9番ホール:ダブルス②
千夏との初デート、そして巽部長とのダブルス戦への挑戦!
刺激のある充実した毎日を大樹は送っています!!
あっという間に千夏との約束の木曜日がきた。
その日は午前中榊原さんと出張で、午後は資料作りだ。出張報告書はお客さんとの
打ち合わせ議事と並行して作成し、次の打ち合わせ用の資料に取り掛かり定時には
何とか間に合った。
少し早かったが、恵比寿のお店に向かった。この時間は朝と同様人通りは多い。
千夏からのL I N Eでだいたい場所は分かっていたので、すぐに見つかった。
約束の時間より15分前だったが、店に入って待つことにした。
既に半分くらいは席が埋まっていた。絵画や西洋の置物が高級感を醸し出していて、
薄明かりの照明が落ち着いた雰囲気を漂わせている。何となくアベックが多い気がする。
お店の受付で、予約した如月の名前を告げると既に千夏は来ているとのことだった。
スタッフに案内されると、席に座った千夏が手を振って迎えてくれた。
「早いね。待たせちゃったかな?」
「ううん。今来たばかり。出張からそのまま来ちゃった。」
「席にいなかったから出張とは思ったけど、どこ行ってたの?」
「三山不動産にね。再来年にマンションを建設する計画の打ち合わせ。
まだうちが取れるかどうか分からないけど。飲み物何にする?」
「取り敢えず生ビールでいい。料理は?」
「料理はねシェフお薦めコースにしちゃった。予約した時に既に注文済み。」
「なんか高そうだけど任せるよ。」
「それがね、意外とリーズナブルなのよ。心配しないで。」
「今日はオレがご馳走するよ!」
「いいわよ、割り勘で。」
「今日は大丈夫。ちなっちゃんが誘ってくれてオレも嬉しかったし、男のオレが出すよ。」
「本当にいいの!?」
「ああ、大学の時に後輩とか連れてよく飲みに行ってたしね。何度おごったことか。
まあ可愛い奴らだったから、おごり甲斐もあったしね。」
「へぇ〜、気前のいい先輩だったのね。見直したわ!」
そこへタキシードでビシッと決めたウェイターが千夏の頼んだ赤ワインを運んできた。
二人だけで乾杯とは妙な気分だ。
「大樹も試合デビューかあ。なんか羨ましいな!」
「参加は誰でもできるから別にすごくはないけどね。ちなっちゃんも来年くらいには
試合出れるんじゃないの。初心者のオレがいうのもなんだけど、ゴルフのセンスあると
思うよ。やっぱ剣道で鍛えた腕力は伊達じゃない!」
「それってレディーに対してちょっと失礼じゃない!?このか細い腕を見てから言って
くれる!」
マジマジ見ると意外と色白で、腕もそれほど太くはないようだ。それでも鍛えられて
いる腕には違いない。
「褒めんてるんだから勘弁してよ。ところでダブルス戦にも男女ペアの試合も
あるんだって。来年一緒に出ようか?」
「マジで!ちょっと頑張ってみようかな。よし、来年ダブルス戦出場を目標に頑張ろう!!」
「よし、約束だ。オレももっと腕を上げてを、ちなっちゃんをリードできるように頑張るよ。」
その後はお互いの家族の話になった。
オレの家系は多分珍しいと思うが、両親と兄貴、弟そしてオレは全員B型だ。
対照的に千夏の家系は両親、妹二人で全員0型。こんなことってあるんだと二人で
感心した。千夏が三姉妹の長女とは納得できる。
「B型の男性とO型の女性が一番相性が良いって知ってた?」
「いいや、初めて聞いたよ。」
「B型は自由気ままな生き物でアマノジャク。O型は親分肌で面倒見がいい。
O型の寛容さがB型を支えるのよ。私たちいい感じかもね。」
「ハイハイ、分かりました。要はB型はO型の手のひらの上で踊るわけね。」
「分かってるじゃない。大樹もいっぱい踊ってね!」二人で大笑いした。
お陰で周りの客席から迷惑そうな視線を浴びることとなった。
次から次へと運ばれる料理はどれも美味だった。店の雰囲気同様料理にも品格を
感じるものだった。お酒もすすんで、頼んだワインのボトルも既に空になっている。
最後のデザートの“苺のセミフレッド”を食べ終わると、店を出た。
相変わらず人通りは多かった。
千夏が歌いたいと言い出したし、オレももう少し飲みたかったので行きつけになった
カラオケ店に立ち寄った。
幸い四人部屋が空いていたのでそこに決めた。
飲み物とつまみを頼んで早速千夏がリクエストを入れた。
千夏のM I S I A“会いたくていま”は何度聞いても素晴らしい。心を込めて歌っている
千夏を見ていると上手を通り越して感動的でさえある。
初めて聞いた人は間違いなく心揺さぶられるだろう。
「ちなっちゃん、本当にこの歌を聞くと感動しちゃうよ。気持ちが入ってるというか、
心を込めているのがよく分かる。カラオケ選手権とか出たらいいんじゃない?」
「そんなにはっきり言われると照れちゃうわ。」
千夏は少し考えてから、
「大樹にだけ話するけど、実は私には3歳上のお兄ちゃんがいたのよ。
この歌ね、私の気持ちかな・・・。」
さっきは三姉妹と言っていたけど、もしかして・・・。千夏は続けた。
「でも14年前に病気で亡くなってしまったの。とても優しい人で私のことをいつも
可愛がってくれたの。両親はまだ小さい私には病気のことは教えてくれなかった。
入退院を繰り返していたけど、元気になるって聞かされていたから。
ある時容態が急変して、お別れも言えなかった。すごくショックでしばらく声が
出なくなったのよ。それ以来、お父さんもお母さんも、私の前ではお兄ちゃんのことは
何も話さなくなったし、私も触れなかった。」千夏は当時のことを思い出したようで、
涙声になっていた。
「ごめん。辛いことを思い出させちゃったね。」
「ううん、いいの。今までとっても悲しくなるから誰にも話したことなかったけど、
初めて他人に話すことができた。それが大樹で良かった。」
「そう、オレに話すことで千夏の気持ちが少しでも和らぐなら、いくらでも聞くよ。
まあ、聞くことしかできないけどね。」
思わず応援したくなる気持ちが湧き上がり、千夏の手をギュッと握った。
いや、握らなきゃいけないと感じた。
「ありがと・・・」
「良かったら、お兄さんのことを教えてくれる?もしかして、オレよりイケメンだった
とか!?」明るくなってほしいと思って、冗談を言った。
「当たり前じゃない!大樹よりとっても格好良かったわよ!!」少し笑顔が戻った。
それから、千夏はお兄さんのことを喋り始めた。
一緒に手を繋いで小学校に連れてってくれたこと、勉強を教えてくれたこと、
近所の公園で気に登ったとかセミを取った話とか・・・。
千夏は大好きなお兄ちゃんに今でもいて欲しいと思っているのだろう。
「きっとご両親もお兄さんのこと、千夏と話したがっているんじゃないのかな?」
知らぬ間に、“ちなっちゃん”から“千夏”に呼び方が変わっていた。
「お兄さんも、自分のことを楽しい思い出としてみんなに残して欲しいと思っているよ。」
「今までそんな風に考えられなかった。話さないようになって、ますます話しづらく
なって。でもそうよね。今日帰ったら話してみる!」
「良かった。いつもの千夏になって。」
「あ、今千夏って言ったでしょ!?」
「さっきから言っているよ。いいだろそんなこと。」
「いや、いい訳ないけど大樹なら許すわ。」立ち直りが早いのは、千夏の良いとこだ。
「そろそろ帰ろうか?」オレと千夏は立ち上がった。アルコールがだいぶ回っていたせいか、
千夏がよろめいてオレの肩に掴まった。千夏の顔を間近に捉えた瞬間、まるで時間が止まったようだった。
オレは顔を近づけ、千夏も顔を逸らさず目を瞑った。千夏が眩しく見えた。
そしてオレにとっては初めてのファーストキスだった。
「今のは何?もしかして私に惚れた?」
「ああ、惚れたみたいだ。」オレは素直に答えた。
「よく聞こえなかたからもう一度行って!」聞こえないはずはなかったが・・・。
「オレは千夏のことが好きだ!!」
「じゃあ許す。私も大気のこと好きよ。」どうもオレは千夏の掌の上で踊っているかもしれない。
部屋を出る時に千夏がオレの腕に組んできたが、そのままにしてお店を出た。
周りからは恋人同士に見えるだろうと考えながら、こんなところを会社の人に見られないか心配してしまった。
まあ悪いことしてる訳じゃないし、それならそれでいい。
「今日はありがとうね。本当にありがとう。」千夏は俯きながらそう言って別れた。
よほどお兄さんのことがトラウマになっていたのかもしれない。
今日をきっかけに少しでも気持ちが和らいでくれればと願った。
今日は体にだいぶアルコールを注入したはずだったが、目が冴えて寝付きが悪かった。
明日、田之倉だけには報告しておこうと思い出したところで記憶がなくなった。
今年の夏は例年以上に真夏日となった。毎年例年以上と世間では言っているが・・。
今期も残すところ1ヶ月を切り、会社にとっては追い込みの時期だ。まだまだ戦力と
まではいかない新入社員も必死だ。
そんな中、この1ヶ月は仕事以外の時間は、週末のダブルス戦に備え全てゴルフに費やした。
毎週通っているレッスンの西垣プロのお陰で、ショットに安定性が増してきたように感じる。
先週、予選会場となる埼玉県の入間ゴルフクラブ天覧コースに練習ラウンドに巽部長と
コースの下見に行き、お陰で各ホールの特徴や戦略を巽部長と共有することができた。
広々としたホールが多く、曲がる確率の高いオレ向きかもしれない。準備できることは一通りしてきた。
今回のダブルス戦はベストボール方式が採用されている。各ホール2人のスコアーの
良い方を採用しカウントする方式だ。巽部長におんぶに抱っこ状態になるだろうが
少しでも改善したい。
試合当日も晴天で、最高気温は33度になる予報が出ていた。
千夏が応援に来ると言い張って困ったが、終わったら食事に行くと約束をして何とか
納得させた。まさか一番最初に巽部長に見られるのはまずい。
それでも部長にくれぐれも迷惑をかけないよう念押しされた。素直に頷いたオレだったが、
ことゴルフにおいて迷惑をかけないことなどあり得ない。
競技参加者は80組160人で受付枠一杯だ。ゴルフは個人スポーツと考えていたが、
チーム戦も大変な人気のようだ。練習グリーンで多くの選手が練習していたが、中には
お揃いのウェアーで揃えているチームもあった。自分以外の選手がみんな上手に思えた。
そんなオレを見てか巽部長が声をかけてくれた。
「どうだ調子は、少し硬いなあ。」
「みんな上手に見えて、ちょっと緊張してきました。」
「ハハッ、君も緊張するんだ。大丈夫だよ。その緊張をコントロールする術は、
野球で既に掴んでいるだろ。君より下手な人は半分はいるから気にすることないよ。」
部長の一言で少し落ち着いて気がした。とにかくベストを尽くすだけだ。
部長とオレが一緒にプレイするチームは一色食品という会社の先輩後輩という関係で、
一色さんと綾部さんだ。
赤と白のウェアーで揃えたお二人は50歳前後で、アマチュアゴルファーとしては油が
乗っている時期だ。やっぱり二人とも上手に見えるし、格好いい。決勝に行けたら我が
チームも会社カラーの浅黄色で揃えるよう部長に言ってみよう。
オナーは、我がチームだ。予め決めていた通り、安定感抜群の部長からだ。部長のボールがフェアウェイに行けば、オレは気楽に打つことができるはずというものだ。
戦略通り部長のボールはフェアウェイ中央へ。
オレはいつものルーティーンを忠実に守ることだけを考えてショットするだけだ。
ボールをセットし、2メートルほど後方に下がり狙いを定める。若干左ドックになって
いるこのホールは右サイドがベストポジションだ。素振りを1回行ってアドレスに入る。
緊張感はあるだろうが思ったより落ち着いていて、足の裏で芝も感じている。
しっかり上半身を捻って、下半身主導でクラブを引き下ろし一気に振り抜く。
「バシッ」
ボールはヘッドの先の方に当たった感触だったが、ボールは少し右に出てドロー回転で
フェアウェイ中央に。飛距離もまずまず出ていて、我ながら朝一ショットはいつも上出来だ。
「いつも通りのリズムで触れてるな。ナイスショットだ」
巽部長に褒められると安心できる。
一色食品の一色さんと綾部さんもフェアウェイを捉えた。二人ともコントローク
しているように見えた。見た目通りなかなかの強者のようだ。
部長の2打目はピンハイ3メートルにナイスオン、オレはダフリ気味にあたりグリーン
手前10ヤード。アプローチもよらず2パットのボギー。一方部長は、スライスライン
を読み切りナイスバーディー。
一式食品チームは、綾部さんがピン手前2メートルを確実に決めて、こちらもバーディーだ。
お互い「ナイスバーディー」と声を掛け合い、気持ちの良いスタートになった。
この日のオレはドライバーショットは安定していたものの、2打目が思うように
いかなかった。それでもアプローチが冴えて確実にボギーオンをしてダボは逃れつつ、
バーディーが1つ、パーも5つとることができた。なんとベストスコアーの84だった。
もっとも部長のスコアーが採用されて、最後までホールアウトしないホールも結構あったが・・・。
それでも2ホールはスコアーに貢献した。詰まるところ18ホール中16ホールは部長のスコアーが
採用されているということだ。
この日俺的に一番盛り上がったのは、最終18番のパー5。4人のうち唯一2オンした
オレは、なんと5メートルのイーグルパットを残していた。
ラウンド中、一式食品のお二人とゴルフや仕事の話をするうちに、オレのことを応援
してくれていた。一色さんは野球が大好きで、オレと同じ巨人の大ファンだった。
オレが野球をやってきたことを伝えると大層喜んでくれた。
「沢田さん、頑張ってください!」一色さんが声を掛けてくれた。
「沢田くん、ここまで我がチームは2アンダーだから、予選突破はほぼ確実だろう。
スコアーのことは気にせず、ファーストパットはしっかりな!」今までイーグルを
とったことないオレに、巽部長が気持ちを和らげる言葉を掛けてくれた。
「分かりました。しっかり打ちます!」
オレはいつものルーティーン通りアドレスに入り打った。部長に読んでもらったラインは、
少し上りでカップ一つ右に切れるスライスラインだ。
「コン!」
芯で捉えたボールはイメージ通りカップに向かって転がった。カップの50cmくらい
手前で入ったと確信したオレはクラブ上げた。ところがボールは、カップの直前で
突然右に切れ、カップを一周して止まった。
「あああ〜、惜しい!ナイストライ!!」オレよりも周りのみんなが残念がった。
それでもオーケーバーディーを取ることができた。
一色さんたちもバーディーで締めくくった。
4人でアテストのために用意されたテーブルでスコアーを確認した後、お互いの健闘を
労って一色さん達と別れた。
集計までは時間がかかるので、オレと部長は風呂に入りさっぱりしてから成績が表示
されるディスプレイを見に行った。既に人だかりができていて、どうやら集計結果が出たようだ。
60インチの大型ディスプレイを人の合間から確認した。
69ストロークは3位だった。ヤッター、地区決勝進出決定だ!
予選通過は、74ストロークの12位ままでだった。ちなみに、一色さんたちは、
パープレーの72ストロークで第8位だ。
そこへ、一色さんと綾部さんもお風呂から出てやってきた。
「巽さん、決勝進出おめでとうございます!沢田くんも頑張ったね!!」
「有り難うございます。一色さん、綾部さんも決勝でお会いしましょう!」部長が応えた。
「良かったら、名刺頂戴してもよろしいですか?」と、一色さんが申し出てくれた。
部長とオレは、改めて名刺を差し出し自己紹介した。
「児玉建設さんとはこれまで付き合いがないですが、機会があれば是非仕事をしたい
ですね」
「いや、こちらこそよろしくお願いします。ご協力できることがあれば、この沢田が
なんでもしますので、遠慮なく言いつけて下さい」“なんでもする”とは部長もひどい言い草だ。
「じゃあ、またゴルフしましょう!沢田さん、巽さんもおっしゃってくださっていますし。」
「ハイ、喜んでお供させて頂きます!」途端に場の雰囲気が和んだ。
「お近くにいっらしゃった際は、ぜひ寄ってください。沢田さん」
ゴルフの試合に来て、こんな話になるとは夢にも思わなかった。
お互いに地区決勝での健闘を祈って分かれた。
帰り際に部長が、
「沢田くん、近いうちに一色さんを訪ねてきなさい」
「え、私から連絡して伺ってもよろしいですか?」
「ああ、いいよ。一色さんも君からの連絡を待っているような気がするよ。君のゴルフ
や人柄を気に入ったと思うよ。それと、断言はできないけど、仕事の話ができるかもしれない」
「仕事、ですか?」
「ああ、まあ今日のお礼方々連絡してみなさい。それと伺う前に一色さんについて調べといた方がいい」
「はい、分かりました。」今一つ意味がわからないまま、頷いた。
「さあ、我々も帰ろうか。今日の反省もしっかりやらないとな。君も今日はよく頑張ったよ。
君のバーディーでベスト3だからね、自信持っていいよ」
「有り難うございます。どうもお疲れさまでした」
「お疲れさん、気を付けて帰るようにね」
地区決勝進出を果たし、充足感に満たされオレと部長はゴルフ場を後にした。