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ごるふ一徹、カノジョ一途、一時社会人  作者: えずみ・かいのう
28/44

13番ホール 企業対抗戦初参加!

いよいよ企業対抗戦に参加する児玉組。選手として出なくても、チームに貢献できることはある。

それがチーム戦だ!


翌週の月曜日の定時後、ゴルフ部の定例会が予定通り行われた。

メインテーマは企業対抗戦の選手発表だ。残念だが、さすがに今回俺は選手には選ばれないだろう。


定例会には児玉社長も出席していた。いつもの通り谷川課長による進行だ。

これまでのゴルフ部コンペの成績発表の後、巽部長から出場選手が発表された。


正選手は、巽部長、佐藤課長、谷川課長そして末木課長の4人。補欠選手として

磯村さんが選ばれた。また、選手に選ばれなかった者も、応援に行くよう言われた。


思っていた通りの結果だが悔しさが込み上げた。野球で言えば、レギュラーやベンチから外されたのと同じだ。

そして選手は、前日現地入りして練習ラウンドを許された。


最後に児玉社長から選手にゲキが飛ばされた。そして社長から、児玉組の

正式ユニフォームを作ると発表された。部員全員の喜びの大歓声の中、定例会は終了となった。


会議室を出ようとしたところで、俺と田之倉が巽部長から呼ばれた。

「君たちには、今度の大会にぜひ応援で行って欲しい。試合の雰囲気を知っておくのは、来年役立つからな。

頼んだぞ。それに、前日の練習ラウンドも参加していいから。よければ、如月さんと三井さんも誘ってあげなさい。プレイ代は各自負担だが、宿泊費は会社で持つから」


「ラウンドしてもいいんですか?」ラウンドできると聞いて飛び上がりそうになった。

「ああ、構わないよ。予約は、白川さんがするから決まったら連絡するといい」

早速、千夏と由佳ちゃんも呼んで今の話をした。二人とも喜んで、4人で行くことにした。


「ところで、ユニフォームのデザインてどんなのだろうね?」千夏と由佳ちゃんは

女の子らしく、気になるようだ。


「多分、カンパニーカラーの浅黄色で、胸に漢字で児玉組って書いてあるんじゃない!」俺は冗談半分で返した。

「ええ〜、マジダサッ!そんなの着ない。ねえ由佳ちゃん」

由佳ちゃんも大きく頷いた。

たまにはちょっとからかってみるのも面白い。


「多分、総務でまとめるんだろうから、白川さんにきいてみたら?」冷静な田之倉だ。

それを聞いた二人は、速攻で総務部に走って行った。会社で走ってはいかんが、よほどデザインが気になるらしい。


試合までの約1ヶ月は、仕事に追われまくった。一色食品と天地コーポレーションの

掛け持ちは、想像以上に頭の切り替えが大変だった。“二兎を追う者、一兎を得ず”にならないよう、

そして後悔しないよう全力で取り組んだ。

俺の場合、ゴルフもあるから“3兎”だ。


残念ながら休日も日中の練習はできず、決まって夜だった。俺はひたすら“3兎”を追った。


試合前日の朝、俺は田之倉、由佳ちゃん、千夏の順に迎えに行った。

ゴルフの日の朝は早いので、道路も空いていて気分がいい。

首都高から常磐自動車道にのり谷田部インターチェンジを下りて、国道19号線を南下。俺の家から

2時間の行程で男子プロのトーナメントも開催されている名門大茨城ゴルフクラブに着く。


後部座席の女子2名は睡眠中だ。助手席の田之倉は律儀に起きていてくれるので有難い。

田之倉と相談して守谷S Aで少し休憩することにした。

集合時間までは1時間あるから余裕はある。駐車場はまだ7時前にもかかわらず

半分くらい埋まっていた。


「あ〜気持ち良かった!着いたの?」千夏はこうして大きくなったのだろう。

由佳ちゃんも目を擦りながら周りを見渡している。


「手前のサービスエリアだよ。ちょっと休憩」俺は答えた。

車を降りると太陽が眩しく、もうすぐ10月だというのに暑い。

15分ほど休んでから、再度出発した。ゴルフ場には8時前に到着した。


初めてのコースは少し緊張する。フロントでチェックインしてロッカーに向かった。

選手の皆さんはまだ到着していなかったので、俺たちはロビーで待つことにした。


部長たちは社用車のワンボックスで来るはずだ。選手になると交通費も会社持ちだ。

野球で言えば、1軍と2軍の差だ。


ロビーの端に結構なスペースのショップがあったので、そこで時間を潰した。

意外とゴルフ場のショップは型落ちのウェアーとかシューズが格安で売っている。

15分ほどで部長たちが到着した。玄関から入ってくる部長たちが、頼もしく思えた。


「おはようございます!」

「おはよう。みんな来てるね。スタートまでまだ時間はあるから練習してきなさい」

「有難うございます。そうさせて頂きます。磯村さんは別ですか?」

「ああ、彼は仕事が入ったようで、夜から合流の予定だ」


俺たちは、部長たちの後ろの組なのでゆっくり回ればいい。


ホームページで確認した通り、アプローチ練習場は広かった。

奥行きが70ヤード、バンカーは2箇所、グリーンもよく整備されていて綺麗だ。さすが名門と言ったところか。

富士児玉ゴルフクラブよりも、良い状態のように感じる。


「ガキッ・・・ガキッ・・・」この気持ち悪い音はシャンクの響きだ。

どうやら千夏らしい。

「大樹ぃ〜。ヤバイ、止まんなくなっちゃった。なんとかして〜!!」

何やってんだか。どうしてシャンクが立て続けに出るのか俺には理解できない。

「もう一度やってみて」

「なに?シャンク打つの??」

「違うよ。アプローチだよ。スイングするの!」


そういう事かと、千夏はアプローチをした。


「ガキッ・・・」ボールは右45度へ勢いよく飛び出した。

「再現性の高いスイングだね」俺は思わず笑いながら言ってしまった。


「大樹、殺すよ!あと1分あげるから何とかしなさい」

「ゴメン、ゴメン」俺は、バックスイングを真っ直ぐ、飛球線後方にあげるようクラブを持ち上げながら

アドバイスした。

「コン!」今度は綺麗に目標方向へ飛んでいった。


「なんだ、簡単ね。やっぱ才能あるのかな私」

才能あるやつはシャンクしないよと言いたいところを我慢して、

「いや〜凄いね。言ったことをすぐに出来るなんて。才能だね〜」

「見てぇ〜由佳ちゃん。シャンク治ったよ〜」1日持ってくれればいいが・・・。


部長たちのスタート時間も近づいたので、練習グリーンに向かった。

進行がスムーズなのか、既にティーグランドにいた。


谷川さんが俺たち4人に、ヤーデージブックを渡した。初めて手にした。

これには、ホールレイアウト、グリーンの傾斜や芝目、ポイントからの距離、高低など、

プレイする上で必要な情報が書かれている。テレビでプロがよく見ているやつだ。


「今日は、このヤーデージブックにボールの軌跡と使用クラブを記入する事。

後で反省するのに役に立つからね。狙った地点なんかも書いとくと、

ショットの精度もわかるからいいかもね」

そうアドバイスをくれた。千夏と由佳ちゃんはプロみたいねと喜んでいた。


この二人には、“猫に小判”“豚に真珠”いろいろ頭に浮かんできた。

田之倉に言ったら“豚に念仏” “犬に論語”というのもあると教えてくれた。

経理部なのに国語もできる。


面白くなって“千夏に真珠”と言ったら、田之倉が“由佳に小判”と返してきた。

ふたりして笑いを抑えるのに苦労した。


そこに千夏と由佳ちゃんがきて“何話してるの?小判がどうかした“と聞くものだから、

ふたりして素振りをしてごまかした。これがバレたら、俺と田之倉は今日一日、

地獄でゴルフすることになる。


部長たちもスタートし、キャディーさんが朝の挨拶をしてくれた。

最近ではセルフプレイが増えているため朝の挨拶などしないが、やっぱりキャディーさんがいると励みになる。


俺と田之倉は大会用の特設ティーからのティーアップだ。

レギュラーティーよりも総距離で約400ヤード長い。ミドルホール1ホール分だ。

早速ヤーデージブックを見ながらホールの確認をする。


これがあるとないとでは、改めて全然違う。情報量が増えることにより、圧倒的に考えることが多くなった。

ほぼストレートの410ヤードのミドルホール。250ヤード先の右側にフェアウェイバンカーがある。

ピンのポジションはグリーンの左サイドだから、ティーショットの狙い目は真ん中から右サイドだ。

風は右から左に少し吹いているが、影響はさほどないだろう。


俺はいつものルーティーンをしてから、今日の一打目を打った。右のフェアウェイ

バンカーを少し気にしたためか、ややドロップ目で左サイドへ。ぎりぎりフェアウェイ

をキープした。一方、田之倉は狙い通りフェアウェイセンターへ。


「ちょっと見ないうちに、力強さが出てきたんじゃない」田之倉に声をかけた。

「そうなんだよ。西垣プロにも褒められたよ」目を輝かせて答えた。

千夏と由佳ちゃんもフェアウェイをキープ。二人とも肝が座っている。


田之倉の2打目は残り180ヤード。5番ウッドでナイスショットしたボールはグリーン右サイドに

ナイスツーオンだ。

俺は、ガードバンカー越えの160ヤード。左上の木が少し気になる。7番アイアンでグリーンセンターを

狙ったボールは、少しダフった分ショートしてバンカーに捕まってしまった。それでも、バンカーから

1回で出してピンまで5m。グリーン上の勝負は、田之倉は3パットしてしてボギー。


俺はこのパットが偶然入りパー。お互い上々の滑り出しだ。


千夏と由佳ちゃん二人ともボギー発進だ。千夏はシャンクも出ず見事なスタートだ。

ホールアウトして、みんなでヤーデージブックに書き込んだ。

しかし全員ボギーとは珍しいことだ。それぞれ良くも悪くも持ち味を発揮して

ホールを消化した。


「こんな綺麗なコースで試合ができるなんて羨ましいわね」千夏が言った。

「ああ、羨ましいね。でも出たかったよ」

届かないのはわかっていた。でも・・だ。


「今だからいうけど、だぶん6人目は大樹だったよ。間違いないね」

「なあ、グリーンからティーグランドを見渡したことある」

みんなに問いかけた。みんな、マジマジ見たことは無かったようだ。


「ティーグランドが小さく見える。これは当たり前。手前の方が広くなっている。傾斜が左から右に少し傾いてる。ティーグランドでは気づかなかった。これね、一色さんに教えてもらったんだ。ちょっと視点を変えると、

見えなかったものが見えることがあるそうなんだ。もっともまだ見えてないものもあると思うけどね」


「なるほどね。それは勉強になるね。仕事でも使えるかも・・」田之倉はよく分かっている。

前の組の部長たちもコースを下見しながらのラウンドなので、俺らが置いていかれる

ことはなかった。幸い後ろの組は少し間が空いているようだ。


この日のラウンドは、これまでにないくらい頭を使った。身体は全然元気だったが、頭は疲れた。

田之倉もゴルフでこんなに考えたことはないとボヤいていた。


「そんなに疲れたの?普段頭を使ってない証拠よ!!」

こんな冗談は千夏しか言わない。

「ねえ、由佳ちゃん!」

「ノーコメントにしとく」恐らく田之倉を気遣っての賢い回答だ。


「あのね、俺も田之倉も高次元なレベルで考えてるんだよ。それにシャンクのことは

考えなくて良いしね・・・」

俺もちょっとしたブラックジョークで応える。

「二人ともよく憎まれ口言うわよね。感心しちゃうと思わない。爽くん」

おかしいそうに由佳ちゃんが言った。


「まあいいんじゃない。僕が思うに二人とも楽しんでるんだよ」

「アハハ、爽君の言う通り!」ホント千夏は楽しそうだ。


この日の夜は、ホテルで激励会が開催された。

選手4名と合流した磯村さん、そして俺たち4人と磯村さんと一緒にきた白川さんの10名だ。

部屋割りはあらかじめ決められており、俺と田之倉は同室だ。


時間通り各部屋からみんな集まってきた。全磯村さん以外の員揃ったところで、

巽部長の乾杯の音頭で始まった。最初からゴルフ談議で盛り上がった。

選手のみんなのゴルフ場に対する意見を聞いていると、思っていた以上に難しいようだ。


狭いフェアウェイ、大きくうねったグリーン、要所に配置されたバンカーや池などの

ハザード。特にミドルホールは距離があり、難易度が高い。

それでも選手である巽部長は79、谷川課長は80、佐藤課長は82、末木課長は85で回った。

さすが児玉組代表の選手だと言いたいところだが、決勝進出には微妙な線だ。


みんなの士気も黙っていても高まる。そこに磯村さんが登場した。

磯村さんは今日のラウンドの分析をしていて遅れたようだった。

「皆さん、お待たせしました」そう言って、選手4名のスコアーカードと

ヤーデージブック、そして何やら集計表らしきものを全員に渡した。


「時間もあまりなかったので十分な分析はできませんでしたが、把握できた範囲でご説明します。

まず、選手4名のスコアーの集計表を見てください。ホールランキングを出しました。

ここで分かるのは、ショートホールの難易度が高いようです。3番ホールが3.75、7番ホールが4.0、

11番ホールが3.5となっています。ミドルでは・・・」

磯村さんの説明は続いた。


「フェアウェイキープ率ですが、巽部長は50%、谷川課長は47%、佐藤課長は42%、末木課長は29%。

あと1から2ホールづつは増やしたいですね。

2打目が楽になるので、パーオン率も改善されると思います。最後に、パット数ですが

やはり奥につけた場合、3パットの可能性が高くなっています。鉄則通りピンの手前から攻めて、

決して無理をしないことを心掛けるといいと思います。

明日はピンポジションも変わると思いますので、ラインの読みはキャディーさんに確認してください。

以上ですが、何かご質問があれば遠慮なくどうぞ」

さすが磯村さん。明日のラウンドで選手の皆さんも参考になるだろう。


その後、再び今日のラウンドについて話し始めた。

9時を過ぎたところで解散となった。磯村さんがこの後明日の打ち合わせをするから、

俺たちの部屋に集合してくれと言った。磯村さんはじめ6人が集まった。


「疲れてるところ悪いね。明日の応援と情報収集について説明しておこうと思ってね」

明日の情報収集とはなんだろう。


「確認で言っておくけど、今回の試合は関係者のコース内の立ち入りは認められている。

そこでだ、それぞれ各選手についてプレイの内容や状況を掴んで欲しいんだ」

「具体的には何をすればいいんですか?」千夏が質問した。

「ヤーデージブックは持ってるよね。それに、選手のショットを記録して欲しいんだ。

もちろんスコアーもね。今日自分で書いたと思うから、それと同じ。

これを記録しておけば来年また使えるんだ。情報は多いに越した事はないからね」

ごもっともだ。

それにしても来年のことまで考えているなんて・・・。


「それでだ、明日のスタート順で担当を決めるよ。まず佐藤課長は僕と三井さん、

次に末木課長には田之倉君、谷川課長には白川さんと三井さん、最後に巽部長には沢田君」

ビール片手にみんなの表情が引き締まった。


「それからL I N Eのグループを作るから、各ホールのスコアーを連絡して欲しい。

今回チーム戦で上位3名のスコアーが採用されるだろ。

ハーフで上がった際に各選手に知らせて、チームの位置を選手に知って欲しいんだ。逆にプレッシャーに

なることもありうるが、このくらいの事は乗り越えてもらわないと決勝に行っても上位には入れない」


「そういえば、アメリカとかヨーロッパでやっている対抗戦では、ピンマイク付けて

連絡取り合っていますよね」

俺は思い出して言った。


「そう、その通り。みんな良いかな」

「面白そうね!ワクワクしてきたわ」千夏らしい発言だ。


「じゃあ、僕はもう少し整理したいから部屋に戻るよ。明日寝坊しないようにね」

そう言って磯村さんが部屋を出て行った。残った俺たちは顔を見合わせた。


「明日は単なる応援だけじゃ済まなくなったね。責任重大かも」田之倉が言った。

「俺も田之倉も一人だから、見落とさないようにしないとな。歩けるところって決まってんだよな?」

「そうだろうね。マップとかあるんじゃないの?」

「なに急に弱気になってるのよ!自分がプレイしてるつもりで付ければいいんじゃない?

それに他の会社の人たちもいるんだから、後ろをついて行けばいいのよ」千夏は言った。


まあ、なるようになると言うことでこの話は終わった。

朝も早起きして、酔いも回ってきたので今日はお開きにした。

明日は6時半にロビー集合だ。


翌朝、車3台でホテルからゴルフ場に移動し7時には到着した。

既に多くのチームが来場している。メディアの人たちも来ている。さすが、歴史のある全国大会だ。


磯村さんを筆頭に応援組は選手とは別行動で、コースを下見することになった。

「やっぱりこのウェアーさ、チョーダサくない?由佳ちゃん」

正直千夏の意見にはマジ賛成だ。まさか俺が言った通りのデザインになるとは・・・。

せめて“児玉組”はアルファベット表示にして欲しかった。


「ごめんなさいね。何点かデザインを提案したんだけど、社長がこれがいいって」

「白川さんが謝ることないですよ。それにスポンサーは社長なんだし」

田之倉がフォローした。


「まあ、これでゴルフが強かったら、意外と目立つかもな」

「さあ、君らのデザインセンスがどうなのか知らないけど、ヤーデージブックの記入の仕方を確認するよ。

それからこれが今日のピンポジションだ」

磯村さんは既に戦闘モードだ。


俺たちは、実際に1番ホール脇のギャラリー専用経路を歩き、ヤーデージブックと

睨めっこしながら磯村さんからアドバイスをもらった。

クラブハウスに戻る頃には既に8時になっていた。選手は練習グリーンでパターの練習をしている。

この頃になると、各チームの色とりどりのユニフォームがゴルフ場の中で映えている。

スタートまで20分になったところで、児玉組チームが集合した。

巽部長が社長からの伝言を選手に伝えた。


「人事を尽くして天命を待つ!皆さんの健闘を祈る」いたってシンプルで気持ちのこもった言葉だ。

選手でない俺でも頑張ろうと言う気持ちにさせてくれる。

これが社長の力、人柄のなせるものか。


オンタイムで選手がスタートしていく。そして我々応援団も分担通りスタートした。


いよいよ巽部長のスタートだ。そして俺のスタートでもある。

部長のショットはいつ見ても安定したティーショットだ。ボールはフェアウェイ中央に、そしてランも出ている。

2打目は170ヤード。恐らく5番アイアンで打ったボールはナイスオン。

俺は「ナイスオン」と部長に聞こえるように声を出した。


その声に気付いた部長は手を挙げて応えてくれた。ピンまで5mくらいか。

確実にOKパーに寄せてタップイン。今日の部長は調子良さそうだ。


俺はヤーデージブックに書き込んで、L I N Eで部長の結果を応援団に連絡した。

先に出た3人も上々の滑り出しのようだ。末木課長を除いては・・・。

ホールを進むにつれ、選手のスコアーもどんどん更新されていった。


平均80ストロークなら、決勝進出はほぼ確実だ。と言う事は、ハーフ40ならまずまずだ。

9番ホールのティーショットを打ち終えた時点の選手の3人のスコアーは佐藤課長40、末木課長45、

谷川課長41だ。このホール巽部長がパーで上がれば38で、上位3人の合計スコアーは119ストロークになる。


9番はロングホールだから部長ならパーの確率は高い。うまくかめ合えばバーディーも狙える。


結果は3オン2パットでパーだ。磯村さんの予想を1打上回るハーフ119ストロークとなった。

ホールアウトした部長が寄ってきて聞いた。俺は、3人のスコアーと上位3人の合計スコアーを伝えた。

やっぱり、他の選手のことがやはり気になるようだった。


選手たちは皆、レストランに用意されたバイキング形式の軽食を腹に放り込んでいた。


児玉組の面々もテーブルを囲み、食事を食べながら状況を確認していた。

他のチームのスコアーは分からないが、少なくとも一緒に回った同じ組の3チームのスコアーは分かっている。

それによると、我がチームが一番良いスコアーだった。気持ちも新たにし、選手は後半戦に向かった。


ホールを囲む背の高い樹木の上部が揺れている。雲の流れが先ほどより早くなったのが見て取れる。

この風がチームにとって悪い方へ向かなければ良いが、条件は皆一緒だ。

後半の目標も平均40ストロークだ。選手のパーやボギーで一人で一喜一憂してしまう。


巽部長はバーディーこそないものの、6番までで2オーバーだ。佐藤課長は8番を終わって4オーバー、

末木課長は7番を終わって9オーバー、谷川課長も7番を終わって5オーバー。

末木課長はどうやら集中力を切らしてしまっているようだ。

しかしこのままなら決勝へ行ける。


巽部長がいよいよ最終ホールへ来た時に、谷川課長がホールアウトした。

情報では、集計対象となる佐藤課長が82ストローク、谷川課長が85ストロークだ。

巽部長がパーで上がれば76ストロークで、合計243ストローク。まずまずのスコアーのはずだ。


このホールは430ヤードで2打目地点から左に曲がって若干打ち下ろす。

グリーン手前の中央から左サイドは池があり、花道は右サイドだ。ピンは左から5ヤード、手前から10ヤードだ。プレイヤーに更にプレッシャーを与えている。


谷川課長はここで池に落としてしまい、ダボにしてしまった。

フェアウェイ中央から160ヤードの2打目は、左からの風に流されたのかグリーンを外し

ボールは右ラフに止まった。最悪のミスではないが、深いラフにボールは沈んでいる。

しかし、部長はここからがしぶとい。


フェースを思い切って開いたアプローチは、ダルマ落とし状態になり1m先のカラーでボールは止まった。一瞬俯く部長を見てみんな落胆した様子だったが、一番ショックを受けているのは打った本人だ。

残りはピンまで20mくらいある距離感の難しいパットだ。


部長は気を取り直して、ゆっくりラインを読み始めた。俺から見ても落ち着いているように見えた。

素振りをしてしっかり打ったパットはいい音がした。

なだらかに左に曲がりながらカップに近づいていく。

千夏と由佳ちゃん、そして白川さんは手を胸の前で合わせて祈っている。


グリーンサイドで応援している各社の人達から、大きなため息が一斉に漏れた。

なんとボールがカップを覗いた状態で止まっている。ちょっと風が吹けば入りそうだ。

部長はゆっくりカップに近づき、一瞬静止してからゆっくりタップした。

その所作で部長の無念さを十分感じることができた。


今回の予選出場チームは36チーム。決勝へは5チームという狭き門だ。

我がチームが上がった時点で、フォールアウトした16チーム中2位の244ストロークだ。

残りの18チームの成績次第で決まる。


児玉組チーム一行は、結果が出るまで待つことになった。応援組は選手がお風呂から

上がるまでレストランで待った。


話題はもちろん決勝に残れるかどうかだが、ヤーデージブックを持ち寄って分かった事は、選手全員後半の方が

スコアーが悪かったこと、そして9番ホールでは3人合わせて3オーバーと言うことだと磯村さんが教えてくれた。ゴルフに“”もし“は無いが、もしここをパーで切り抜けていれば、241ストロークになっていたと。

俺と千夏は15分置きに集計結果を見にいった。24チームが上がった時点で、4位に落ちていた。

残り12チームで2チームがうちよりスコアーが良ければ、予選敗退だ。

それを伝えると少し雰囲気が暗くなった。


まもなく選手の皆さんもレストランにやって来た。

俺たち応援組は、選手のみんなを暖かく迎え入れた。実際、一人一人がベストを尽くしていたのは肌で感じて

分かっていたから、当然だ。

突然、結果発表のアナウンスが流れた。児玉組全員向かった。


“第7位タイ”それが、児玉組初参加の戦績だった。


5位は243ストローク、2チームあったが、4人目の選手の成績で5位が決まっていた。

“1ストローク”、たった1打、けれども遠い1打。244分の1。悔しさ、歯痒さ、どうしようもない気持ちで

いっぱいになった。


巽部長が全員を外の集めた。

「みんな本当にお疲れ様。残念な結果になったが、初参加では健闘した方だろう。

ただ、この悔しさは忘れてはいけない。我々の目標は日本一だからな。また来年に向けて一から始めよう!」


部長の言葉は心強かった。来年こそは俺が出る!


千夏と由佳ちゃんが俺の視界に入った。二人とも俯き加減で泣いているような気がした。

解散となり、部長から気をつけて帰るよう言われた。


俺たちもみんなに挨拶をして、昨日の朝とは全く違う気分でゴルフ場を出発した。


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