
俺にはよく分からなかったが、きっと次元の高いレベルの判断なのだろう。
榊原さんをリーダーにした新人チームによる提案はほぼ固まっていたが、最後の微調整を念入りに行い
プレゼンに臨んだ。
最終プレゼンには、前回プレゼン時にはいなかった一色社長や幹部、約20名が出席された。
事前に一色さんから、前回の提案内容に一色社長が興味を示され、今回出席するとは聞いていたが、
いざ本番当日になると緊張した。
そんな中、榊原さんの60分のプレゼンは俺からも見て完璧なものだった。
質疑応答のあと、最後に一色社長からお言葉をいただいた。
「児玉建設の皆さん、今日は有難う。細かい部分はこれから担当が詰めると思うが、とても興味深い提案でした。
皆さんの熱意が伝わる素晴らしい提案だと感心しましたよ」
そう言って退出された。
プレゼンも終わり後片付けをしているところに、綾部さんが巽部長のところにやってきた。
「巽さん、今日は有難うございました。ちょっとお時間いただいてもよろしいですか?
一色が少しお話をしたいと」
「ええ、構いませんよ。私も伺わなければと考えていましたので」
そう言って二人で会議室を出て行った。
一方俺たちは、先に会社に帰った。
俺は今日来ていない新人チームのみんなに、プレゼンの様子をL I N Eで知らせた。
みんなから喜びの返信が相次いだ。
特に田之倉から“みんなの努力が報われてほんとよかった!こんなに嬉しいことはないね”
という返信は、グッと来るものがあった。隣にいたら抱きしめてやるところだ。
俺たちより1時間ほど遅れて、部長が戻ってきた。
末木課長、榊原さん、そして俺が呼ばれた。
「今日はご苦労さま。一色さんたちもプレゼンにはとても満足してもらったようだ」
なんとなく巽部長の表情も和らいでいるように見えた。
「あれから一色さんと話をさせてもらった。小田建設の件も含めてね」
巽部長の説明では、小田建設の新任の執行役員が強引に圧力をかけたようだった。
その執行役員は一色食品との付き合いがほとんどなく、そのため一色社長を怒らせてしまったらしい。
今考えると、俺も天地さんを通して危うくおなじ間違えをしてしまうところだった。
「最後に、うちの提案は競合他社の中で採用に値すると言っていただいた。
正式には来週結果が来るだろうが、これから気を引き締めて頑張ってくれ。みんなよくやってくれた」
部長からそう言われて初めて会社に貢献できたような気がする。
席に戻ると、新人チームのみんなに定時後営業会議室に集合してもらった。
集まった、田之倉、由佳ちゃん、渡瀬さん、増田くんとみんなで榊原さんにお礼をする事にしていた。
「榊原さん、有難うございました。これも僕たちをまとめてくれた榊原さんのおかげです」
感謝の意を伝えた榊原さんはちょっと驚いたようだった。
「改まって何言ってるのよ。私は仕事をしただけ、そしてあなたたちの熱意がお客様に通じたって事」
それでも満更ではなさそうだ。
「大事なのはこれからよ。社屋を完成させてお客様に喜んでもらえるまでよ」
もちろん、俺たち新人だけでなくプロジェクトメンバーの士気は盛り上がった。