10番ホール:予想外の展開①
ダブルス選手権予選を突破した大樹と巽。この試合に参加したことで思わぬ展開になる。
ダブルス選手権の予選を無事通過して気持ちよく帰りたいところだったが、
帰りの渋滞にはつかまってしまった。
ケータイ電話と車のナビを接続し、最近千夏に感化されハマっている“M I S I A”を
聴きながら今日のラウンドを振り返っていた。
そんな時、千夏から電話が入った。千夏やみんなには、ゴルフ場を出る前に、今日の試合の結果をL I N Eしていた。
「もしもし大樹、お疲れさまあ〜。今大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。今渋滞にハマっているところ・・・」
「L I N E見たよ。まぐれにしても凄いね!」相変わらず一言多い。
「部長のおかげだよ。でもオレも2ホール貢献したからね。立派なもんだよ」
「自分で言うな!マジ早く詳しく聞きたいよ!試合どんな感じだった?楽しかった?緊張した?びびった?」
一方的に千夏は捲し立てた。
「ビビってないし、楽しかったよ。一緒に回った人も良い人たちでね。二人とも部長と
同じくらい上手いんだ」
「へえ〜。良かったじゃない。ねえ、今4時だから夜ご飯でも食べない?疲れているかな」
「大丈夫だよ。もう1ラウンドできるくらい元気だから」
「それじゃ、私の家まで迎えにきて!前来たからわかっているよね、よろしくね!」
「マジで!?」
「マジ!到着の30分前にはL I N Eちょうだいね。それじゃあ気をつけてね。バイ!」
「プチ」
相変わらずセッカチというかなんというか。ところで千夏の家って・・・。
以前聞いた住所を履歴から検索しセットすると、5時40分に到着するようだ。
最近のナビは渋滞予測もしてくれるから、その分の時間も加味された時刻になっている。
なんとか渋滞も抜けて、多少混雑しているものの快調に進んだ。
意外と早く5時30分には千夏の家についた。
以前見た立派な“如月”の表札と門構えに少しビビリながら、チャイムを押した。
ちょっと間があってから返事があった。
「はい、如月です」あれ、千夏の声に似ているけど何か違う。
「あの、沢田といいます。千夏さんいらっしゃいますか?」明らかに自分の声が
強張っていたのが自分でわかった。
「千夏のお友達ね。ちょっと待っていてくださいね」優しい上品な声色だ。
1分ほどすると門が空いて、女性が顔を出した。
「今日もお迎えにいらして頂いて、ごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ千夏さんにはお世話になっています」
「それで千夏なんだけど、まだ着替えが終わってないから、良かったら中で待っていてくださいな。さあどうぞ」
返事をするまもなく、千夏の母親が手招きして車を誘導してくれたので、
仕方なくゆっくりと車を進めた。
門から正面の玄関までは40ヤードくらいありそうだ。松や桜の木まであった。
左側には池まである。左奥にある家屋の和風の瓦屋根がとてもきれいな家だ。
玄関に入ってリビングルームのような部屋に通された。
部屋にはチョー有名なクリスチャン・ラッセンの絵画が飾ってあった。
サンゴなど鮮やかに描かれた海で2頭の親イルカと1頭の子供が家族で楽しそうに
泳いでいる。かなり高額な絵画というのはオレにもわかる。
その絵画の下には、家族の写真があった。その中に小学生くらいの男の子もいた。
千夏のお母さんが、コーヒーをもってきてくれた。
「待たせちゃってごめんなさいね。コーヒーを淹れたからどうぞ」
そう言って対面のソファーに座った。
「女の子は着替えとかに時間をかかるから、男性は大変よね。沢田さんは何人兄弟?」
「3人兄弟で兄と弟がいます。母親以外男ばかりなので、母親は男みたいです」
「うちは女の子3人だから、本当賑やかよ」
オレは千夏の話を思い出した。
「沢田さん、有り難うございます」
「え、なんでしょう?」
「千夏から聞きました。沢田さんと長男の話をしたって。あの日、千夏が家に帰って
から家族で長男、浩康っていう名前なんですけど、千夏が浩康の話を聞きたいって言い出して、
みんなで話をしたの。とても楽しい時間を過ごすことができたわ。それも本当に沢田さんのお陰です」
まさかこんな話になるとは夢にも思わなかった。
「いえ、僕は千夏さんの話をただ聞いていただけですので。そんな気にしないでください」
「今まで千夏は浩康のことを誰にも話せなかったの。それを沢田さんに話してくれて
私も嬉しかったわ。その写真もそれから置くようになったのよ。それで沢田さんに
お礼をしなくちゃと主人と話をしていたのよ」
千夏もお母さんも家族の人たちも、オレの想像以上に苦しんでいたのかもしれない。
しんみりしていたところに、突然ドアが開いて、二人の女の子がニコニコしながら入ってきた。
「こんにちは。いらっしゃませえ〜!」
「何いきなり。玲奈、彩佳、ちゃんとご挨拶なさい。沢田さん、ごめんさないね」
「はーい。千夏姉の妹の玲奈でーす。彩佳でーす。二人一緒にご贔屓くださ〜い!」
全く千夏に似て、面白そうな息のあった双子姉妹だ。
「はじめまして、沢田です。二人とも元気でとってもいいですね!」
玲奈は水泳でもやっているのか、健康的な色黒だ。彩佳は姿勢がいいから千夏と一緒に剣道を
やっているかもしれない。
「それじゃ、千夏姉のことよろしくお願いしまーす!!」
そう言ってドタバタしながら出て行った。ドアの向こうから、これからデートだってぇ
と声がしてキャッキャしながら階段を上がっていく音がした。
「騒がしくてごめんなさいね。若い男性が家に来るのは滅多にないから、二人とも嬉しくて仕方ないのよ。」
「僕は男ばかり3人兄弟なので、羨ましいです。」
そこへようやく千夏が入ってきた。
「お待たせー。ごめんね待たせちゃって」
「大丈夫だよ。みんなとも挨拶できたし楽しかったよ」
「良かった。じゃあ行きましょう!」
出がけに玄関で、
「沢田さん、千夏のことよろしくお願いしますね。この子セッカチで気が強いところがあるから
大変だと思いますけど。」
「ちょっと何言っているのよ、お母さん!?余計な心配しなくて大丈夫だから。ね、沢田くん!」
“沢田くん”とは空々しい。
「ええ、大丈夫ですよ、ちゃんと躾ますから」オレは笑いながら答えた。
「躾るって何よ!」
千夏は非常に不満そうだったが、お母さんは手を振りながら笑って見送ってくれた。
オレは深々とお辞儀をして車に乗り込んだ。
「まさか家に上がることになるとは思わなかったよ」
「私は待っていて貰ってとは言ったんだけど、まさか家にあげるとは思わなかったわ。
お母さん、大樹と話をしたかったのかもね」
「オレと?ところで、オレのことはお母さんになんて話してあるの?」
「そのままよ。」
「そのままって?」
「だから会社の同期で、付き合っているってことよ」
「だから玲奈ちゃんとか彩佳ちゃんが見にきたのか。オレのこと品定めしていたよ!」
「もう、あの二人ったら。帰ったらとっちめてやる!」
「まあまあ、二人とも明るくて可愛いじゃないか。オレは妹が欲しかったよ」
「私は弟が欲しかったなあ。」
少し間を開けて、「それでお母さんと何を話していたの?」と千夏が聞いた。
「大したこと話してないよ。世間話かな、ところでどこ行く?」
お母さんとの話はしない方がいいように思えたので、適当にはぐらかした。
「そうねえ、今日は大樹と部長の祝勝会も兼ねて焼肉に行こう。駒沢公園の近くに
美味しい焼肉屋さんがあるからそこにする!」部長はいないが、部長の分も祝おう!
「この間ね、お父さんとお母さんとお兄ちゃんのこと話ししたよ」
「そう、良かったじゃない。」
「私ね、また泣いちゃった。でもね、話せて良かった。お父さんもお母さんも
喜んでいたみたい。私も楽しかった。ほんと良かった。これも大樹のおかげ、ありがとうね」
「親しい人が亡くなるっていうのは、誰にとってもとても辛いよ。
オレも5年前に母方のおばあちゃんが亡くなって、去年はおじさんが亡くなってね。
おじさんには誕生日に自転車をプレゼントして貰ったり、お酒を飲みに連れてって
くれたりとってもよくしてくれたんだ。50歳は早すぎるよな。お袋の弟だったから、
お袋も結構取り乱していたし、オレもショックだった」
「人間寿命からは逃れられないけど、残った人には残酷だよね。」俯きながら、
千夏が言った。なんとなく雰囲気が怪しくなってきたので、
「そうだね。だからこそ、“今できること、やりたいことを精一杯やる“しかないんだよ。
ということで、今は肉を徹底的に食べることだよ。ちなっちゃん!!」
笑いながら答えた。
「そうだ!忘れてた。焼肉だ!!」
「千夏も食べ物のことを忘れることもあるんだ?」
「全く大樹は失礼ね!私が忘れるわけないでしょ!!」二人でゲラゲラ笑った。
いつもの千夏が戻って良かった。
千夏が連れて行ってくれたお店は焼肉屋にしては、落ち着きのある洒落たお店だ。
結構混んでいるようだったが、タイミングの良いことに個室が空いていた。
車を運転してきたオレは残念ながらソフトドリンクを注文したが、千夏は平然と
生ビールを注文した。
「千夏くん、普通運転手がソフトドリンク頼んでいるんだから、ここは遠慮して合わせるんじゃないの?」
「えーーー、ビール飲みたい!飲んじゃダメ?」
「ああ、いいよ飲んで。」
「ほら、飲んでいいって大樹いうでしょ!大樹の気持ちは私分っちゃうのよね。」
今までにないニコニコした笑顔が小憎らしかった。
「今日は私の奢りだから何でも食べてね。」
「それはまずいよ。割り勘でいいから。」
「今日は私に出させて。というかねえ、お母さんが軍資金くれたの。
大樹くんと美味しいもの食べてきなさいって。こんなの初めてよ。遠慮しちゃ悪いから受け取ってきた。」
「あのなあー、いいのかな!?」
「お母さんの顔も立ててやって、ね!!」
「分ったよ。次会ったらお礼言わなくちゃな。」と言いながら、次会うことはあるのだろうか。
また、千夏の家にお邪魔することになるのかなと考えていると、
千夏はこれでもかというくらいメニューの中の特上を片っ端から注文した。
「おいおい、そんなに一度に頼まなくてもいいだろう?」
「大丈夫、私食べるから。」千夏の胃は特別らしい。最近大食い女子がよくテレビに
出てる大食い選手権にでも応募させよう。
今日の試合のことをあれやこれやと聞いてくるので、あれやこれやと答えてやった。
それにしても、食べながらよく喋れるものだ。
一緒に回ったチームの話を聞かれた時に、一色さんたちとの帰りのやりとりを話して
一色さんの名刺を財布から出して千夏に渡した。
「その一色食品のこと、まだ調べてないでしょ。ちょっと待って。」
そう言って千夏はスマホで会社を検索した。
「あった、これかな。んーー、なるほどね」
「何がなるほどなんだよ。ちょっと見せて」オレもスマホを持っているから調べる
ことはできるが、ここは千夏に任せた。
「結構有名な会社よね。社員も2000人いて、売上も1000億円あるわ。
今の社長は3代目みたい。社長の名前も一色さんね」
もしかして、今日の一色さんは、今の社長の息子さんかもしれないと直感した。
「取締役の一覧とか出てる?」
「あったよ。一色直道さんね。この人、社長の息子さんじゃない?」
「ああ、そうかもしれない。珍しい苗字だし、少なくとも親族だろうな」
「その人が誘ってくれたんでしょ!もしかしてビジネスチャンスかも!!」
「そんなに上手くはいかないだろう。多分、ゴルフやろうって話だよ」
「でも早速ゴルフ始めといて良かったじゃない。こういう繋がりが大事よね、でも思わぬ展開になったりして!」
「オレもそう思うよ。早速明日連絡をとってみるよ」
それにしても千夏はよく食べる。体育会野球部で鍛えたオレの胃袋といい勝負だ。
食べるだけ食べてから、二人で満足して店を出た。
これだけ食べて胃がもたれないのは、ここのお店で出す牛肉はかなり上質だ。
千夏の家の近くは外灯があるものの、薄暗かった。
千夏が助手席から降りたところで、男の人が近づいてきた。
「あら、お父さん?」
「ただいま。今帰りかい?」
え、お父さん!?外にいる千夏のお父さんという方と目があった気がして、オレは慌てて車を降りた。
「こんばんは」
「こちら同じ会社で営業の沢田さん。沢田さん、私のお父さん」
「はじめまして。沢田と言います。いつも千夏さんにお世話になっています」
夕方お母さんに会った以上に緊張した。恰幅の良い紳士といった感じがする。
「君が沢田さんですか。いつも娘がお世話になっているようで、ありがとう。
千夏、お茶でも飲んでいって貰ったらどうだ」
「ありがとうございます。でも今日はもう遅いですし明日も仕事なので、今日は失礼させて頂きます」
「あら、いいじゃない。ちょっと休んでいったら」全くオレの気も知らないで言いたいことを言う。
「いえ、本当に今日は失礼させて頂きます」
「そうですか。まあ無理に誘うのも何だから、また改めてゆっくり話でもしましょう。」
「ありがとうございます。それではまた。お休みなさい。」
オレは車をゆっくり発進させ、車の中からお辞儀をしながらその場を去った。
いやあ、久しぶりにヒヤヒヤした。どこの男も嫁さんをもらう時は、ビビるのだろうか。
さすがに結婚はまだイメージできない。
家に着いたら11時を回っていた。今日も色々あった。刺激のある日々はいいことだ。
リビングでは親父とお袋が焼酎を飲んでいた。それにしても仲の良い夫婦だ。
「大樹、ご飯は?」
「食ってきたから大丈夫」
「あ、そう。大樹、すぐにお風呂入っちゃって。洗濯物は洗濯機に入れてね。
ついでに、スタートボタン押しといて」
「りょーかい。洗剤は?」
「もう入っているからそのままでいいわ。なんか焼き肉の匂いしない?」
「オレが食ってきた」
「あらまあ、いいご身分だこと。お土産は?」
千夏の母親と比べるとガサツなような気がするのは、オレの思い過ごしだろうか。
まあこっちは野郎4人を毎日相手にしているんだから仕方ないか。
オレはビールを飲みたいのをグッと堪えてもう一度風呂に入った。
風呂から上がって、冷蔵庫からビールを取り出し両親と一緒に飲みはじめた。
「今日のゴルフはどうだった?」父親が興味深そうに聞いてきた。
「チームを組んだ部長がゴルフ上手でね。再来月行われる地区決勝に進出したよ。凄いだろう!」
「お前は幾つで回ったんだ?」
「多分80代かな。ホールアウトしない所もあったから推定だけどね」
「ほお、ゴルフ初めて4、5ヶ月で80代とは凄いな。野球が役に立っているのか」
「だろうね。まあ、才能もあると思うけどね」
「プロゴルファーになって、アメリカにいけば儲かるんじゃない?」母親は楽観者だ。
「プロの世界はそんなに甘くないよ」
「営業はゴルフも仕事のうちだろうから頑張れよ」親父はよく分ってる。
オレは缶ビールと焼酎を飲んでからベッドに潜り込んだ。
女の子だったら、今日の出来事を自分の親に逐一話をするんだろうか。
急に千夏のお父さんのことを思い出した。どんな印象を持たれたのかなあ。
明日千夏に聞いてみよう。ゴルフの反省をしようと思いながらも、毎度知らぬ間に眠りに落ちた。